交流会に向けて
みんなと連絡をとれるグループに入った。何となくやる気がわいてきた。
よし、まずは小手調べに、最後にグループに入れてもらったんだし、みんなによろしくって挨拶を送ろう。
酒井卓也です、よろしくお願いします、と。……こ、これでいいかな? 変じゃないかな? ……ほ、本当に送らなきゃダメかな? 送る必要あるのかな? みんなこんな風にしてないのに、僕だけ送ったら変に思われないかな?
なんか普通に挨拶しようって思ったけど、たくさんの人数がいるのに、いちいち挨拶って変かな? ……いや、変じゃない! この前の四人の時も、挨拶送りあったし。仮に変だとしても、挨拶する程度なら、悪印象ってほどにはならないはずだ。自分から踏み込まなきゃ、誰も返事をしてくれないんだ。
ぽち、と。
「わ!?」
え、送った途端に、10人以上の既読がついた。は、早い! 見るの早くない!? スマホ依存症なの!? と思っていると、さらに続々とよろしくと返事が返ってくる。え、え? う、うつのも早くない!?
困惑して顔を上げると、僕の方を向いて座っているかなちゃんも携帯電話を見ていて、うわーって小さく声を上げた。
や、やっぱりこれ、変だよね? いったい何が起こっているんだ? それとも男子にはこうするのが普通?
どうすべきか分からずにまた画面を見ると、早すぎて流れていく挨拶文が、ひと段落したように止まり、一拍してほっとした瞬間、またぴこんぴこんと音がなってまた二人が挨拶文を送ってきた。だけど他のと違って、その二人は僕の知っているアイコンだった。
顔を上げて右側のその二人を見ると、二人ともこっちを見ていて、ニヤッと笑った。
「も、もー! びっくりしたー!」
その顔を見た瞬間、反射のように大きめの声をあげてしまって、それから口を押さえて笑う。
さっき委員長は、僕らで全員の連絡先がそろうと言っていた。つまり、僕ら以外の人はすでに連絡網ができていたのだ。今仲間になったばかりの僕では見えないところで、すでに会話がされていたなら、最後に入ってくる僕らをからかおうと口裏を合わせるのは簡単なことだ。
つまりそう言うことだ。もー、本気でびっくりした―。男ってだけで、こんな風に変な反応されるのかと思ってびびったー。他のクラスメイトにどう反応すればいいのか、不安になったじゃん! まったくもう。でもよかったー。
「びっくりしたね、かなちゃん」
「え、あ、うん。そうだね」
僕の反応に、かなちゃんはちょっと戸惑いつつも頷いた。そして携帯電話を操作した。そしてまた、ピコンと音がした。
『小林加奈子です、よろしくお願いします。たくちゃんも、こちらこそよろしくお願いします』
おお。挨拶しつつ、自分ものってきたぞ。他の人もほぼほぼ同じ一言だったので、まねるのは難しくない。なら僕も、のるしかない、このビックウェーブに!
『こちらこそよろしくお願いします!』
ピコンと、僕以外の携帯電話が音をたてた、そして一拍遅れて、さっきみたいにみんなが一斉に挨拶文を送ってくれた。
おおっ! き、気持ちいい。何だか、早くもクラスで何かを成し遂げたかのような気持ちだ。きっと今度の交流会も大正解に違いない! 僕は確信した。
一連の流れが終わってから、今日はボランティア部の活動はないので帰ることにする。
高崎さんと木野山さんは、悩んでいたようだった吹奏楽部にもう一度行ってみることにしたらしい。好きなら入ればいいのに、何だか複雑な気持ちがそこにはあるようだ。二人とわかれた。
「かなちゃん、交流会ってどんな感じかな」
「さぁ。何とも言えないなぁ。クラス会、は教室内でするけど、雰囲気は似たようなものじゃない?」
「んー? そう言えば、小学校1年の時にあったような?」
「6年の時もあったよ」
「え? そうだっけ、全然記憶にない。かなちゃんはもう犬だったのに、よく覚えてるね」
僕にとっては、かなちゃんが犬になってからはほぼかなちゃんのことしか見ないように、意識的に目を閉じて耳をふさぎ口をつぐんで……つぐんではいなかったけど、とにかくそんな感じだったけど。
かなちゃんは思っていたより、僕に服従していた以外は普通に過ごしていたのだろうか。なんかちょっと、納得いかないな。
そんな複雑な僕に、かなちゃんは気づいているのか苦笑するみたいに肩をすくめる。
「まぁ、直接参加はしてないけどさ。授業内だったし、同じ教室内にいたじゃない」
「じゃあどんな感じだったか覚えてる?」
「んー、確か、班ごとに分かれて出し物とかしてたような」
「出し物?」
「まぁ小学生だから、歌とか、そんなのだけど」
「……」
なんか今、急に思ったんだけど、カラオケってどんなとこなんだろう。歌を歌う為の場所ってのは知っているし、建物の構造は漫画とかで何となくわかる。でも行ったことはない。
交流会って、どんな事するんだろう。カラオケとかだといいなぁ。って言うか、もしかして当日急に、何かしてとかって無茶ブリされる可能性もあるのかも?
交流会って、もしかして宴会みたいなものなのかもしれない。だとしたら、芸が求められるのは自然なことだ。もしカラオケボックスなら、歌を……?
「たくちゃん? どうしたの?」
「かなちゃん、ちょっと図書室寄っていい?」
「もちろんいいよ」
突然立ち止まった僕に、すぐに気づいて顔をのぞきこんでくるかなちゃんに、僕はそう提案した。
こんなのはただの杞憂の可能性もある。でも、もし本当に求められたら、歌わない訳にはいかない。そんな空気の読めないことしたら、なにあいつノリ悪くない? みたいな感じになる。
さりとて、下手過ぎて恥をかくのも嫌だ。特に音痴だった記憶もないけど、こっちでは事件からは音楽の授業にすら参加してなかった。向こうでは、授業には一応出ていたけど、声の小ささばかり指摘されていて、音程にまで達してなかった、どちらにせよ、カラオケでは歌ったことはない。
なのでここは、恥をしのんで、歌がうまくなる本を読んで軽く練習しておこう。
「何の本を借りるの?」
「内緒。あ、かなちゃんは外で待っててね」
「え? いや、一緒に行くけど?」
「いいよ。来なくて。恥ずかしいから」
「えっ……わ、わかった。待ってる」
「うん」
この会話の後で歌唱練習の本なんて見られたら、思考がバレバレだ。そんな恥ずかしいことはない。杞憂で終わる可能性だって高いし、実際には誰も僕一人の歌なんて気にしないんだから。前だって、僕がどんなに先生に注意されても、みんな僕を一顧だにしなかったんだから。
でもどうしても恥ずかしいとかしり込みする気持ちがある。それを克服するためには、練習したんだって自信が僕には必要なんだ。
僕はかなちゃんを図書室の入り口に置いて、いや、ここだとカウンターが見えるから、貸出手続きで見られそうだ。もうちょっと離れて、図書室の壁にもたれてもらうことで、カウンターからして横をむいてもらう。これでよし。
えっと、歌の本、歌の本……教本、のあたりかな? えーと、数学の悪魔、科学の友、違うなー。あ、あった。よくわかる歌唱法。これだ!
本を借りて図書室を出る。他の利用している生徒が多いわけじゃないし、その人に見られたからどうってわけじゃないけど、まるで音痴ですって言っているみたいでなんとなく恥ずかしいので、こそこそ借りた。
「お待たせ、帰ろうか」
「うん……」
帰り道では、かなちゃんに交流会の日程について相談もして、来週の金曜日で提案することにした。




