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あべこべ世界も大変です  作者: 川木
愛人編
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相応しくなりたい 加南子視点

 今日は市子ちゃんとたくちゃんのデートだ。

 だからお迎えに行くまでは、久しぶりに一人の時間だ。たくちゃんを気にすることなく、自由な時間だ。それこそ、写真を整理したりしてもいい。最近していなかった積んでいるゲームをしてもいい。本くらいならともかく、たくちゃんの部屋にゲーム機まで持ち込むのは、さすがにたくちゃんの趣味に合わないものは気が引ける。

 なのでたくちゃんの興味がないけど私は好きなやつとか、買ったはいいけど積んでいるのはいくつかある。だけど、全然手につかない。ぼんやりしても仕方ないから、無理にでも電源を入れてみたけど、頭にはいってこない。


「はぁ……」


 今頃二人が何をしているのか。そんなことばかりを考えてしまう。

 考えたって仕方ない。気にしても仕方ない。たくちゃんには目の前の相手だけを考えてって言ったんだ。ならその通りにしてくれるだろう。そう。私のことは気にせず、市子ちゃんと普通に恋人のようにふるまうだろう。

 憂鬱だ。胸の奥がざわざわする。まだ、急な話だし恋人とまではいってない。だからまさか、そんな進んだことをするはずもない。市子ちゃんの方にだって、無理強いはしないでと念押しをしている。


 それでも、形だけでもデートをして、いい雰囲気になっているんだと思うと、胸が痛い。勝手だってわかってる。私が一言嫌だと言えば、こんな思いはしないで済んだ。なのにたくちゃんに対してこんな、嫉妬したりするのは間違っている。まして、今更やめて何ていえるはずがない。

 むしろ、そう言いだしてしまうような私だからこそ、愛人が必要なんだ。頭では、わかってる。それでも嫉妬してしまう。


 どうしようもない。私は本当に、どうしようもない人間だ。どうして、たくちゃんに許してもらえて、恋人にまでしてもらえたのか、全然理解できない。たくちゃんが天使だからとしか思えない。

 こんなに醜い私を、どうして愛してくれるのか。理由はわからない。でも、愛してくれている奇跡があるんだ。なら、私は出来る限りの誠実でたくちゃんに応えたい。幸せになってもらいたい。その一つが、愛人をつくってもらうことなんだ。


 頭でわかっている。だからたくちゃんにむかって、表に出すつもりはない。それでも頭で思ってしまうのはしょうがない。しょうがないよね?

 自分で自分をフォローしながらも、悶々としながら時間がたっていった。


「あ、もうこんな時間か」


 ふいに気が付くと、夕方になっていて、そろそろ迎えに行く時間だった、テンションがぐんとあがり、体も軽くなった気分で片付けて出かける用意をする。

 だけど待ち合わせ場所に近づくにつれ、段々と不安になってきた。


 考えてみれば、愛人だ何だと言っていたけど、完全に私が本命で結婚までしてもらえる前提の話だ。もちろん今は恋人で一番私を好きでいてくれているって自信はある。そこは信じてる。でも、どれがずっと続くなんて、どうしてそこまで己惚れられたんだろう。

 今までたくちゃんには私しかいなかったし、私しか見ていなかった。だから、なにも疑うことも不安もなかった。


 でも、たくちゃんを市子ちゃんと二人きりにしてしまった。もし、これで、たくちゃんが、市子ちゃんを私より好きにならないと、どうして言い切れるんだろう。


 いつの間にか私は走っていた。肩で息をしながら、待ち合わせ場所についた。時間を確認する。少し、早い。

 それでも、まだ来ていないのか、と焦りが出てくる。落ち着け。落ち着くんだ私。そんな急に進展したり、心変わりするはずがない。


 それにこんな態度を見せたら、また、たくちゃんに気をつかわせてしまう。それじゃあ、駄目なんだ。たくちゃんに選ばれ続けるよう、たくちゃんの特別でいられるよう、相応しい私でいなくちゃいけないんだ。


 深呼吸をして、気持ちを静める。そして、汗を拭う。だいぶ、汗をかいてしまった。たくちゃんに会うと言うのに。

 そして十分に心臓を落ち着けながら、周りを見回す。そろそろ二人が来てもいいころだ。


「あ、いた。たくちゃん! 市子ちゃん!」


 姿を見つけて、思いのほか大声を出してしまった。恥ずかしい。だけど特に不審には思われなかったらしい。普通に二人は近づいてきた。


「お待たせ―」


 だけど近づいてきて、二人を見て一瞬ぎょっとした。え、て、手を、繋いでる! いや、お、落ち着け。こんなの全然、驚くことじゃない。

 何とか、返事をして平静を装う。


 私だって、たくちゃんと手を繋いだりしてる。もっとすごいことだってした。なのに、何を動揺しているんだ。

 でも、デートだってわかってても、手を繋いでる姿を見ると、今、凄い嫉妬した。反射的にその手を振り払いたくなってしまった。落ち着け。私。こんなの全然、大したことない。こんな苦しみ、たくちゃんが私から受けたものに比べたら、どうってことはないんだ。


 たくちゃんは何でもないみたいに笑って、市子ちゃんと挨拶をして別れた。

 その何でもない感じに、別れを惜しまない感じに、ほっとする反面、手を繋ぐことを特別だと思ってない姿に、胸がまた痛んだ。大丈夫だ。このくらい、何でもない。だってこれから、もっと二人は進展して、もっと苦しくなるんだ。このくらい、なんでもない。


 私はさりげなく深く息をはいて自分を落ち着かせながら、不自然にならないよう口を開く。


「今日、楽しかった?」

「え? うん。楽しかったよ」

「そう……よかった。心配してたんだ。なんにもなかったみたいでよかった」


 よし。大丈夫だ。楽しかったと笑顔のたくちゃんには、その笑顔を浮かべたことへの喜びで、そんなに苦しくない。

 ほっとしていると、でも急にたくちゃんはむっとしたように眉を寄せた。


「ねぇ、嫉妬した?」

「え、なに、急に」


 今、嫉妬して見えたのだろうか。そりゃあしているけど、今はそれよりたくちゃんの笑顔を見れる幸せで、むしろ笑顔だったと思うんだけど。


「した?」


 驚く私に、たくちゃんは短く繰り返して聞いてくる。

 そんな、どうしてそんなことを聞くの? そんなの、するに決まってる。


「……あのさ、だからね、感情的にはそうでも、居た方が安心だって、このやり取り何回するの?」


 だから、言わせないで。嫉妬してるなんて、口に出したら、とまらなくなっちゃう。たくちゃんに相応しくない自分になってしまう。


「わかってるよ。だから僕は、仮に市子ちゃんと駄目になったとしても、これからかなちゃんにやっぱりやめてって言われても、愛人をつくるよ。約束する」

「え、あ、う、うん」


 言われた言葉が予想外で、キョドってしまった。確かにそれが私の希望だ。間違いない。でも、そこまではっきりと言われると思ってなかった。

 まるで、私の懸念をわかってるみたいに。いや、さすがにいくら鈍いたくちゃんでもあれだけはっきりちゃんと説明したら、伝わるか。でもそれを私に宣誓するなんて。どうしたの? 何が言いたいの?


 何だか妙な感じだ。変に、恐い気さえする。


「だから、嫉妬したならそう言って。ちゃんと嫌なことは嫌と言ってよ。そうじゃないと、かなちゃんが1人我慢してストレスとためたら、僕らは対等な恋人とは言えないでしょ?」

「そ……それは、そうかもしれないけど」


 確かに、そうかも知れない。対等な関係とは言えないかもしれない。でも、元々私とたくちゃんは、完全に対等になんてならない。私の罪もそうだし、男女の差もある。それに私は、たくちゃんにめちゃくちゃ惚れてる。いくら口で対等だって言っても、そうはならない。

 たくちゃんに嫌われたくないし、好かれたい。そう思っている以上、完全な対等に何て、なれないと思う。


「けど?」

「……えっと」


 だからこそ、私は好かれてもらえるよう、相応しい私であるよう、振る舞いたい。嫉妬したり情けない自分勝手な姿は見せたくない。

 なのに、嫉妬したことを言えなんて言われても。言ってどうなると言うのか。言うだけでストレス甲斐性されてストレスフリーになると思っているなら、考えが浅すぎる。自分が単純馬鹿だからって、人までそうだと思うのは、あ、違う違う。たくちゃんは純粋でぴゅあぴゅあで清らかで子供心を忘れてないだけだから。

 ごめん、ちょっとイラッとしただけだから。


「かなちゃん、ちょっと話そうか。部屋、あがってよ」

「あ、う、うん」


 この件について、あまり話したくはない。だけどたくちゃんが話したいと、今のままじゃスッキリしないと言うなら、話さない訳にはいかない。私はしぶしぶ頷いた。


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