かなちゃんとお出掛け
髪を切った翌日、かなちゃんに来てもらった。これからのことについて、ちゃんと話さなきゃいけないと思ったからだ。
昨日別れる時にお願いしていた時間ピッタリに来てくれたので、部屋にあがってもらう。
「あれ、何だかちょっと、部屋の空気かわったね」
「ん? そうかな?」
特に配置とか変えてない。本棚やゲームの中身が違うくらいで、ほとんど同じだし、変えるほど時間的余裕もまだない。
だけど何だか不思議そうに、かなちゃんはいつも座るクッションに腰を下ろした。
こっちでは、しょっちゅうかなちゃんを呼びつけていたし、その流れで部屋に入ってもらうのも、結構よくあった。あったけど、何というか、向こうではそんなの一回もなかったし、部屋に女の子がいるって状況は、記憶じゃなくて現実として体感すると、なんかちょっと、緊張するなぁ。
「うん。あ、そっか。カーテン、開けてるんだね」
「あ……うん。もう、必要ないから」
人目を避けるあまり、僕はずっとカーテンを閉めていたのだ。だからだ。さすがに向こうではカーテンは普通に開けていたから、意識していなかった。だって、窓の向こうはアパートの壁があるだけで、方角的に窓もないから誰の目もないし。身を乗り出したら、アパートの庭から見えるけど、そのスペース分、結構光が入ってくるのだ。
向かいに座る僕に、かなちゃんは眉尻を下げつつも微笑んだ。
「そっか……今回の事故、本当に、守れなくて、後悔してばかりだけど、でも、たくちゃんにとっては、いいきっかけになったのかも、ね」
「うん。少なくとも、もう、かなちゃんに今までみたいに迷惑かけたりしないから」
「め、迷惑なんてことないよ!」
「あ、うん、ごめん」
そうだよね、真面目でまだあの事を気にしているかなちゃんに、こう言う言い方しても、逆効果だよね。
ええっと、でも、じゃあどういう言い方をしよう。それに、実際僕が思っている以上に危険なら、それをちゃんと把握できるまでは、一緒にいてもらいたい。
「かなちゃんも悪かったし、僕も悪かった。だから、お互い変な関係だったんだ。でも、もうあれは辞めるんだから、こう、普通に友達として、僕を助けてほしい。いつでも駆けつける準備してくれるとか、そういうのは、こっちも気を遣うから、やめてほしい」
「たくちゃん……それはわかったけど、じゃあ、これからは、前みたいに一緒に居られないの? もしかして学校に行くのも別々? お昼も一緒に食べられないの?」
「う、うーん」
別に、かなちゃんを遠ざけたいわけじゃない。だから登下校は一緒にしたらいいけど、今までみたいに学校内でもべったりと言うのは違うと思う。かなちゃんだって、ろくに友達付き合いできてないだろうし。
でも、そもそも、本当に僕は一人で大丈夫なのだろうか。少し不安になってきた。だって、向こうの意識が強いからできる気になっているけど、何だかんだ女性恐怖症も残ってはいるし。
僕は向こうの僕でもあり、こっちの僕でもあるんだから、完全に変わっているわけじゃないんだよね。
「そういうつもりじゃないんだけど、その、僕も、まだ不安だし、どうしようか、はっきり決めているわけじゃなくて……」
うう、この状態じゃ、全然何も決まってないのと同じだよ。なんでかなちゃん呼んだのってなる。でも、話し合いが足りてないのは事実なわけだし。
「あ、そうだ、あの、よかったら、一緒にでかけない? それで、落ち着いた今の状態で、周りとか見て、決めていくよ」
「! う、うん、それいいね。明日、8時以降なら私はいつでもいいよっ」
「え? 明日?」
「! ごめん、先走った」
「あ、ううん、いいよ。明日の予定もないし、そうしようか」
「! うん!」
急に元気になったかなちゃんに、ちょっとほっとする。さっきまでめちゃくちゃしょんぼりって感じだったし。
あの関係に戻る気はさらさらないけど、こっちの都合で急遽やめるわけだし、戸惑いはあるよね。少しずつ、時間をかけて新しい関係にしなきゃ。勝手に先走って一人で決めるんじゃ、それは勝手に期待して勝手に失望した、昔と同じだ。
昨日のお出かけでは、二人の間に挟まれていたからあんまり周りに意識をやれなかった。二人の空気悪くて気が気じゃなかったし。だから、明日こそ、落ち着いて周囲を確認しよう。
話はそれからだ。
○
「かなちゃん、お待たせ」
「ま、待ってないよ! 全然!」
待ち合わせ場所は、我が家の門扉前である。女の子を迎えに来させることへの抵抗もあるけど、かなちゃんなのでそれが当たり前だという感覚もある。
世間的にどっちが正しいのか、お姉ちゃんは一人で行くなんてって言ったけど、結構過保護なとこあるし、待ち合わせ場所までなら十分あり得る。
ネットで調べてみたりしたら、確かに世の中の性犯罪とかは基本的に女の人が男の人にしている。でもそのニュースの数は、前の世界よりすごく多いって風にも感じなかった。言っては何だけど、元々よく報道されていた。でもだからって、昼間1人で出歩く女の子は普通にいたわけだし。
と言うことで、今日でちゃんと見極めて、自信をもって今後について決めたいと思います。
「そう? ありがとう。じゃあ、行こうか」
「う、うん!」
? 何だろう。別にかなちゃんと出かけるのはいつものことなのに、かなちゃんなんでこんなにテンション高いの? まぁいいけど。いつもは意識して犬としてへりくだってくれていたのかな? だからこれが今の素なの? 正直、ちょっと恐いけど、が、頑張ろう。
「た、たくちゃん、その、どこ行くのかな?」
「え、ああ。特に決めてないけど、とりあえず、いつものモールに行って、本とかゲームでも見ようかと」
向こうでもこっちでも、基本引きこもりだった僕の趣味は本とゲームが基本だ。どっちもネット通販で手に入るけど、やっぱり手に取って探すのが一番いい。
「そ、そっかぁ」
「うん、かなちゃんがどこかに寄りたいところがあるなら、そっちも行こうよ」
「え、あ、うん。そ、そっか。あ、ありがとうっ、で、でも、特にないから、その、たくちゃんに付き合うよっ」
そっか。じゃあいいか。
家を出てみて、少し歩いたけど、今のところすれ違う人から恐い感じはしない。ちょっとひそひそ見られたけど、常識的な距離ですれ違っているだけだし、珍しいから見られているだけってくらいだろう。
このくらいなら大丈夫かも。お姉ちゃんが脅かすから、てっきりもっとこう、男ってだけで誘拐してやろうか、みたいなくらい危ない目で見られているのかと思った。このくらいなら、意図的に盲目になっていたころの僕が気づいていなかったのも無理はない。
しかし、それにしても……本当に男はいないなぁ。駅前のひらけたとこにきて、結構人通りあるのに、パッと見まだひとりも見てないって、やばくない? 大丈夫なの? この世界。
知識として精子バンクとかそういう科学系で産むことが多いって言うのは知っていたけど、こんなに男がいなかったら、半分以上が私生児とか言うレベルじゃなくない? それか歩いていないだけで、それなりにそれぞれ女の人と出会ってるの?
「ねぇかなちゃん」
「ふぇっ!? な、なにもやってないよ!?」
え? 普通に質問したかっただけなのに、めちゃくちゃ動揺したあやしい返事された。何をやろうとしてたのさ。恐いから聞かないけど。
「かなちゃん、ちょっと質問……はいいや」
考えたら、かなちゃんもずっと僕と一緒だったんだし、世間ずれしてるわけないか。帰ってからお姉ちゃんに聞こう。
「かなちゃんは本とか何読むの? あ、と言うか、趣味って何?」
「え、えーっと、たくちゃんの読んだ本はだいたい全部読んでるよ」
「あれ? 趣味同じだっけ?」
「んーっと、部屋で、読ませてもらってから、自分でそろえたりとか、結構」
「あ、そうなんだ。他に趣味ってある?」
「えーっと」
話していると、結構あっという間についた。あと不思議なんだけど、会話しながらだと、何だかそれまでより見られた気がする。何というか、珍しいというのを通り越して、たまに驚いたみたいにぎょっとした顔されたりした。
もしかして近所かどうかって言うのも、影響してたりするのかな? 僕の家の近所なら、僕が出歩くのを見かける機会も多いから、驚かないとか。それだと、チラ見してくるのなんなのって気もするけど、何回か見てても珍しいものは珍しい、とか? うーん。今のままだと、何とも言えないなぁ。