夏休み
翌日、お姉ちゃんが部活にでかけたころを見計らい、ベッドから出る。昨日はやたらと追及しようとしてきて大変だった。僕から報告したとはいえ、弟のそういうのを根掘り葉掘り聞こうとか、やめてほしい。デリケートな時期なんだから。
「おはよー……って、そっか」
普通に休みの日の感覚でいたけど、平日だからお母さんもいないのか。大きな声で独り言を言ってしまった。恥ずかしい。
朝食を食べて、夏休みの課題にとりかかる。まずはまとめて、量を確認。こういうのは毎日コツコツすれば、すぐ終わる。今日は国語からしよう。最初からはやる気が出ないので、簡単で頭を使わないで済む、漢字の書き取りにしよう。
「……」
真面目にしていると、早くも一日のノルマ5Pが終わった。続いて例文作成の問題があるけど、このまま国語をやってしまうのはもったいない。国語系は簡単だし、他の教科で難しくて集中力が切れた時に、合間に挟む形でいれていきたい。
と言うことで、地味に時間がかかる数学にとりかかる。
ぴろん
「ん?」
1Pの真ん中あたりで、携帯電話がなった。うーわ、やる気なくなるなー。
まあ、電源切らずに机に置いてた自分が悪いけどさ。まあ、休憩しようか。よく見たら、もう一時間以上してるし。
ペンを置いて指先をくんで両手をあげて伸びをする。うー。肩が痛い。
携帯電話の画面を叩いて、アプリを起動して宿題の妨害をしてくれたメッセージを確認する。
「ん」
かなちゃんだった。起きてる? だって。いったい誰に向かって言っているのか。こんな時間に寝てるわけがない。
起きてるよ、と返事をする。するとすぐにまたきた。
『暇?』
『宿題してたよ、なに?』
『邪魔してごめん、また改めて連絡するね』
『いや、いいよ。今日のノルマはしたし。何?』
会話をきろうとしたかなちゃんだけど、促すと少し時間をあけてから送ってきた。
『遊びに行きたいなって言うか、行かない?』
『いいけど、どこか行きたいようがあるの?』
『そうじゃなくて、デートって言うか。駄目ですか?』
「……」
だ、駄目ですかって。可愛すぎか。うぅぅ。こんなの、せめて声直接聞きたかった。なんで文字で言うの? 電話してきてよ。うー。
あ。てか、デートの誘いとか、僕からすべきだったんでは? ここは男からびしっと……ん? いや、それはいいのか。こっちでは? まあともかく、デートか。
そもそも、勢いで恋人ごっことか言ってるけど、どんなものなのかよくわかってないんだよね。とりあえず恋人っぽいことはするけど、本気で恋人としてするようなことはしないってことなのは、流れからわかるけど。
『いいですよ』
『なんで敬語(笑)』
かなちゃんも敬語だっただろうが! 照れたんだよ!
歯噛みしつつ、僕は返信する。
『うるさい。いいからさっさときて。直接話した方が早いよ』
と、送ってから気づく。あれ、いつもの感じで言っちゃったけど、デートするって言うのに、先に会うの? てか、会うならもうデート始まるってことじゃない? だとしたら、こんな普段着では会えない。なにかちゃんとした格好にならないと。
『わかった。すぐ行く』
わかったじゃないよ。こんな時でも従順なんだから。素直か。形だけでも恋人になるって言うなら、なおさらそのままじゃ駄目でしょ。
すぐに課題を閉じて机の端にまとめて積み上げ、僕は慌ててクローゼットをあける。シャツはこのままでいいや。比較的新しいTシャツだ。問題はズボンだ。室内用のジャージの半ズボンだ。これはない。
とりあえず普通のスラックスでいいか。ジーパンは熱いし。てか、こうやって見ると、僕デートっぽいの何も持ってない。普通の服しかない。……デートっぽい服ってどんなのだ? 女の子なら、可愛いのとか想像するけど、男って、どんな格好がいいんだ? 夏だしジャケットなんか着ないし、ちゃんとした格好って、ワイシャツくらいしか思い浮かばない。それって制服じゃん。
悩みつつ、とりあえずズボンだけはきかえると、ちょうどかなちゃんがやってきた。ほんとに早い。なに? 意識してるの僕だけなの?
と思いながら玄関に迎えに行くと、いつもと違ってスカートだし、シャツもなんか花柄だし、なにより帽子までかぶっている。かなちゃんが帽子被ってるなんて、小学校以来だ。めちゃくちゃ意識しておしゃれしてる!
「お、おはよう、たくちゃん。急にごめんね?」
「う、ううん……いいけど。その、か、可愛いカッコだね」
「そ、そう? えへへ、ありがとう」
うっ。可愛い……。服装じゃなくて、可愛いねってかなちゃん本体を褒めるべきだったかな? でもそれはさすがに気障って言うか、恥ずかしいし。
「と、とにかく入ってよ」
「うん」
かなちゃんはいつになく固い動きで家に入ってくる。え、緊張してる? 昨日だって無遠慮にはいってきたくせに。
そういう反応されると、僕まで、あ、恋人(仮)を家にいれてるんだって、緊張するじゃん! もー!
とりあえず部屋に戻って腰を落ち着けてから、改めてどこに行くか話し合う。
「どこか、行きたいところはある?」
かなちゃんはどうやら特に希望もないけど、デートをしたい一心で誘ってきたらしい。可愛いけど、僕の準備も考えてほしい。デートって言われても。
「うーん、その、デートするって趣旨から離れてもいいなら、あるんだけど」
「え? 用があったの? なら急に誘ったし、全然いいよ。付き合う」
「用ってわけじゃないけど」
用があったんじゃない。ただ、できてしまった。でもそれってなんていうか、かなちゃんと行くの? みたいな気もするけど。うーん、でも他の人と行くのも難しいし、しょうがないか。
「その、デートする用の服とか、ないし、買いに行きたいなって」
「え、わ、私の為に?」
「……」
え、なんでいちいち口に出して確認しようとしてるの? ねぇ? 確実に、わかってて言わせようとしてるよね? ドМって思ってたけど、本当は僕を恥ずかしがらせて楽しんでいるSなの?
「とにかく、買い物に行こう」
「もちろん! それにこれって、もう完全にデートだよ! えへへ、嬉しいなぁ。たくちゃんとデートできるなんて」
「う」
それ、全部口に出す必要ある? 誰に説明してるの? ってくらい言うじゃん。
だいたい、デートデート言うけど、考えてたら僕って出かける時はほぼかなちゃんと居るわけで、そういう意味ではほぼほぼ毎日二人きりでデートだったのでは?
あ、駄目だ。それ考えたら恥ずかしくなってきた。僕は馬鹿か。
と、とにかく。そういう事で。今日はデートではなくて、あくまでその前準備のお出かけだ。かなちゃんの気持ちはともかく、僕はそう思っておこう。冷静にいこう。