元通りになるから
「あのね、たくちゃん、真面目に話をしましょう」
「うん」
かなちゃんが小さい机の前に座って僕をうながしたので、向かいに座る。座ってかなちゃんを見ると、あ、近い。可愛い! 好き! って思ってどきっとした。
駄目だ。さっきまでの近すぎる距離が解消されて、一時的に感覚がマヒして普通にかなちゃんの目を見て話していたけど、落ち着いたら駄目だ!
「あ、ほらまた、目をそらした。それ。そもそもなんでこうなったの? 私とずっと一番の友達でいてほしいって思ってくれてるのは嬉しいよ? でもそれとは全然関係ない話で、その前からずっとそういう風に目をそらしてるの何なの?」
「そ、それは……」
「一番の友達だと思ってくれてても、言えない? 私に言ってもどうしようもないってことだけど、でも、心配だし、教えて欲しい。一緒に考えさせてほしいんだ」
「……」
そんな風に、真剣に言われたら、顔を見ていないのに、声だけでどんな顔してるかわかる。わかるくらいには今まで傍にいた。いたし、僕の為に、そんな風に真剣になっていると思ったら、ますますドキドキする。
「はぁ」
息が漏れる。もう、絶対顔が赤くなってる。右手で胸元の服を握って抑えないと、心臓が飛び出そうだ。
「ね、ねぇたくちゃん? 聞いてくれてる?」
「き、聞いてるけど、もうほんと、待ってよぉ」
駄目だ。もう、好きって口から出そう。かなちゃんが格好いいし、僕のこと思ってくれてる感ばりばりだしてくるから、もう駄目。
ちらっとだけ、かなちゃんの顔を見る。かなちゃんは口を半開きで眉を寄せて、何故かちょっと頬を染めて僕を見ている。あれ、思っていたのとちょっと違う顔だった。なんで顔赤いの? でもその顔、ちょっとエロくて可愛いかも。もう本当に駄目だ。なにもかもかなちゃんのことプラスにしか受け止められない。どの顔もドキドキする。
「な、なにを待てばいいの? ねぇ、体調、ホントに大丈夫なの? 顔赤いよ?」
「……か、かなちゃんが、格好いいこと言うから」
「えっ、そ、そうかなー……て、照れてるってこと?」
「……そ、そういうこと、普通聞く?」
照れてる人に、照れてるのって、聞く? 聞かないでしょ、普通。僕を辱めようとしているかのような質問はやめろ!
「と、とにかく、目を合わせてくれなかった理由を、教えてよ」
と言うか、かなちゃん鈍くない? ここまで話して、わかんない? 今、僕が顔を赤くして目をそらしているのはかなちゃんに照れてるからってわかったんでしょ? ならもう一つしかないじゃん。ずっと目を合わせなかったのも、ずっとかなちゃんが好きすぎて照れてたからだよ!
「お願い。もう勘違いして、たくちゃんに無理強いしたくないんだよ」
「もう! なんでそんな鈍いの!?」
はっきり言わせるとか、酷いって思うけどでのその懇願する声もなんなの、優しさと慈愛がこもり過ぎてて、もう頭がどうにかなりそう!
「かなちゃんと目が合わせられない理由なんて、かなちゃんにドキドキするからしかないでしょ!?」
「えっ」
「あっ」
しまっ。ここまではっきりしたワードを使うつもりはなかったのに! な、なんとか誤魔化さないと。とにかく、かなちゃんに恋愛感情を持ってることだけ隠せればいいんだから。
「ど、ドキドキするって言うのは、その、変な意味じゃなくて、かなちゃんがただ距離が近いって言うか、可愛すぎるって言うか」
「か、可愛すぎる!?」
「そうじゃなくて! ああぁ僕何言ってるの!? ちがう、ちがうから!」
あああぁぁ、なんだこれ! なんだこれ! もう! 頭の中がぐちゃぐちゃで訳わかんないよ! もうヤダ! なんなのこの拷問! 恥ずかしくて死ぬ!
「ちがうからぁ……もうなんでもないから、帰ってよぉ」
顔を両手で隠して俯くと、体から力も抜けて、僕はもうその場で転がった。芋虫のように体をまるめて、もう何も見えない。僕は岩になる。もう一歩も動かない。
「ちょ、ちょっとたくちゃん。そんな子供みたいな」
「うぅるさい」
「あ、あのさ、勘違いだったら、悪いんだけど、その……たくちゃん、私のことが好きすぎて、目を合わせてくれなかったってこと?」
「……」
何言ってんだ、この子。は? わけわかんないんですけど。よくもまぁ、そんなことを口に出せたね? 普通、聞く? 直球で聞いてくるのもおかしいし、その質問、口に出して恥ずかしくないの?
「ねえ、何とか言ってよ」
はー? ちょっと、その神経わけわかんないから、答えられないんですけど? 心臓バクバクしてもう言葉が出ないくらいだから返事しないんじゃなくて、普通に無視してるだけだから。
ごろりと転がって、かなちゃんのいる方に背中を向ける。かなちゃんが帰るまで、僕は岩だ。
「ねぇ、たくちゃん……耳、赤いよ」
「!?」
耳を隠した。
「顔、赤いよ?」
「……うああああ! もう! 死ね!」
あ、死ねって言っちゃった。……こ、これは、よくない。かなちゃんが悪いけど、でも、そういうのはよくないよ。
「……ごめん、死なないで」
「あ、うん……」
もう、隠しても仕方ない。僕はしぶしぶ手をどけて、目をあけた。ちらっと振り向くと、かなちゃんが上から覗き込んでる。
「ちょっと、見ないで」
「ご、ごめん」
座りなおす。かなちゃんも元の机を挟んだ場所に座りなおした。……うう、ほんとに、帰って。今日のことは忘れて。って言っても、無理だよね。ああ、もう駄目。
もう友達には戻れないんだ。あー、ほんとやだ。かなちゃんのせいだ。
「ど、どうしたの? 今度は落ち込んで」
「うるさいなぁ。はいはい、そうだよ、かなちゃんが好きだからだよ。これでいいでしょ? 何か文句ある?」
「も、文句はないけど。ていうか、え、何? その態度。好きだって言う態度じゃないんだけど」
「うるさい。理由が分かったんだからいいでしょ。ふん」
「そんな拗ねないでよ。からかったのは悪かったよ。ごめんって。その……本気で言ってくれてるんだよね? その、嬉しくて」
「う」
嬉しいって、僕がかなちゃんを好きだと、嬉しいってことだよね? てことはかなちゃんはド変態の方だった? う、なんかちょっと複雑だけど、また心臓がバクバクしだした。
駄目だよ。何喜んでるの? 困って、えー、そんなんじゃないのにとか軽く流してくれたら、僕もわかってるって、また明日から元に戻るから、ずっと友達でいようねとかって話にもっていくのに!
喜ばないでよ! 僕も嬉しいし、え、じゃあ恋人になれる? とか期待するじゃん! いやいやいや。何のために僕こんなに頑なに隠そうとしたと思ってるの? 仮に恋人になれても後々変になって関係が壊れたら嫌だから、いっそ友達のままでいいからずっと一緒に居たいってことなんだよ? 期待しても自分で却下するんですよ?
「と、とにかく、明日こそ、また元通りになるから、忘れてよ」
「え? え? いや、え? ちょっと待って、また意味が分からなくなってきたんだけど」
「わからないことないでしょ」