前髪を切ろう 前編
夜、ベッドに寝転がってからも、気絶したからか、あまり寝付けず、いろんなことを考えた。
この世界の記憶もあるし、僕は僕だから、あまりよく考えなかったけど、あっちの世界では、きっと僕は死んじゃったんだよね。だからこうして、他の世界の僕に魂が入りこんじゃったんだ。
未練と言える友達はいなかった。だからお母さんとお父さん、そしてかなちゃんだけだ。申し訳ない。
一人息子だったのに、親孝行もせずに死んでしまうなんて。自己満足だろうけど、これからはもっと家事とかするようにしよう。こっちでは男がしてもおかしくない、し? あれ? でも男の人はなんでもちやほやされるから、男女の立場が逆転したっていっても、家事をやるって固定イメージもないな。
男性と言うだけで、国家制度から優遇されていて、息子が生まれたら成人まで育てるため結構な補助金が出る。肉食女子に恐れをいだいて結婚したくない男性が多いから、結婚したらこれまた補助金もでるし、結婚してもしなくても成人したら精子バンクの登録が義務付けられていてその代わり一定のお金がもらえる。
女性に接したくないから引きこもる人がいても、その状態で生活はできるようにと金銭の補助がされているのだ。なのでその気になればお手伝いさんを余裕で雇えるし、全部既製品で済ませてもいいくらいのお金があるので、男性だから家事と言う風潮もない。
こうして考えると、完全にあべこべってこともないのか。
ま、まぁいいか。だからしちゃダメってことはないんだし。僕にできる範囲で、頑張ろう。
そして、かなちゃんのことだ。これからは友達、か。
今日は色々あって、記憶が混じった勢いでがっつり話をしたけど、うーん。何というか、次もこの調子で話せるか、少し不安だ。
元々普通に話してなかったし、それにこっちでは一緒だったから好きだったけど、向こうでは離れていたし、好きと言うよりほぼ罪悪感による情だけだ。
今日みたいな温度でフレンドリーには、難しい。たぶん改めておどおどしてしまう。まぁ、こっちのかなちゃんはいいか。これから関係をやり直すんだから。
申し訳ないのは、あっちのかなちゃんだ。許してくれたのだと、前向きに解釈するとして、だとしたらなおさら、僕が目の前で死んじゃったのは、責任感じているだろうな。何とか前向きになってほしい。
まぁ、全然気にされないで、翌日から普通になっても複雑だけど。でも、もう、できることないから、本当、こうやって悩んだり申し訳ないって思うのも、自己満足でしかないんだけど。
「はあぁ」
ため息をついて、寝返りをうつ。何だか、眠れそうにない。
いったんベッドから出て、何か飲み物でも飲もうと、夜も遅いので足音をたてないよう階段をおりて、ダイニングキッチンへ向かった。
「う、ううっ」
「お母さん、もう泣きやみなよ」
廊下からドアを開ける前に、押し殺したような声と、お姉ちゃんの小さめの声が聞こえて、僕は足を止めた。
「ごめ、ごめんね、詩織ちゃん。でも、あの子が、立ち直ってくれたのが、う、嬉しくてっ」
「気持ちは私もわかるよ。私も、何度、加南子を殺してやろうかと思ったか」
僕の話だ。そして、お母さんが、泣いている。
当たり前だ。いくら理由があったとして、子供にあんな態度をとられて、気にしない訳がない。まして外ではもっとひどい。誰にでも暴言を吐いて、幼馴染を犬と呼んでこき使って、まともな人間関係もつくれない。男が優遇されていて、生活はできるからって、こんな状態を家族が歓迎しているわけがない。
ずっと、気にかけてくれていた。ずっと、悩んでいたのだ。それでも、病院で会った時もけしてお母さんは泣かなかった。僕を抱きしめた時も、笑顔のままだった。だから勘違いしていた。
お母さんは、僕が気にしないようにずっとそうしてくれていたんだ。ああ、僕は、なんて馬鹿なんだ。さっきも、あっちのお母さんにだって、こっちのお母さんに親孝行しようとか、本当に、僕は馬鹿だ。何の意味もない。
あんなにお母さんだけじゃない。お父さんだって、言葉は厳しいけど、僕を愛してくれていたのに。勝手に死んで、ごめんなさい。親不孝をして、ごめんなさい。情けない息子で、ごめんなさい。孫の顔をみせてあげられなくて、ごめんなさい。
僕は泣きながら、そっとベッドに戻って、ずっと声を殺して泣いた。
○
「……お、おはよう、お母さん、お姉ちゃん」
「おお、おはよう、卓人。……ああ、やっぱり、いいな。朝の挨拶は、うん、いいものだ」
「おはよう、たくちゃん。朝御飯は食べられる?」
「うん。食べるよ」
こっちの僕は外に出ることも少なかったし、精神も病んでいて神経質で、食が細かった。でもあっちでは言っても男だし3食しっかり食べてた。
混ざった今では病んではいないんだから、普通にお腹は減っている。
「これからは、毎日食べるよ。今まではたまに、ご飯無駄にして、ごめんね」
「何を言っているの。男の子は繊細なんだから、食欲がないことがあったくらいで、お母さんが怒るわけないでしょ?」
「そうだな。気になるなら、無理して食べるくらいなら私が食べてやるから、言いなさい」
「ありがとう、二人とも」
席について、朝食をとる。当たり前かも知れないけど、同じ味だ。ほっとして、でも昨日のことを思い出して、また泣きそうになった。
「たくちゃんは、今日も一日、ゆっくりするの?」
「んー、考えてないけど、前髪、切ろうかなって、思って」
前の僕は、人目を避けるために前髪を伸ばしていた。目があったり、ガンつけてんじゃねぇと言われるのを避けるためだ。前髪長っ、キモっと聞こえる陰口をされたことはあるけど、目を合わせなくてもいいのでこうしていた。
こっちの僕も、女の人と目を合わせたくないし、可愛い顔と言われていたから好かれたくないのもあって前髪を伸ばして顔を隠していた。
元の僕も、小学校では女顔と言われていたけど、中学にあがってからはないし、鏡を見たけど向こうとの顔は全く同じだ。成長と共に、顔も変わっているんだから、こっちの僕はそんなに気にすることはないのだ。
自己満足にすぎないのはわかっているけど、それでも僕を育ててくれた家族の為にも、僕は真っ当に生きて、幸せになろうと、昨夜泣きながら決めたのだ。
だから、もう人を避けるのは辞める。前髪も切る。すぐには無理だけど、人と目を合わせて話そう。高校にあがったら友達を作るのを目指すんだ。
「あら、そうなの?」
「うん。ちゃんと人と目を会わせて話さないと、失礼だから。……いまさらだけど」
「そんなことないわよ。たくちゃんが、頑張るって言うなら、お母さんいくらでも応援するわよ」
「うん、ありがとう」
「あ、散髪代はある?」
「あ、あるよ」
あるんだけど、どうしよう。実は僕はずっと、お母さんに髪を切ってもらっていた。こっちでは恐いから、遠いけど男の人がしてる男性専用の理髪店まで行っていた。
ううーん。でも、わざわざ電車で1時間以上かけて行くのはちょっと、めんどうだ。だからって、今から母にって言うのも、ちょっと。姉がいる分、あんまり母にべったり甘えるのは、ちょっと恥ずかしいんだよね。
「あの、さ。どこか近くでいい理髪店とか、知らない?」
「! え、そ、そこまで急に無理をしなくてもいいのよ? 女の人に切られるなんて、恐いでしょう?」
「うーん」
女の人に切られるのが恐い、と言うより知らない人に会って髪を切ってもらう距離で過ごさなきゃいけないのが恐いけど。だから母にしてもらってたし。
でも僕だってもう高校生なんだから、髪くらいお店で切ってもらっても変じゃないんだし、そこは普通に勇気をだそう。
「母さん、卓也が勇気をだしてるんだ。そんな挫けるようなことを言わない」
「あ、ご、ごめんね。別にそう言うつもりはないんだけど」
「ううん。大丈夫。お母さんが行ってるとこ、教えてよ」
あー、ちょっと今から緊張してきた……明日にしようかな? いや、だめだめ。そんなこと言ってたら春休みが終わってしまう。うん。今日だ。今日行こう。