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あべこべ世界も大変です  作者: 川木
恋人編
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恋人と、愛人と 加南子視点

 たくちゃんと恋人になった。この春からの出来事は、あらゆることが目まぐるしく時間が過ぎていったけど、ここ最近のことは、それよりもっと早い。

 今でも、本当は全部夢でしたってなるんじゃないかって、時々不安になる。私を好きだっと言ってくれて、その癖恐いと言って、なのにキスしたいから恋人とか言って、こっちは理性で堪えていたのに、たくちゃんの方から一線を越えてきた。


 正直、大事な愛読書であるたくちゃんの隠し撮り写真を見られた時は終わったと思った。なのに、写真どころじゃないたくちゃんの姿をたくさん見て感じるなんて思わなかった。

 その後は少し頭に血が上り過ぎて強引なところもあったけど、たくちゃんも喜んでくれたし、積もりに積もった気持ちをお互いにぶつけあって、昇華して、関係も落ち着いて何もかもがうまくいっていた。何も怖いものなんてなくて、これから一生たくちゃんと一緒に幸せに生きていけるんだと感じていた。


「あのさ、加南子、私、卓也君のこと好きなんだ。愛人になりたいんだ。告白しても、いいかな?」


 だから、市子ちゃんからそう切り出されたとき、心臓が止まるかと思った。

 全然よくない。いい訳がない。やめて。反射的にそう言いそうになった。たくちゃんは、私の恋人で、私の彼氏で、私の……私だけの、そう、言いそうになってしまった。


 何を言おうとしているんだ、私は。たくちゃんは私が独占して縛り付けられるようなものじゃない。気持ちも体も、たくちゃん自身のものだ。なのにまた私は、たくちゃんを無視して自分の気持ちを通そうとしてしまった。これじゃあ、あの頃と同じだ。


 自分で、変わったと、変われたと思っていた。ずっとたくちゃんのためにと心を入れ替えて、誠心誠意、真摯に向き合ってきたと思っていた。たくちゃんに相応しいまでは思わなくても、もう昔の酷いことをした無法者の私ではなくて、これからももっと相応しくなれると思っていた。

 だけど、どうだ。たくちゃんと恋人になって、浮かれて、そこに水をさされたら思うことがこれって、これじゃあ何にも変わってない。


 自分が恐い。こんな、変わってない私じゃあ、もし、いつか、また過ちを犯して、たくちゃんを傷つけるかも知れない。そう思ったら、とても恐ろしくなった。


「わ、私に聞かれても。愛人になるかどうか、私には決める権利はないし」


 そう、仮に、このまま上手くいって結婚までこぎつけたとして、そんな権利はないのだ。なのに私は、勝手に断ろうとした。最低だ。


「それはそうだし、もちろん卓也君の気持ちが一番だけどさ。でも、万が一卓也君が、いいって言ってくれたとして、その、加南子と不仲になるのは嫌だからさ」

「……」


 なんだ、それ。もう、市子ちゃん、いい子すぎるでしょ。勝てない。たくちゃんを丸きり譲る気はないし、絶対負けたくないし、私が結婚したいけど、でも、万が一私がたくちゃんを傷つけてしまった時、庇ってくれる相手がいるなら、市子ちゃんみたいな人がいい。

 私がたくちゃんの唯一ただ一人の存在で、たくちゃんの視野が狭くなって追い詰められたり傷ついたりするくらいなら、私を捨てて逃げる先がある方が、ずっといい。


 もちろんそうならないように努力する。絶対間違いたくない。傷つけたくないし、泣かせたくないし、一番傍にいたい。

 でも万が一、たくちゃんのことを考えるなら、愛人を否定することはできない。


「……あの、市子ちゃん、じゃあ、素直に言うね。そりゃあ、いい気持ちはしないけど、でも、市子ちゃんがたくちゃんを好きで、たくちゃんもいいって言うなら、私としても、否定するつもりはないよ。たくちゃんを守ってくれる人が増えるなら、頼もしいことだから」

「ほ、本当に言ってるの? いや、聞いといてあれだけど、まさかそこまで優等生な返事がくるとは」


 き、聞きかえされた。まあ確かに。今のは自分でも綺麗な返事だったかもしれない。実際さっきもかなり嫉妬したし。でも、たくちゃんを守りたい、幸せにしたいって言うのが、一番私にとって大事なことだ。それだけは胸を張れる。


「いいよ。市子ちゃんは私にとっても大事な友達だし、心配しないでいいからちょうどいいくらいだよ。一緒に、たくちゃんを守ろうね」

「っ、ありがとう! 加南子!」

「わ、とと」


 たくちゃんの笑顔を思うと、自然と笑顔になって、その思いのまま市子ちゃんに伝えると、感激したような市子ちゃんが抱き着いてきた。ど、どうどう。落ち着こう。女同士で抱きあっても、何も嬉しくない。むしろ暑苦しい。


「私、告白するよ。駄目だったら、慰めてくれる?」

「もちろん。駄目だったら、たくちゃんを家に帰して、3人でパーティをしよう」

「……本当に応援してくれてる?」

「え? 本気だけど」


 あれ? ちゃんとたくちゃん抜きで労って慰めるってことなんだけど、駄目だった? あ、パーティって言葉のチョイス? まぁとにかく。


 落ち着いた市子ちゃんと、かなちゃんの元に戻る。

 市子ちゃんは緊張した固い顔つきで、たくちゃんの一歩前に出て、告白した。


「好きです! 卓也君が、好きです!」


 その姿に、何故か悔しくなった。私は結局、告白したのも全部たくちゃんから言葉や行動を元に、応えただけだ。一歩踏み出したのは全部たくちゃんからだ。

 だけど市子ちゃんは、恋人がいる人に、半ば玉砕覚悟で大きな声で告白している。いったいどれだけの勇気がいるんだろう。


 愛人と言う制度があって、法的にありだと言っても、実際に使用されているのは少ないと聞く。だいたい、男の人が結婚するのすら珍しい。人工授精で生まれていない人を探すほうが難しい現代だ。

 だから市子ちゃんは、きっと殆ど無理だと思っているだろう。その上で私に確認までとってから、その目の前で堂々と告白した。すごい子だ。玉砕覚悟なら、私を無視してこっそり言って、OKになってから話を通したっていいのに。


 だけど、と私は思う。たくちゃんはきっと、まんざらでもないと思う。何というか、この前もそうだけど、たくちゃんは性的なことに積極的だ。結構色々やってしまった私にも許すどころか、その時はのりのりだったし。


「な、なに? 愛人って、何言ってるの? どういうこと?」


 って、あれ? たくちゃんが混乱している。どうしたんだろう。もしかして、愛人の意味を知らないとか?


 本人に言わせるのも酷だろうし、仕方ないので私が仕切る形でたくちゃんに説明したけど、どうも私の態度に不満なようだ。

 二人を離して話し合うと、どうやら私が愛人OKな態度なのが気に入らないらしい。女の私と男のたくちゃんでは全然立場が違うし、私が愛人をつくることなんてあり得ないのに。


 説得する。説得しながら、何でこんなことしてるんだろう。誤解させたままならたくちゃんは正真正銘私だけのものなのに。と少しだけ考えてしまった自分がいるけど、なかったことにする。たくちゃんは全部を知ったうえで選ばないと意味がない。


「なら僕の答えはきまってるよ。恋人はかなちゃんだけで十分だ」


 そして説明の上で言われたこの返事に、どきっとしたし、正直ときめいた。でもあれ、とも思った。うーん。たくちゃん、ちょいちょい私もだけど女の子にドキドキしてる感じの反応してるの見たし、わりと全方位的にむっつりスケベだと思ってたんだけど。違ったのかな。


「え、本当に? 嬉しいけど、でもたくちゃん、他の女の子に全然興味ないの? 結構たくちゃんってむっつりスケベだし、興味しんしんだと思ってた。だからこそ、たくちゃんに正面から話をしてもらったのに」

「…………」


 あ、凄い黙って目をそらした。

 あーーーーー、やっぱりかぁ。そうか。思ってた以上に恋愛感情的には一途に思っていてくれたみたいで嬉しいけど、思ってた以上に他の女の子もそういう目で見てるな。むっつりスケベと言うか、多分根がビッチなんだな。快楽に弱い感じ。私との関係も気持ちいいからって進めたし。うん、わかってた。


 わかってはいても、何とも言えない気持ちだ。


「どうなの?」

「ど、どどどうって」


 全くもう。世話が焼ける。そんなに誤魔化す必要ないのに。

 だって、前からうすうす察していた。なんかそんな感じだって。知ってた。だからたくちゃんが春に元気になるまでも、いつかは何とかあわよくばチャンスがあるんじゃないかと期待はしてたくらいだ。あの小学生の時も反応はしてたし。

 うんまあ、それはともかく。だから、あの頃都合よく希望を持ってた私が、今更それを否定することはできないってことだ。


「いいんだよ、たくちゃん」


 できるだけ優しく促すと、たくちゃんは気まずそうに視線を一周させてから、じっと伺うように私と目を合わせて口を開く。


「……意識、全くしないかと言うと、まあ、するけど。でも、いくら市子ちゃんでも、じゃあすぐなんて、そういう気持ちにはならないよ」

「すぐされたらさすがにちょっと嫌なんだけど。とりあえず、恋人2番目候補ってことで、見て行ったらいいんじゃない?」

「……かなちゃんは、本当にいいの?」

「たくちゃんが私を、一番好きだと言ってくれたから、それで、全然いいよ。私は、たくちゃんが幸せならそれでいいんだ」


 嘘だ。だけど、本心だよ。


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