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あべこべ世界も大変です  作者: 川木
友達編
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入学 加南子視点

「かなちゃん、おはよう」

「お、おはよう!」


 たくちゃんに、かなちゃんと呼ばれた。もう何度も呼ばれているのに、全然慣れなくて、心臓がばくばくする。


「今日からついに、高校生だね」

「うん。そうだね」


 事故にあってから、たくちゃんは変わろうと努力している。私はそれに、胸が痛くなる。罪悪感や辛さ、立ち直ろうとするたくちゃんの強さへの憧憬、愛おしさ、それらの感情がもちろんある。そして、たくちゃんが私から離れていくことへの、寂しさも、ある。

 いけないことだと分かっていても、たくちゃんが塞ぎこんでいる間は、私だけがたくちゃんを独占できた。ずっと守って、ずっと側にいられるなら、例え触れることもできなくても、それは私にとって、後ろめたさを伴いつつこれ以上ない喜びでもあった。


 でも、たくちゃんが変わると言うなら、私はそれを全力でサポートする。たくちゃんが傷つかないよう、だけど自立を妨げないように。例えそれで、たくちゃんが私以外の人を選ぶことになっても、それこそ、私にできる、唯一の贖罪だからだ。

 だけど、叶うことなら、許されるなら、私は今度こそ、たくちゃんとやり直したい。たくちゃんと恋人になって、結婚して夫婦として、ずっと一緒にいたい。


 とは言え、今は、どうすべきかまだわからない。たくちゃん自身が、どのように振る舞っていくのかわかっていないのだから、恋愛なんてまだまだ考えていないだろう。

 なら今は私も、純粋にサポートにだけ徹しようと思う。だからこの恋心には、もう少し、黙っていておいてもらうことにする。


「クラス、一緒になるといいね」

「!? えっ、ち、違うことがあるの!?」

「え? それは、あるんじゃない?」


 え、えええ。そんな。たくちゃんは事情が事情なので、おばさんからお願いして学校のクラスはずっと同じで、席も隣にしてもらっていた。

 だけど、確かに今となっては、違うことがありえるのか。う、考えてなかった! で、でもたくちゃんが手配してたわけじゃないし、本当はされてるってことも……うーん。

 と言うか、個人的にたくちゃんの側がいいって言うのは置いておいて、普通に、別のクラスは心配だ。せめて同じクラスでありますように!


 だってたくちゃん、全然危機感がない。今までは刺々しく警戒しまくっていたけど、どうも私の背中に隠れることを意識しての過剰防衛という意識だったらしい。なので実際どのくらい世間で危険なのかとか、そう言うのを全く自覚していないのだ。

 義務教育の間の、政府からの手配も気づいてなかったし、高校からその保護もないから余計気を付けなきゃいけないのに。


 男の子で高校に行くってのが結構少ないのもあるけど、義務教育を出ればもう結婚できる年で政府としても人口拡大のために恋愛が推奨されているため、監視のような護衛はいなくなる。

 子供の時には、悪い大人に騙されたり、ひどい目にあってトラウマをつくって精子バンクへの提出すらできなくなった事例があるから、守ろうってことで法が整備された。でももう、結婚できるとなると、どうぞご自由にって感じだ。一人出歩いたりなんかしたら、ナンパされまくるに決まってる。


 世界でも有数の男性保護に力を入れている法治国家なので、いくら男に飢えていると言っても、そうそう犯罪的に誘拐してとかは、さすがに殆どない。まして小さな子供ほど無警戒に一人になったり危ないところへ行ったりしないよう、義務教育で習ってちゃんと自衛するのが普通だし、大人になれば自己判断で大丈夫だというのが国の判断だ。

 でも強引すぎるナンパとかは普通にある。悪い虫がつかないようにするのは当然だ。前のたくちゃんは少しやりすぎで、回りの人に引かれてたし、さすがに私を犬と呼ぶことで、暴君として近辺で知られているから、多少一人にしてもナンパされたりしなかったけど。


 だけど今の優しい対応だと、学校でもどんどん話しかけられるだろうし、そうなるとすぐ街中の噂になってしまう。まして、前髪を切ったたくちゃんはその可愛い顔が丸見えだ。

 前の前髪で顔を半分隠した陰気臭い感じで、ギラギラして睨み付けて、話しかけなくても死ねっとか通行人に怒鳴るような感じならともかく、今のたくちゃんなら噂を知らなくてもみんなナンパしちゃう。


 誰かしら女の人と一緒ならともかく、一人で歩くなんて危なすぎる。なのに全然危機感がない。こんな状態じゃ、学校の中でも一人にするのは不安だ。


「たくちゃん、もし違うクラスでも、絶対一緒に帰ろうね?」

「え、うん。わかった」


 わかった。と素直に頷くたくちゃんは可愛い。可愛いけど、絶対、過保護だなぁとか考えてるのがわかる!

 もう、もー! たくちゃん天使過ぎて、ほんと心配だよ!


 学校に近づくにつれ、他の生徒も増えてきた。学校は一番近くて徒歩で15分の距離だ。学校の最寄り駅を越えてからはぐっと生徒が増えて、その分ひそひそと、回りの人たちが私たちを見ている。

 義務教育ですら、引きこもって行かない男子が多くて、中学卒業時にはクラスに一人いたらいいほうだ。高校になれば全体人数は増えるけど、それでも学年に数人になるらしい。

 そんな希少な男子の中でも、たくちゃんは抜群に可愛い。きゅんきゅんしちゃう可愛さだ。惚れた弱味とかじゃなく、普通に素敵だ。小学校の時とか、たくちゃんはあんまり気にしてなかったけど毎日告白されてたし。

 男子は身を守るために女子と一緒に行動するのが基本だ。でもそれも、親が決めた親戚とか知り合いの子と昔からセットにさせるのが多くて、無理矢理なので仲がよくないことも少なくない。そこでこのたくちゃんが、私にかなちゃん、なんて呼ぶのだ。


 もう、誰がどう見ても両思いである。殺意の波動を感じる。今まではたくちゃんの態度のお陰で、私もずいぶん楽だったのだと、この春休みで思ってたけど、同年代の集まるここだと、もっとすごい。

 これは、気合いを入れていかないと、たくちゃんを守れないかも知れない。


「ねぇ、かなちゃん。高校で部活とかする?」

「え? たくちゃんがするならするけど」

「……あのね、かなちゃん、嬉しいけど、そう言うのはもういいって。もし部活に入ったら、帰りは最悪、同じ部活で友達つくって送ってもらうとか、なんとでもなるよ、多分」


 ひえっ。

 な、なんてことを。今のでいっそう回りの目が、獲物を狙う目になってしまった。少なくとも私たちが四六時中一緒じゃないと知られたから、恋人だとしても付け入る隙があると思われたはずだ。

 たくちゃん、どうしてこの視線に気づかないの? 鈍感! そこが可愛いけど!


「たくちゃん、部活に入るなら、絶対に教えてよね」

「いいけど、心配性だなぁ」


 そりゃ心配だよ。前までのたくちゃんなら、授業以外でトイレ行くときとかも普通教室で待っていたけど、今はそれすら離れたくないよ。でも変態扱いされたくないからついていくとか無理だけど!


「も、もうすぐ学校だね」

「うん。緊張してるね」

「……かなちゃんは平気そうだね?」

「まぁ、たくちゃんよりは。高校デビュー、頑張ってね。できる限りのことはするから」

「うん……ありがたいけど、その言い方は、やめて」


 私も緊張はしているけどね。たくちゃんみたいに、女の子への恐怖とか、でもそれを克服して友達をつくろうとか思ってないし。たくちゃんさえよければいいので、そんなに緊張ってことはない。今日だって別に、クラス分けされて自己紹介とかしてから、入学式してクラブ紹介見たら、あとはもっかい教室戻って帰るだけだし。授業もないし、気楽なものだ。

 ただ、クラスさえ同じならね!


 その一点だけが心配だ。緊張するたくちゃんと、不安になる私で、黙って校門をくぐって構内に入る。入り口すぐに大きな掲示板が用意されていて、そこにクラスが張り出されている。


「僕1組見るから、2組お願い」

「了解」


 たくちゃんが近づくと女生徒が距離をとるので、便乗して一緒に見ていく。酒井と小林なので、この方が手間がかからないしね。


「あ! あった! 1組! 一緒だ!」

「ほんと!?」


 すぐに声を上げたたくちゃんに、応えながら私も確認する。12番小林加南子、13番酒井卓也! やった!


「やった! 一緒だね!」

「うんっ。よかったー。ほっとしたよ。やっぱり、かなちゃんがいないと、不安だし」


 うん、本当によかった。でもそういうの、できればもっと目立たないところで、小さい声で言ってほしかったかな、みたいな。うん。周りの視線が、痛いです。

 前途多難な高校生活に、私はどうやってたくちゃんを守るか、冷や汗をかきながら考えていた。


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