名前を呼ぼう
「うぅ、恥ずかしい……なんでかなちゃん、こっそり起こしてくれないのさぁ」
「無茶言わないでよ、前向いてるのに」
「わかってるけど、うう」
授業中、そんなつもりなかったのに居眠りしてしまった。しかも先生に起こされて、めっちゃくちゃクラス中の視線を独占してしまった。
交流会をする前から、みんなの中での僕のイメージが悪くなってしまった。不真面目だと思われてしまう。
「まぁまぁ、酒井君、そんなに落ち込まないでください。可愛い寝顔でしたよ」
「っ、高崎さん、それ、余計落ち込むから……」
可愛いって。めっちゃ複雑だ。一応褒められているし、こっちの僕の感覚としては可愛いは褒め言葉と認めることができる。でもどちらかと言えば、僕は格好いいと呼ばれたい感覚の方が強い。
つまり、全然嬉しくない。褒め言葉であること自体は認めるけど、嬉しくない。照れくさくて、寝顔を見られた恥ずかしさを強調されて、追い打ちにしかならない。
片手で顔を隠す僕に、高崎さんは慌てたように視線を泳がす。
「え、あっ、そ、そうだった? ご、ごめんなさい」
「うん。いいけど、と言うか、高崎さんこそ、見てたなら起こしてよ」
「あはは、ごめんなさい。でも、誰にも気づかれずに隣の席を起こすって難しいですよ。手を伸ばしてやっとって感じですから」
「そうかなぁ」
こうして話してる分には、隣との席はそんなに離れている気はしないんだけど。
ちょっとだけ椅子を右側に寄せて、右手を隣に伸ばしてみる。机の角には普通に届いた。うん。落とした消しゴムとか拾ったことあるけど、前と間隔同じだ。じゃあこのまま、高崎さんの肩を叩いて、できることを証明しよう。
「よ、と、と……高崎さん、避けないでよ」
「あはは、そんな簡単に叩かれたら、私が起こせないって言うのが嘘になるじゃないですか」
「そうだけどさぁ。うーん、高崎さんって意外と、明るい系だよね」
「え、そ、そうですか? 私はばりばり淑女だと思うんですけど」
うん、そういうところが面白系だよね、と思ったけど黙っておく。僕自身が口下手だから、高崎さんみたいなタイプの方が、話しやすいから是非このままでいてほしい。
クラスに慣れて、油断してしまった。これは失敗だし、もうしないようにしたいけど、でも考えたら、最初は緊張しまくって、寝るどころじゃなかったし、いい傾向だと思うことにしよう。
高崎さんと木野山さんとも、普通に話せるようになってきたし、女の子と話すのにも、ずいぶん慣れてきた気がする。
この勢いで、週末の交流会でもぐっと友達を増やせるかもしれない。
「そう言えば、今日水曜だし、ボランティアの日だよね? みんな行く?」
「あ、忘れてた。たくちゃんは行く?」
木野山さんの提案に、かなちゃんははっとしながら聞いてきた。そういえば今日か。忘れてた。週一だと、習慣化しにくい気がする。
「んー。行く。あと、月に何回かのやつも、詳しく聞きたいよね」
「いいですね。なんでしたっけ、児童館とかのやつですよね」
「うん。児童館って、僕行ったことないけど、二人は?」
こっちではもちろん、向こうでは母が専業主婦だし、行くようには言われてなかった。普通に放課後はかなちゃんや友達と遊んでたし。
「子供の頃通ってたよね」
「はい。マンガ全巻読みました」
「漫画なんて置いてるんだ」
木野山さんと高崎さんは通ってたらしい。児童館って、どんな感じなんだろう。
そしてイベントって何するんだろう。気になるなぁ。紙芝居とか? うーん、でも小学校低学年が対象なんだし、紙芝居は幼すぎるよね。
「そうですよ。基本的に遊び場って感じですね。公園と併設されていて、バスケットゴールとかもありましたし」
「へぇ、すごいね。普通に興味が出てきた」
「結構おもちゃもあったよね、懐かしいなぁ。ドミノとか、部屋中に並べたり、ああ言うのって数が必要だから個人じゃ難しいもんね」
「へぇー」
うわ、なにそれ、やりたい。うらやましいくらいだ。そういう経験がコミュ力につながる、ってのは関係ないか。かなちゃんと言う例がある。
「じゃあ、ボランティアで何するかとか、わかる?」
「あ、そうだね、二人の時も、ボランティアの人が来たりとかってあったの?」
かなちゃんの質問に、そう言えばと僕ものっかる。児童、と言っていいのかわからないけど、利用者側から見てもわかるか。同じじゃなくても、こういうイベントがあった、とかでも参考になるし。
「んー、ボランティアねぇ、なんかあったっけ?」
「えーっと、普段来てた人もいたけど、職員なのかボランティアなのかと言われると、わかりませんね」
「そうなんだ。じゃあ、春頃だとこういうイベントあった、とかは?」
あ、それ僕が聞きたかったのに。と思ったけど自重する。かなちゃんて、なんか僕が言いたいなって思ったことを、言いたいタイミングで僕より先に言う気がする。
ずっと一緒にいたんだから、考え方が似るって言うのはあるかもだけど、全く思っていたこと過ぎて、先を越された感が半端ない。僕は負けない。
「んー、なんだっけ。お祭りとか、バザーとか、あ、冬なら餅つきしてたけど」
「お祭りは夏でしたけど、バザーは春か秋だった気がします」
「じゃあ、バザーかもね。手伝いってことは、出品じゃなくて、設営とかかな? テントをたてるとか」
「そうなったとしたら、卓ちゃんは無理に力仕事しようとしたりしないでよ? それだけじゃなくて、いろいろあると思うけど、念のため」
「む、無理とかしないし」
ぐぬぬ。確かに、そういう力仕事ならできるかも! と思ったけど。でも、こっちだと女の子の方が断然強いんだよね。
体育の時間とか、女子が凄すぎて男子の僕はチームで競技するようなのは一緒にできず、一人練習したり見学しているだけだ。文句を言いたいけど、女子が凄すぎて言えない。なんなんだろう、この世界の女子全員凄すぎなんだけど。最初の体力測定では、クラスで一番足の遅い女の子が、僕を周回遅れにした現実。
そして何が凄いって、同じように引きこもっていた僕は、向こうとこっちでそんなに変わってないことだ。向こうだったら金メダル余裕でとれるのがこの世界の女子。恐ろしい。そりゃ、男子は女子を恐れるよ。何かあったら抵抗できないもん。
だからそんな風に弱い子扱いされても仕方ないんだけど、どうしても心から納得はできないし、なんか悔しいって思うのはとめられない。くそぅ、かなちゃんの癖に。
「だったらいいけど」
「大丈夫だって、小林さん。私らも一緒なんだし」
「そうそう。酒井君を一人にはしないよ」
「二人とも……ありがとう。ね、名前で呼んでもいい?」
二人のフォローに、かなちゃんはきょとんとしてから嬉しそうに微笑んでそう尋ねた。その顔は、何だか子供みたいに純粋な嬉しさで溢れている感じで、見ているだけでほんわかする笑顔だった。
かなちゃんは、こんな顔もするんだなって思うと、なんだかいつも迷惑かけているのが申し訳ないなとも思う。それと同時に、こんな顔を僕がさせられないことが、少し悔しいなとも思った。




