親孝行をしよう
「ただいまー」
「おかえり、お母さん。晩御飯、つくってるから、早く着替えてきて」
「え、え!? ほ、本当に!? え? 今日、そんなに遅かった!?」
夜、母が帰ってきたので声をかけたのだけど、驚かれた。慌てたように今に入ってきたお母さんに、いやいやと手を振る。
事故に会ってから、親孝行をするつもりではあったけど、すぐに何でもできるわけではないし、あれもこれもして失敗するくらいなら、少しずつ手を出したい。
そこでまず目をつけたのが、料理だった。洗濯とかは、家族とは言え女の人のに手を出すのは抵抗があるし、掃除は元々こっちでは自分の部屋は自分でしていた。こっちではいるお姉ちゃんも料理はしないけど、お風呂掃除とか家事の手伝いをしていることはあるから、あんまりその生活を乱したくはない。
その点料理なら、したこともなくはないし、仕事から疲れて帰ってきた母をねぎらう意味でも、ちょうどいいと思った。
だからこっちに来てから、こっそり料理の練習をしていた。と言っても、お姉ちゃんは家にいるので、お昼をつくって味を見てもらったりしているので知っているけど、お母さんには内緒にしていた。楽になるってあんまり期待させてがっかりだったら可哀想だし。
「あのね、毎日は無理だけど、今は春休みだし、少しはしようかと思って。一応、お姉ちゃんには美味しいって言ってもらっているんだけど」
「! た、たくちゃん……!」
お母さんが抱き着いてきた。ちょっと暑苦しいけど、僕のちょっとした成長に感激してくれるくらい、今までの僕で心配をかけていたということなので、軽くお母さんの背中を叩いて応えるにとどめる。
「さあ、早く食べよう」
「ええ! すぐ着替えてくるわ!」
お母さんが部屋へ向かったので、お姉ちゃんにも夕飯にしようと声をかける。
二人が集まってくるまでに、ご飯をお茶碗によそう。今日が最初の夕食担当になるので、ちょっと気合を入れた。ご飯と肉じゃが、サラダ、トン汁、キュウリのたたきと、唐揚げだ。唐揚げは、残念ながら危ないからと揚げ油の許可が出なかったので、揚げない唐揚げだけど。
温め直して食卓に運んでいる間に、二人がやってきた。お母さんはこれまた、感激したように褒めてくれた。照れくさい。
ご飯を食べ始めてからも、もっと褒めてくれた。どうしてかお姉ちゃんが自慢げにしていたのが解せないけど、嬉しい。春休みが終わるまでは、できるだけ頑張ろうかな。
「そう言えば、お姉ちゃんは何が好きなの?」
「そうだな。カレー、かな」
「じゃあ、明日はカレーにするよ」
「いいのか? 悪いな」
「ううん」
「……あ、あの、たくちゃん、私にも聞いてほしいなー、何て、思ったりしてー」
「あれ、お母さん、肉じゃが好きだったと思うんだけど。あとポテトサラダも」
お姉ちゃんに関しては、あれから全然見てないからよくわからないけど、お母さんはあっちで普通に見てたので、好物くらいわかる。よく食卓にあがるし、お父さんとの会話でも言ってた。ジャガイモ系が好きだよね?
「たくちゃん……!」
「ちょ、ちょっと待て、卓也。お前、母さんのは把握していて、私のはしていなかったのは、何というか、マザコンか」
「そんなことは……ちょっとしかないと思うよ?」
「な……なんだろう、同じように扱われていたと思っていたのに、この複雑な気持ちは」
「ふふふ、やっぱりなんだかんだ言っても、私はお母さんだもんね。たくちゃんの特別に決まっているわ」
「うーん。納得がいかないな」
「ご、ごめん。その、これからは気を付けるよ」
まさかこんな展開になるとは。軽い気持ちで聞いたのに。
お姉ちゃんともお母さんも、僕を大事にしてくれてるのはわかっていたけど、こうも好かれている感を出されると、気恥ずかしい。
でも、何というか、家族とは普通に話せるようになったな。お母さんはともかく、お姉ちゃんはまだ、慣れない感はあったんだけど、やっぱりお互い春休みで家にいると、三食一緒に食べるし、慣れた。普通に家族の感覚が馴染んできた。
この調子なら、学校でも他の子と一緒にお昼食べたら、すぐ慣れて友達になれるかも。……駄目だ! 一緒に食べてる時点で仲いいじゃん。もう駄目だ。つんだ。
○
僕は夕ご飯を終えて部屋に戻ってから、真面目に友達をつくる方法を考えることにした。
うーん。どうしようか。委員長とは一応友達ってことで、あれから会ってはいないけど、携帯で何回かやりとりしてみた。だから本当に友達になろうとしてくれているのは信じている。
同じ高校だし、同じクラスだったら一緒にお昼取ってくれたりしないかな? かなちゃんは絶対とってくれるだろうけど、かなちゃんは僕と同じくらいの交友関係だから友達いないだろうし、できたらかなちゃんはかなちゃんで友達を作ってほしい。
委員長ならすでに友達いるだろうし、できたらその友達も紹介してもらったりして、ねずみ講式に友達を増やせたら楽なんだけど……い、いや、こんな考えじゃ駄目だ!
あれだよ、こう、隣の席の人に自分から挨拶したり話しかけるんだ。マンガとかだと、隣の席とかもう100%友達になるパターンだし。
うう、でも確率的に女の子の可能性高いんだよね。わかってはいるけど、ハードル高いなぁ……いや、でも僕、男の子が隣でも話しかけれる自信ないから、変わらないか。むしろ今は女の子の方が、僕に優しくしてくれそうだし、ハードルは低いのかな?
うーん、精神的ハードルが問題なんだから、そんなの意味ないか。
「はぁ」
今からそわそわしてしまう。どうしよう。むしろさっきまでノープランでなんとかなるだろうって考えていられたことにびっくりするレベルだ。
ああー。考えだしたら、すっごい不安になってしまった。こういう時はかなちゃん……に連絡したら、正直安心するんだけど、ここで逃げてちゃだめだよね。
そうだ、委員長に自分から連絡してみて、隣の席の人に自分から話しかける度胸をつくろう。
アプリを起動して、委員長の画面を開く。そして文章を……な、なんて書けばいいんだろう? だって、何にも用事ないよね?
挨拶から始めるとしても、何の用って聞かれたら困る。うーん。練習のために話したいだけってそのまま言うのは失礼だよね?
と言うか、委員長はわかってくれているし、真面目だからそんな風に思わないだろうけど、話したいだけで用もないのに連絡するって、なんか、めっちゃ親しみを込めているって言うか、気があると思われるんじゃない? 逆に僕が女の子から用はないけど、話ししたくてとか言われたら、絶対勘違いする。
まぁ、今回は委員長だからいいか。
『こんばんは、委員長。今いいですか?』
と書いてから、送信を……お、押していいよね? 文章変じゃないよね? いや、でも、いいですかって、時間取るぞって感じで、重要な用事があるって誤解させないかな?
『こんばんは、委員長。特に用はないけど、話さない?』
素直過ぎて失礼じゃない? それに、何話すのって言われたら、どうしよう。話題とか考えてなかった。失礼なのは、委員長だし許してくれるかもだけど、だからって甘えていたら他の人への練習にならない。
ちゃんと真面目に考えよう。
「うーん……あ」
ていうか、委員長のこと名前で呼ぶんだった。井上さんだった。文章で名前呼ばないから忘れていた。こういうとこでちゃんとしないと、失礼だ。
頭の中で委員長って呼び続けているのが問題だし、井上さんって呼ばないと。
さて、文章を井上さんにして、完璧だ。うん。他の内容どうしよう。
「……かなちゃんに相談しよう」
これは甘えじゃない、よね? 1人で考えていても仕方ないし、仕方ないよね?