恋人報告
「あれ? 卓也君、なんか雰囲気変わってない?」
「え? そうかな?」
週末、お姉ちゃんの所属するバスケ部が他校と練習試合をすると言うことで、見学に来た。メンバーはいつもの四人だ。試合が終わったら、みんなでお昼を食べて遊ぶことになっている。
会うなり、市子ちゃんからそう首を傾げられた。それに首を傾げ返すと、歩ちゃんがびしっと僕を指さした。
「わかりました! ピンときましたよ!」
「え?」
「ずばり、加南子さんと仲直りしましたねっ」
「え、あれ、夏休み始まる時点で、まだ変だった?」
一応表面的には何事もなかったかのように振る舞ってたし、かなちゃん以外には気づかれてないと思ってたのに!
「まあ、そうだね。目線は泳いでたし、ていうか、加南子と微妙な距離感だったよ。今はもう直ってるけど、うーん、でも、それだけじゃない気がするんだけど」
どきりとする。隠そうと決めていたわけじゃないけど、話すつもりもない。そもそも僕らはまだ付き合い始めたばかりで、何も決まっていなくて、気持ちすらふらついていて、どう反応すればいいのかわからない。
かなちゃんに視線で助けを求めると、かなちゃんは僕の視線に気づいてはにかんでから、気楽な感じで口を開く。
「実は、付き合うことになったんだ」
「わあ!?」
「えっ? え、なんでたくちゃんがそんなにびっくりするの? え? 夢なの? もしかしてこの一週間は私にとって都合のいい夢だったの?」
「落ち着いて」
普通に言うかなちゃんに驚いた僕に、きょとんとしたかなちゃんは急にパニックになったように僕に迫ってきたので、ほっぺを引っ張り落ち着けにかかる。
僕が驚く=夢ってどういう思考回路してるの。気が動転するにもほどがある。現実だよ、目を覚ませ。
「ああ、よかった! 普通に痛いから夢じゃないねっ」
「納得してくれたみたいで嬉しいよ」
「ちょ、ちょっと、待った。え? つ、付き合いだしたの?」
「あ、うん。そうなんだっ。えへへっ」
反応がなかった二人だけど、驚きすぎて固まっていたらしい。ぎくしゃくした感じで顔を見合わせてから、市子ちゃんが改めて確認してくる。
それにかなちゃんは実に嬉しそうに応えた。いい顔してる。とても可愛い。でもとても恥ずかしい。
「そ、そうなんだ……。お、おめでとう、でいいのかな?」
「うーん。改まって言われると、照れるね。私もまさかこんなことになるとはね」
「え? 全く予想外だったんですか? まさか?」
「え、なにまさかって。もしかして僕ら、こうなるだろうって思われてたの?」
「え? 逆に、え? なんですけど」
「まぁ、万が一、くっつかないってことはあるかなとは思ってたけど、急だけど、妥当感はあるよね」
驚いていた二人だったけど、急な展開に驚いただけで、僕とかなちゃんが恋人になること自体は妥当だったらしい。なんだそれ。もしかして、そんなに周りから見て、友達以上恋人未満感でてたの?
……死にそう。今まで何の疑問もない距離感だったけど、考えたら、友達にしたら近すぎた? ラブコメかよ。恥ずかしすぎる。
「あ、あのさ、卓也君」
「あ、なに? どうかした?」
苦悩していると、市子ちゃんが、何か言いにくそうにしながら声をかけてきた。いったいそんな不審な態度で、どうしたの? もしかして、また変なこと言ってた?
じっと目を見ながら促すけど、市子ちゃんはいつになく挙動不審で、一度開いた口をまた閉じたりしている。な、なにかそんな言いにくいこと僕しちゃってる!? え、社会の窓は開いてないよね? うん、セーフ。
「あ、いや、もうすぐ試合だし、また後で、改めて言うよ」
「あ、そう? 別に緊急性ないならいいけど」
気になるけど、なんか聞くのが恐い気もするのでそっとしておく。
気を取り直して、とりあえず試合に集中しよう。試合は僕らの学校の体育館で行われる。試合と言っても公式試合とか、大会のとかじゃなくて、付き合いのある近くの学校と、顧問同士で話し合って定期的にしている非公式な試合らしい。
体育館に向かう途中、他の部活をしているだろう人も何人か見かけた。遠くから吹奏楽の音楽が聞こえるのも、放課後はいつものことのはずだけど、休日だと思うと何だかすこし気持ちが違う。
なんだかドキドキしながら体育館に入ると、きゅっきゅと言う独特の靴底がこすれ合う音と、ダンダンとなるボールのドリブル音が一気に聞こえてくる。視界には前に見学した時の倍近いバスケ部員がいて、圧倒される。
と、奥にいたお姉ちゃんと目が合った。にっと笑うと、周りの部員の人に何か言ってから、こっちへかけてきた。フットワーク軽いのはいいけど、ちょっと注目された感じで、何となく気恥ずかしくて目をそらす。
「よく来てくれたな、卓也。君たちも、わざわざ応援に来てくれてありがとう」
「お、おはようございます」
「今日は頑張ってください」
お姉ちゃんは機嫌がいいようで、愛想よくそう言った。そう改まって言われると、本気で応援しに来ているわけでもないから、何となく気まずい。みんなも同じようで、挨拶をしながらも揃って愛想笑いをしている。ここは僕が会話をリードしないと!
「ところでお姉ちゃん、勝てそうなの? と言うか、強いの?」
考えたら、このチームの強さを知らない。県大会優勝とかは聞いたことないけど、どうなんだろう。応援に呼んだんだから、めっちゃ弱いってことはないよね。
今更なことを聞くと、お姉ちゃんは苦笑した。
「いきなりだな。まぁ、うちの強さは平均的、と言ったところだが、今日は勝つさ」
「あ、相手そんな弱いの?」
「馬鹿。そんな、あからさまな格下と練習試合して何になる。相手校は、うちと長い付き合いだが、勝率は同じで、直近では負けた相手だ」
「あ、そうなんだ。でも勝つって確信してるんだ?」
勝つって断定するから、てっきり絶対勝てる試合だから呼んだのかと一瞬思ってしまった。いくらお姉ちゃんがいい格好しいでも、さすがにそれはないか。
でもじゃあなんで、勝つ、とか言いきってるんだ? 首を傾げる僕に、お姉ちゃんはにっと口の端をあげて応える。
「当然だ。可愛い弟が応援に来ていて、負ける姉など、いるわけないだろう? じゃあな、ちゃんと声をはって応援するんだぞ。あっちの端で、危なくないよう見学していてくれ」
そしてぽん、とかるく僕の肩を叩くと、来た時のように駆け足で去って行った。
「はーい、頑張ってね」
大きめの声で返事をしながら、しみじみ思う。お姉ちゃん、まじ格好いい。ほんとに僕の姉かな。僕より頭いいし、運動神経いいし、人当たりもよくて人望あるとか……え? マジで差が大きくない? 父親のDNAやばくない? ……まぁ、僕のお父さんは向こうでわかってるけど、お姉ちゃんのお父さんは不明なんだよね。なんかその辺考えたら、ちょっと悲しくなるからやめておこう。
言われた通りの邪魔にならない場所へ移動する。体育館の舞台から見て横側にあるドア付近。ここなら真ん中近くて、どっちのゴールも見えるし、そんなに邪魔じゃないよね。
周りから、ちらちら見られたりしているけど、特に何事もなく試合は始まった。




