かなちゃんのお弁当
「今日は私もお弁当持ってきたよ」
「私らは朝に買ってきたよー」
翌日、お昼の時間にまた購買に行くのかな? と思っていたらみんなお弁当だった。よかった。
昨日みたいな混み合いが毎日なら、何回行っても僕は何も買えなさそうだしね。何にもないのについていくのは金魚の糞みたいで嫌だ。だからって一人だけ残されるのも悲しいし。
「よかった。でもなんか、合わせてもらったみたいで、ごめんね」
「ううん。気にしないで」
「そうですよー。この方が、お昼休みの時間を有効に使えますもんね」
「ありがとう。じゃあ食べよっか」
食べ始める。お弁当は普通に美味しい。かなちゃんのお弁当はシンプルで、ご飯にふりかけ、おかずは炒り卵にケチャップ、唐揚げをつめているだけだ。朝買ってきたという二人は、コンビニ袋からパンを出している。
「かなちゃん、お弁当、ちょっと寂しくない? 自分で作ってるの?」
「うん。お母さん、朝はあんまり強くないから」
「……もしかして、毎日そんな感じにするつもり?」
「まぁ、冷凍食品だから、他にも種類増やすことはできるけど、面倒だし、好きだし十分だよ」
うーん。
春休みに夕食を担当したことから調子に乗った僕は、ここ数日、母、姉、僕の三人分のお弁当を用意している。これから毎日続けていくつもりだ。もちろんそんなに手の込んだことはできないし、冷凍食品もつかってるし、夕食の残りを入れたりもしている。
でも、かなちゃんのよりはずっとマシだ。かなちゃんの分も作ってあげようか、と言うのは簡単だ。でもそうすると、もう二人の友達の分は? って感じがする。幼馴染だからって言い訳もできるけど、正直お弁当をつくるってのはちょっと、恋人っぽい。
かなちゃんは家族枠に近いから、気持ち的にはつくってもいいんだけど、周りの目も気にするべきだし。それに、家のお金をつかってつくっているものを、僕が勝手にあげるわけにはいかない。
「……えっと、よかったら、僕のおかず、ちょっとあげようか?」
と言う訳で、とても中途半端な提案になってしまった。これから僕のお弁当をちょっとだけ多くして、かなちゃんに少しあげるくらいならセーフだよね。
「え、いいの?」
「うん。と言っても、僕も全部手作りってわけじゃないんだけど。さすがに色合い、寂しいし。昨日の夕食に作った、ほうれん草のおひたしとかどう?」
「い、いるっ」
ちょこ、とかなちゃんのお弁当の蓋にのせた。お母さんが作ったのをあげるのは、なんか他人のふんどしで相撲をとる、みたいな感じだし、お母さんにも悪い気もするしね。
かなちゃんは嬉しそうに食べてくれた。唐揚げは僕も大好きだけど、野菜も美味しいもんね。かなちゃんも野菜好きみたいでよかった。
「酒井君のお弁当って、バランス良くてすごいよね」
「あ、ありがとう……よ、よかったら、二人も何か食べる? そんなにはあげられないけど」
「いいの?」
「私もいいんですかっ?」
「うん。どれがいい?」
「じゃあ、卵焼き、いいかな」
「私はそのキンピラでお願いします」
「いいよ。どうぞ」
それぞれ二人に、と言いたいけどお弁当じゃないから蓋がない。ちょっと迷って、僕のお弁当の蓋にのせて、二人の前に出して渡す。
二人とも喜んでくれて、ほっとすると共に、これってすごい友達っぽいなと嬉しくなる。もちろん、すでに友達だとは思っているけど、それとこれとは別だ。それっぽいイベントは素直にテンション上がる。
「放課後、清掃行くんだよね?」
「うん。あれ、かなちゃんもしかしてなんか用事ある? 僕二人と行くから、平気だよ?」
「ないよ。一応確認しただけ。ていうか、さらっと私のことのけ者にしようとするのやめてよ」
「そんなつもりはないけど」
ただかなちゃんを束縛しすぎるのはあれだし、ただでさえ普段頼っているから、学校の中で見知った顔がいる状況で放課後くらいなら自由にしてあげようかと。帰りはお姉ちゃんにお願いすればいいし。
でも、確かにそうともとれるか。かなちゃんにしても、僕以外に友達いなかったんだし、この二人は貴重な友達のはずだ。きっと僕と同じように、二人との友達付き合いを楽しみにしているんだろう。
「誤解させたらごめんね。みんなで行こうか」
「そうだね。あと、他の部活とかはどう? みんな何か考えてる? 歩とか、吹奏楽はどうする?」
「んー、悩んでるんですよぉ。演奏は好きですけど、男子部員がいるからか、部員が元々多い上に、めっちゃ入部希望者多いみたいですし」
「そうなんだよねぇ。正直入部テストとか、漫画かって感じだし、ちょっと引くんだよねぇ」
「え、そうなの? テストとかあるんだ」
どこの部活もあれだけ歓迎してますよって感じで、部活勧誘しているのに、いざやるって言ったらテストとかするなんて。何だか殿様商売だなぁと思いながら相槌をうつと、高崎さんが苦笑しながら補足してくれる。
「普通はありませんよ。でも男子目当てでやる気がない人とかは当然省くとして、やる気とかあってもどうしても楽器数の上限があるので、あまりに希望者がいるとそうなってしまいますね」
「あ、そっか。楽器って高そうだもんね」
「二人は楽器って持ってないの?」
かなちゃんの問いかけに、二人は苦笑する。
「持ってませんよー、そんなの親におねだりしても却下されるだけです」
「最近はプラスチックのとかで安いのもなくはないけど、普通にみんなとするならそろえる必要あるし、物にもよるけど二桁以上だからね」
「そんなにするんだ」
「楽器にもよりますけどね。私のフルートは、市子のホルンに比べると、まだましです。フルートはちゃんとしたメーカーので二桁以下ちゃんとありますから」
「え、ほホルンは?」
「確か中学の先輩で持ってた人は、40万くらいって言ってた」
「よ、よんじゅうまん……す、すごい世界だね」
40万って、大きすぎて、どう反応していいかわからないレベル。え、吹奏楽ってそんなお金かかるんだ。この学校の吹奏楽部にある楽器だけで、いったいいくらかかっているんだろう。
グランドピアノとかだと、大きいし高いってのはイメージわかるけど、吹奏楽って個人個人が持っている大きさだし、まさかそんなにするとは。10万くらいなら、高いなーでもそんなものなのかって感じだけど。四倍。
「確かにすごいね。でも考えたら、他の部活でも始めるとなると、それなりにお金ってかかるよね。サッカーでもスパイクいるし」
「あ、そっか。考えてなかった。あれ、でも逆に、吹奏楽って楽器借りれるから、お金かからなかったりする?」
「うーん。基本の部費と遠征時の交通費は、普通だからのぞいて、別途大会時のコスチュームとかはかかりましたね」
「コスチュームなんてあるんだ」
「えー、気になる。二人とのその時の写メとかないの?」
外からではわからないけど、色々とお金がかかったりするんだなぁと僕は思うだけだったけど、かなちゃんが食いついた。
軽く机をたたいて催促するかなちゃんに、隣の木野山さんが携帯電話を取り出した。操作した画面を、僕とかなちゃんの間に置いてくれた。
高崎さんと先輩らしき女の人と映っている写真だった。白と青の、カッコイイ兵隊とか鼓笛隊みたいな感じの、びしっとした衣装だった。
「へー、カッコイイね」
「そ、そう? へへ、ありがと」
「私は、私はどうですか?」
高崎さんが木野山さんの携帯電話に指を伸ばしてスライドさせると、今度は木野山さんと先輩の写真になった。
「カッコイイよ」
「ありがとうございます!」
「あんた言わせてんじゃん」
「市子、うるさいですよ」
でもこういうのがあるなら、余計吹奏楽が楽しそうにも思えてきた。うーん、どうしようかなぁ。まだ見学期間もあるし、今月中なら入部できるから急がないけど、悩むなぁ。
結局お昼休みではまとまらないまま、終わりのベルが鳴った。