スケボー
翌日、お昼を過ぎてから、かなちゃんと公園へ向かう。山田さんとスケボーを見せてもらう約束をしたからだ。
「お、おはよ! 二人とも、昨日ぶりだね」
公園の奥、ひらけた場所に向かうと、ぽつんと山田さんが立っていた。意外と人がいない。僕らに気づいた山田さんは、ぱっと手をあげて快活にそう挨拶した。ズボンにシャツとシンプルな格好で、左小脇にスケボーを抱えている。
「おはよう、山田さん」
「おはよう。待たせたかな」
「全然全然。ちょーどよ」
一瞬、遅れたかな、と思ったけど、大丈夫みたいだ。ちらっと時間を確認すると、まだ五分前だ。さすが、委員長だけあって、山田さんもやっぱ真面目だな。
「えーっと、んじゃ、どうしよ。まず、いきなりやってみればいいのかしら?」
「ん、そうだね。早速で悪いけど、できるなら、みたいな」
「OK。それじゃ、まあ、二人はそこのベンチに座っててくれる?」
「うん」
「結構場所が広くいるんだね?」
「まぁね」
かなちゃんと並んで示されたベンチに座る。
山田さんは僕らから少し距離をとった位置にたつと、はにかむように一度微笑んでからスケボーを地面に置いた。スケボーは黒字になんか読めないけど白い文字が書いてあって、遠目にもすでに格好いい。
それに片足をのせて、何かを確認するみたいにちょっと間をあけてから、すぐ山田さんはのりあがり、片足で地面を蹴った。
「お」
ざーっと思ったよりはっきりとタイヤの音がして、勢いよく走りだした。そして僕らの前を通り過ぎてから、ぐいっぐいっと軽く揺れて、ぐるっと回って戻ってきて、僕らの前でジャンプした。
「わっ」
「うわ」
そしてそのまままっすぐ進んで、別のベンチの背もたれにまでジャンプしてのりあがって、ちょっとスライドして反対側から降りて、そのまま走ってUターンして帰ってきた。
「この場で見栄えするのは、こんな感じ、かな」
そしてスケボーから飛び降りるように派手に降りて、軽く板を踏んで立たせて、右手で掴んで止めた。
「か、カッコイイ!」
「すごいね! 委員長、めっちゃすごいね!」
僕もかなちゃんも、全力で拍手して称えた。いや、まじで。ジャンプするとか何なの。自分が飛ぶだけじゃなくて、ちゃんと板が空中まで足についてくるんだよ? どういうことなの? 足にくっつけてないのに。
「えー、すごい! どうやったの?」
「私にもできるかな? 簡単そうに見えたけど」
「あ、僕もやりたーい!」
二人でテンション高く、ベンチから立ち上がってそう尋ねると、山田さんはえへへと頭をかいて笑う。
「そ、そんなに褒められると、照れるなぁ。慣れると結構簡単なんだけどね。でもさすがに、今日明日ではできないけど。やってみる?」
「やるやる!」
「ちょっとかなちゃん! 順番だよ、僕が先」
「え、たくちゃんが先なんて誰も言ってないよ。だから私が先と言う可能性も十分にあるよね」
「ずるくない? よし、じゃあじゃんけんだ」
「いいよ。私、グーを出すね」
え、なにこの子。心理戦仕掛けてきた。どんだけガチなの。燃えてきた。
「じゃあ僕はパーを出すよ! いくよ、じゃんけん、ぽん!」
僕はパー、かなちゃんは、チョキだった。
「え、グーって言ったじゃん! 嘘つき!」
「そういうものじゃない? じゃあ委員長、お願いします」
「あ、い、いいけど、いいの?」
「え? なんで? 私が勝ったんだよ?」
く、かなちゃん、普段は従順な癖に、こういう時は強情なんだから。だいたい、いつも僕に付き従うみたいな感じで、蹴られても文句つけなかったくせに、地味にゲームとか勝負事では手を抜かないし。
「山田さん、かなちゃんには教えるのテキトーでいいから、次僕ね!」
「あ、う、うん」
「たくちゃん、わかってると思うけど、ベンチに座っておとなしく待っててね。勝手にどっかいかないでよ。トイレでもちゃんと声かけてよ?」
「うるさいなー、わかってるって」
しょうがないから譲ってあげたけど、そこで保護者面されるといらっとくるなぁ。僕を一人にするのを心配するのはわかるし、ありがたいと思わなくもないけど。それとこれとは話が別だ。
大人しくベンチにすわり、 二人の様子を見ることにする。こうなったらかなちゃんが教わっている姿を見て予習して、かなちゃんより早く習得してやる!
ちょっと離れているので、何言っているのかよくわからないけど、どうものり方からしっかり教えているらしい。乗り降りの練習してる。めっちゃ丁寧だ。その練習、いるの? しかも右側から乗るのと、左側からの両方してる。乗ったままじっとしたかと思うと、ようやく走る練習を始めた。
後ろ側の足で押して、その足も板に乗せてやっとスケボーらしい形になったけど、めっちゃ遅い。もうちょっと強く蹴ればいいのに。
正直、かなり展開がゆっくり丁寧で、反復が多いから見ていて退屈だ。あくびを噛み殺して、首を回す。
はー、いい天気だなぁ。空は青くて、雲も少ない。絶好のお出かけ日和だ。まぁとか言って、引きこもっていた過去のある僕には、天気がいいから出かけよう、なんて思わないけど。買い物とか用事があるときは、天気がいい日を待つけどさ。
でも最近は、積極的に外に出ているからか、少し気持ちも変わってきた。今なんか、この天気の下でご飯とか食べたら美味しそうだなとか考えてる。
明日はボランティア部の活動で児童館に行くし、このままアクティブに活動して、前向きで明るい感じになれば友達もたくさんできるよね。
はー……なんかちょっと疲れるかも? いやいや、習慣化すれば変わるでしょ。うん。正直、明日行くのめんどくなってきたな、とか思ってないぞ。知らない子供と直接接するわけじゃないぽいし、大丈夫。
ちらっと、空から下に目をやり、山田さんとかなちゃんをまた見る。
2人とも楽しそうだけど、真面目にしている。かなちゃんは普段から真面目系だ。馬鹿真面目と言ってもいいと思う。だけど僕と目が合うといつも、ふにゃっと笑うので、真剣な顔をそのまま見ることってあんまりない。
あったとしても、多分その時は僕も真剣で切羽詰まっているので、あんまり意識しない。なのでこうして改めて見ると、何となく、新鮮だなと思った。
あ、でも、見たことあるか。前に、かなちゃんにおんぶされた時、顔を覗き込んだら、めっちゃくちゃ真剣な顔してた。こっちの記憶だから、すぐに思いつかなかった。
でもそうか、あの時僕、まぁ、それはいいとして。ふぅん。今見ると、こんな感じなんだ。なんか、変な感じだな。
かなちゃんは最初に地面を蹴ってから、さらに蹴って速度を上げる練習をしている。そして止まる。曲がったりはしないのかな? と思っていたら、そこで2人がこっちへ近づいてきた。
「お待たせ、酒井君。きりがいいから、そろそろ交代しよう」
「結構待った? ごめんね」
「ん? それはいいけど、もう? 曲がったりとかの練習はしないの?」
「うーん、結構バランス感覚が大事だから、最初からあれこれせず、できていると思っても体が馴染むまで地道に反復練習していくのが大事なの。だからとりあえずここまででワンセットと私は思ってるわ」
「そうなんだ」
「らしいよ、それにもう30分くらい練習してたし」
「え、そんなに? うわ、ほんとだ」
時間を確認したら、確かにそれくらいたってる。うーん、ぼんやりしてたら、もうこんなに時間がたっていたのか。
かなちゃんと交代する、と思ったのだけど、何故かかなちゃんはベンチに座らず、山田さんと反対側の僕を挟むような位置に立つ。え、何その位置。何かあった時に僕のカバーをしようとしているな? かなちゃんは一度も転んだりしていないのに、失礼な話だ。
僕は憤慨しつつ、スケボーに乗った。転んだ。