知り合いと会った
「あっ」
「げっ」
「ん? あ、委員長か」
ショッピングモールについて、とりあえず本屋に向かう途中、左前のお店から出てきた人が声を上げたので視線をやると、この間中三の時に同じクラスで委員長だった女の子がいた。えーっと、な、なが……長野? なんかそんな名前。
極力接点減らしていたからクライスメイトの殆どを覚えていないけど、誰彼構わず態度の悪い僕に、ちょいちょい注意してきたから、一応覚えている。と言うか基本的に僕は誰にでも、話しかけてくるなクソ女! って挨拶されただけで返すような人間だったから、殆どの人がその通りに僕に話しかけずに遠巻きにしてくれていた。
逆の立場で考えても、僕も絶対近寄りたくない人間だったのに、普通に注意してくるから、相当真面目なんだろうなと思う。注意してくる時に顔を寄せ気味に怖い顔なので、普通に恐いし、僕はめちゃくちゃビビッて、うっざい死ねとか連発してたけど、今となってはちょっと申し訳ないと思う。
「えっと、お、おは、よう?」
挨拶しなきゃ。と思って口から何とか出したけど、もうお昼前だしこんにちはの方がよかった? でも、なんかこんにちはって言葉使った記憶あんまりないし、なんか言うの恥ずかしい。って言うか、何挨拶くらいでテンパってるんだよ、僕は。こういうとこ、ほんと、人生経験出るよね……。
「えっ、お、おはよう? え? さ、酒井君、よね?」
「おはよう、見たらわかるでしょ? 委員長、何言ってるのよ。たくちゃんに変なこと言わないでよ」
落ち込む僕に、委員長は僕と同じくらいテンパった感じで、いつもの感じで顔を寄せてそう聞いてきた。思わず引く僕に、これまたいつも通り、かなちゃんが間に入るようにしてかばってくれた。
ってこれじゃ、駄目じゃん! 知り合いに会っただけでかなちゃんに庇われてたら、自立何て夢の夢だ!
「そ、そうよね? ごめんなさい。でも、だって、挨拶してきたわよ?」
「普通のことじゃない」
「いやだけど」
「かなちゃん、ありがとう。でも、庇ってくれなくてもいいんだよ。僕が急に変わったら、ビックリするのは普通だし」
「たくちゃん……」
「か、かなちゃん!? え? 二人ってそういう関係になったの!?」
「あ、うん。ちゃんと幼馴染になったんだ。あーっと、その、委員長、今まで、親切で注意とかしてくれていたのに、ひどいことばっか言って、ごめんなさい」
何を言えばいいのか。って悩んだけど、考えたら委員長に言うことなんてこれしかない。驚いている委員長は、今のとこ怒ってないけど、普通に考えて僕のこと嫌いだろうし。謝っておこう。許されるとは思ってないけど、できれば普通に元クライスメイトとして当たり障りなく、今後もあったら挨拶するくらいの交流をしたい。
家族とかなちゃん以外の人には全然慣れていないので、とりあえず知り合いではある委員長で他人と言う存在に慣れていきたいと言う下心もあって謝ると、委員長は目を見開いて震える手で口元を覆った。
そ、そんなに驚く、か。そりゃそうか。
「……」
「あ、あの、委員長」
「たくちゃんが謝っているんだから、何とか言いなよ。別に許してあげてとか、言わないけど、返事くらいしたら? それこそ、委員長が言ってたみたいに失礼でしょ」
応えない委員長だったけど、かなちゃんにそう促され、はっとしたようにびくっとすると、手を降ろして、落ち着くためにか両手で自分の胸元の三つ編み髪をなでながら、僕から目をそらして口を開く。
「ご、ごめんなさい、驚いてしまって。そうね、その通りだったわ」
「あ、謝ること、ないです。えっと、とりあえず、急だけど、色々あって、今まで通り、女の人を拒絶するだけじゃ駄目だって思ったから、変わることに、しました。その、だからってことじゃないけど、今まで、ごめんね」
「い、いいのよ。気にしないで。私は別に、個人的に怒っていたわけじゃなくて、委員長として注意していただけだから。これから変わるなら、すごくいいと思うわ。えっと、頑張って、ね?」
「う、うん。ありがとう」
「そ、それで、じゃあ、その、よかったら私のことも、名前で呼んでみない? えっと、練習にって言うか」
「あ、えっと」
自分を練習台に、女の子との会話の練習していいよってことだよね? 義務的に注意していたとしても、あんまりにあっさり許してくれて、委員長ってめちゃくちゃいい人なんだなぁ。
恐いけど、真面目な人だからこそ、そういうことされたりとかないって信頼はしてる。それに恐いと思っていたからこそ、普通にしゃべれたらすごい練習になるだろうなって思う。思うけど、……名前、何だっけって、この流れでは絶対言えないよね?
「ちょっと、委員長。何変なこと言ってるのよ。たくちゃんが困ってるでしょ」
「あ、かなちゃん。違うんだ。えっと、ちょっと、耳、かして」
「え? えっと、う、うん、なに?」
委員長に背中を向けて、かなちゃんが髪を耳にかけてだしてくれた耳にそっと顔を寄せる。
う、ちょっとなんか、女の子特有の甘いにおいがする。どぎまぎしつつ、かなちゃんに委員長の名前を教えて欲しいと小声でお願いする。
「え? あ、あー……委員長、たくちゃん、委員長の名前覚えてないんだって」
「ちょ、ちょっと! なんで言うの!?」
委員長を振り向いてあっさりバラすかなちゃんに、思わず肩を叩いてしまう。力が入ってしまって、叩いてすぐ、しまったって思ったけど、かなちゃんはびくともしなくて、痛いとか反射ですら言わなかった。
え? 結構力入ったよね? 女の子の方が力が強いって、どれくらいのレベルなの? って、今はいい。それより委員長だ!
僕は恐る恐る委員長を振り向く。委員長はちょっと引きつった顔をしていたけど、無理やりちょっと微笑んだ。
「私の名前は、井上登利子よ」
うわ、思ってたのと全然違う。確認してよかった。
「い、井上さん、ごめん。その、かなちゃんしか、見えてなくて」
「いいのよ。これから変わるんでしょ?」
「う、うん。頑張る、です」
「なんでさっきからちょこちょこ敬語つかってるの?」
「えっと、き、気分」
だって、知り合いって言っても、やっぱ恐いし、委員長だからの怖さもあるし、親しくない人にばりばりため口ってのにも抵抗あるし、でも今更敬語も逆に失礼だし、なんか、こんな感じになった。
委員長はふーん?って感じで流してくれた。ほっ。
「じゃあ、その、これからは、私も、友達として、仲良くしてくれる?」
「えっ」
と、友達? 僕のことを許してくれるだけじゃなくて、友達になるって言うの?
ど、どうしよう。嬉しいって思うと同時に、えー、いきなり友達作るのとかハードル高くてなんかやだなーってしり込みする気持ちと、普通に委員長恐いしヤダなーって気持ちだ!
うう、でも、親切で言ってくれてるわけだし、う、受けるべきだよね? 委員長は練習って言ってくれているくらいだし、多少失礼しても許してくれるってわかっている相手何だから、そういう意味でもいい相手だよね?
「あ、その、えっと」
「委員長。たくちゃんが優しいからって、困らせないでってば!」
すかさずかなちゃんが僕を守ってくれた。う、嬉しいけど、違うのに。これじゃあ駄目だ。
「か、かなちゃん。だ、大丈夫だから。その、言葉が、すぐ出ないだけで、大丈夫だから」
「そ、そうなの?」
「うん……困ったら、ちゃんと助けてもらうから。ありがとう」
「……無理、しないでね?」
「うん。ありがとう。えっと、それで、委員、じゃなくて、その、い、井上さん、その、お、お願いします」
委員長に改めて向き合ってそう言うと、委員長はにこっと笑った。
「ええ! よろしくね、酒井君」
いつも怖い顔をしていたけど、笑うと、結構可愛いんだなって思った。
それにしても、もう友達ができた。お、思いのほか、上手くいっている。この調子で、社会復帰も近い! かも!
それから、委員長も一緒にモールを回った。