紹介
「卓也、ちょっといいか?」
「ん? どうしたの?」
終業式して、成績表をもらうのが楽しみだなぁと浮かれ気分で帰宅すると、姉に引き留められた。もう帰ってきてたんだ。
「ああ、来週末、暇か?」
「ん? 夏休み最初の土日のこと? 暇だけど、なに?」
とりあえず居間に入って、お姉ちゃんの向かいに座る。
「よかったら、バスケ部が他校と練習試合をするんだが、見に来ないか?」
「お。いいね! 行く行く。もちろんお姉ちゃんでるんだよね?」
「もちろんだ。この夏で引退だからな」
そう言われて、はっとする。そうか、お姉ちゃんは三年生。今年いっぱいで、同じ学校なのも終わりなんだ。そう思うと、急に、お姉ちゃんに悪い気がした。中学ではとても距離をとっていたし、ちょっとくらい、姉孝行しないと。
「え、あ、そっかー。じゃあ、いっぱい応援するよ!」
「ありがとう。ところで、話は変わるんだが」
「なに?」
お? また真剣な顔になったぞ。な、なにを言われるんだろう? 成績ならもちろんばっちりだから、いくらでも質問してくれていいいけど。あ、もしかして夏限定でマネージャーしてほしいとか?
「ああ。加南子と恋人じゃないって、言ってたよな」
「またその話ー? 違うって」
「ああ。ところで私の友達で、バスケ部の部長をしている大森忍って言う奴がいるんだが」
「んん? ああ、いるね」
学校内でお姉ちゃんとたまーすれ違ったりで会う時あるけど、その時もいたし、最初にバスケ部の見学した時に居た人でしょ? 覚えてるって。で? その人がどうしたの?
「そいつのこと、どう思う?」
「は? え、ごめん、質問の意味が分からないんだけど」
「だからな、つまり、私としては、お前に恋人がいないなら、将来の相手として、忍はいいんじゃないかと思ってるんだ」
「……は? え、どしたの急に? 将来の相手って、僕全然結婚とか、考えてないけど」
「わかってる。だから、これから仲良くなるのはどうか、と思ってな。事故から落ち着いたし、生活にも慣れただろう? 私は忍ほどできたやつを他にしらん。人当たりもいいし、卓也とも合うと思うんだが、どうだ?」
「ん、んー、と」
そんなこと、急に言われてもなぁ。と言うか、僕が落ち着いたからって言うけど、逆に大森先輩は三年で、これから受験だろうし、そっちが大丈夫じゃないんじゃないかな? と言うかお姉ちゃんが勝手に思ってるだけで、相手がどう思ってるかわかんないし。
と言ってやんわり辞退しようと思ったんだけど、お姉ちゃんはどうやらそうとうな覚悟で言っているのか、執拗におしてくる。
「忍は推薦がもらえることがもう決まっている。今の成績からみても、まず間違いなく進学先は決まったようなものだ。お前にはどちらかと言えば支えてくれるようなしっかりした年上が合っていると思うし、忍には直接言っていないが、お前のことが好印象なのは間違いない」
なに、お姉ちゃん、大森先輩のこと好きすぎじゃない? なんでそんなくっつけようとしてるの? 大森先輩と義理の姉妹になろうと必死なの?
ドン引きして、さてどうしようかと思案する僕に、お姉ちゃんは真剣な顔で、こう続ける。
「乗り気じゃないみたいだが、どうしてだ? 別に私は、無理に付き合えと言ったわけじゃない。そういう候補として、まず友達付き合いしてみないか、と言っただけだ」
「え、まあ、えっと」
確かに、お付き合いを前提と言われてはいない。でも、なんだろう、そうは言われても困るっているか。大森先輩のこと、そうは思えないって言うか。
「加南子を意識していないなら、他に誰か意識している人がいるのか? 誰のことも何とも思っていないなら、別に改めて友達付き合いをするくらい構わないだろう?」
「え? えっと……」
確かに、その通り、なのかな? だって僕は、今誰かを恋人にしたいと思っていないし、誰のことも思っていないんだ。なら、お姉ちゃんと言う信頼できる家族が薦める人と知り合うくらい、なんてことはないはずだ。
まして僕自身、別に恋人を一生作らないとか、結婚なんてしないとか、恋なんて興味ないとか、そう決めているわけじゃない。興味だって、ある。女の子に、何とも思わないわけじゃない。普段はただの友達と思っていても、ふいに距離が近かったりして、どきっとしたり、する。
そんなの、僕だって男子高校生で、思春期だし、意識しないわけないよ。でも、だったら、何で僕はこんなに、大森先輩のことを拒否してるんだ? お姉ちゃんに大森先輩とくっついてほしいと思われるのを、あり得ないからと否定しようとしてるんだ?
「ぼ、僕は……まだ、恋愛とか、わかんないし……」
「そうか。じゃあ、無理強いはできないな」
「う、うんっ。そうなんだ」
「じゃあ、わかったら、改めて考えてほしい。本当に、あいつは、いいやつなんだ」
「……」
嫌だ。無理だよ。
そんな言葉が、僕の口からでそうになって、思わず口をふさいだ。どうして? そう、自分で自分に問いかける。
僕だって、今は友達をつくって遊ぶことで精いっぱいだけど、いつか、恋人をつくったり、結婚したり、家庭をつくったりする。そうできたらいいと思うし、そうやって、幸せになって、お母さんやお姉ちゃんが安心するようにしたい。
そして、幸せになりたい。幸せになる僕の隣にいる女の子が、誰なのか。それは……どう考えても、どう想定しても、ぼんやり思い浮かべるだけで、1人しかいない。
どう考えても、僕の隣にいるのは、かなちゃんしか、ありえない。
「……、ご、ごめん、ごめん、お姉ちゃん。僕、僕は……将来、結婚して、幸せになった時、かなちゃんに、隣にいてほしいって、思った。今、気づいた。ごめん、ごめんなさい」
簡単な話だった。僕はもう、自分の隣に居てほしい人を決めてた。その人しかいなかった。だから。他の人を奥さんにって言われて、考える候補だけでも、嫌だった。
全然、意識してなかった。かつて好きだっただけの人で、ただただ大事な友達だと、思ってた。信じてた。思い込んでた。
でも、そんなのは嘘でしかなかった。嫌われて、拒否をされたらいやだから、関係を崩したくないから、そう思い込もうとしていただけだった。
「謝ることなんて、ないさ」
嘘をついてしまった僕に、お姉ちゃんは優しく声をかけてくれるけど、僕は何だか、気が気じゃなくて、自分でもおかしなくらいに動揺してしまっている。
自覚してしまった事実に、僕は変な意味じゃなくて胸がドキドキして苦しくて、なんだかとても悪い病気にでもなってしまったみたいに、呼吸まで苦しい。
僕は、かなちゃんのこと、そんな風に思っていたのか。かなちゃんは僕にとって特別だ。だけどそれはごく普通の当たり前のことで、特別な恋愛感情とか、そういうのとは別のものだと思っていた。思い込んでいた。
だって僕とかなちゃんは、ずっと仲良くできていたのに、その恋愛感情のせいでこじれてしまったから。それさえなければよかったと、何度思っただろう。あんなことしなければよかったと、今頃どんな関係だったかと、どんなに考えただろう。
だからきっと、なんでもないって、思い込もうとしてたんだ。こんなのは何でもない普通の好意だって、意識的に思おうとしてきた。そうすればずっとかなちゃんと一緒に居られるって、思ってたんだ。