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あべこべ世界も大変です  作者: 川木
友達編
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友達になってくれる?

 それからしばらく、僕は泣きながら、記憶と気持ちを整理した。

 僕は酒井卓也さかいたくやで、中学を卒業して、近くの公立高校に通うことになっている15歳。住んでいる家も、お母さんも、かなちゃんも記憶の中の通りの見た目だ。

 だけどここは、僕がかなちゃんに無理やりキスした世界ではない。ここは、僕がかなちゃんに無理やりキスとかされた世界だった。


 僕は僕だけど、違う世界の僕の中に入ってしまった。それに、元々のこっちの世界の記憶もあるから、どっちの僕が本当なのか、考えるほどわからなくなるから、この際それはおいておこう。僕であることには変わらないし。

 この世界は、前に一度ちらっとネット小説で読んだ、あべこべ小説みたいな世界だった。元々生物として男性より女性の方が、筋肉がしなやかで柔らかいのに力強く、狩りをする時代から男女の役割が逆転していた。そして男性の方がやわだったことで成人するより先に死んでしまう可能性が高く、元々男性の出生率が女性に比べて少なかったこともあり、男性を大切にする文化が世界的にできていた。しかし大切にされるほど、男性の出生率はさがり、現在の男女比率は約1:10。学校で30人クラスで3人いるかいないかだ。

 当然女性による男性は取り合いで、肉食女子ばかりで貞操観念や性欲の強さまで逆転、どころかもっとひどい。あっちの世界では男女比は少し男が多いくらいだったけど、こっちでは比べ物にならないのだ。自然とそれに比例して、女性の肉食化が激しくなっている。


 そんな世界でも、僕はかなちゃんと幼馴染だった。そして小学五年生で事件は起こった。僕が襲われる形で。そこから僕らのいびつな関係は始まった。僕は彼女を犬と呼び、絶対服従を誓わせ、こき使ったのだ。

 僕はあっちの世界で、あべこべ小説で今と似たような世界の話を読んで、その世界の男性が女性に対してひどく暴言を吐いたり手荒に扱っているのを見て、そしてそんな男性を嫌悪する主人公を見て、確かに男性もひどいけど、主人公も自分が特殊な価値観といいながら他の男性を見下して嫌な感じだなと思った。

 だけど今は、男性もひどいと思ったことを反省したい。そういう事をしてしまう男性にだって、言い分がある。


 元の僕だって、かなちゃんに襲われるまでは、普通に家族や友達に接していて、かなちゃんたくちゃんと呼び合う仲だった。だけど自分より力の強い女の子に、男を見る目で見られ、無理強いされる恐怖を味わって、どんなに恐ろしいか。

 だけどその時は、土下座するかなちゃんに対して、恐い大嫌いと思いながら、それまでの好きだった気持ちがなくなりはしないし、だからって元の対等な友達関係ではいつまた襲われるか恐いから無理で、そもそも他の女の人全般が怖くてたまらなくて、それらを全部解決する方法として子供の僕が咄嗟に思いついたのが、かなちゃんを犬として扱い、僕を守らせることだった。

 ずっと一緒に居られて、襲われなくて、安全に過ごせる。それが僕の最善策だった。それからも実際、女の人が傍にいると怖くて、日常的に暴言を吐いてわざと人に好かれないようにしたり、かなちゃんに唐突に暴力をふるってそれでもひどいことをしないか、かなちゃんの服従度を測っては、心の安寧を得ていた。


 今の僕は元の世界のかなちゃんにしたことを心から後悔するとともに、こっちの僕の態度は褒められたものではないけど、それでも誰よりその心情を知っているから、どうしようもなかったんだと思う。ひどいことをしたけど、僕は僕を守るために、そうするしかなかったんだと、こちらの世界の僕を擁護する気持ちだ。


 そして事故の時、僕はかなちゃんと一緒だった。この世界の僕は、かなちゃんがいなければ、外出するのも怖かったから、ちょっとコンビニまで行くのも呼びつけていたのだ。

 そして一緒に道を渡る途中で、同じように事故が起きた。かなちゃんとの距離が近かったから、かなちゃんと一緒に転がるように歩道に避けることができて、僕は大した怪我をしなかったみたいだ。でもその時に頭を打って、気絶してしまった。


 ここまでが、こっちの僕の記憶だ。


「う、うう、ご、ごめんね、たくちゃん。女なのに、泣いて、困らせて」

「ううん。いいんだ。こっちこそ、ごめん。今まで、ごめん。謝ってすむことじゃないけど」

「え? 今までって?」


 二人で泣いて、お互いに泣き止んだところで謝ったのだけど、かなちゃんはピンと来ないようで、きょとんとした。当たり前だけど、向こうのかなちゃんと顔は同じで、でもそんな表情は何年も見ていなくて、懐かしいような複雑な気持ちだった。


「今まで、かなちゃんを犬として扱って、ごめん」

「え、そ、そんなの、私が悪かったんだよ。全然いいんだよ。私は、一生たくちゃんの犬として生きて当たり前だよ」


 それはちょっと、言い過ぎと言うか。確かに、キスされただけではなかった。この世界の常識として、かなちゃんはひどい目にあってもいいだけのことをした。でももう4年以上だ。それはさすがに、長い。

 こっちの僕だって、もう、とっくにかなちゃんのことは許していた。だけど始めた以上、やめられなかった。ここまでしたら嫌われたかもしれないから、許してもういいよって犬をやめて、かなちゃんがいなくなれば、僕は一人で恐い女の人と対峙しなくてはいけない。それに、かなちゃんがいないと、不安でたまらない。

 だからずっと続けてきた。許してはいても、怖くなる時はなくならないし、暴力もなくならない。だけど申し訳なく思っていた。それは嘘じゃない。利用して、ひどいことをしていると思っていた。そうでなければ、どうしてこの世界も僕が、女性のかなちゃんを守ろうとするのか。

 こっちの僕はかなちゃんを犬と呼んでいたけど、そうしてしまっていたけど、大事な幼馴染であることには変わらなかったんだ。


 だからもう、やめよう。今でも、女の人を恐いという思いはある。記憶がなくなったわけではないから。だけど、そうじゃなかった記憶もある。かなちゃんにひどいことをした記憶もあるのだ。

 だからもう、かなちゃんを束縛するのはやめよう。大丈夫。僕は一人だけど、二人分の記憶がある。今までと同じではない。


「ううん。もう、いいんだ。もうとっくに、許していたんだ。だけど、女の人が怖くて、かなちゃんに守ってほしくて、ずっと我儘を言っていたんだ」

「そ、それは、我儘じゃない! 昔のたくちゃんは、女の人でも態度を変えなかった。恐がらなかった。そうさせたのは、私だもん。守るのが、当然だよ!」


 かなちゃんは大きな声でそう言った。力強く、頼もしい言葉だ。

 胸が熱くなる。許されていたことが、守ると言ってもらったことが、嬉しい。それと共に、それだけ罪悪感を持たせていたことが、申し訳なくもある。

 もう、こんないびつな関係はやめよう。


「いいんだ。僕、今回のことで、わかったんだ」

「な、なにを? 私が頼りないことを?」

「ううん。僕が、かなちゃんを守りたいくらい、大事に思っていたことを。だから、もう犬とか、そういうのはやめよう」

「た、たくちゃん……でも、私は、本当に許されないことをしたのに」

「じゃあ、逆に考えてみて。僕が君にひどいことをしたとしよう。それで、君が怒っていて、僕が君を助けた今、許してくれない?」


 眉をよせる、自縛的なかなちゃんに、僕は説得しようと、それだけじゃなくて、自分勝手な気持ちもあって、そうたとえ話をした。かなちゃんはまたきょとんとする。


「え? え? いや、全部逆だったら、そこは私がたくちゃんを守る流れじゃない?」

「いいから。僕はかなちゃんを許していて、それ以降は僕がひどいことをしていたんだから、これであっているんだ。僕を、許してくれる?」

「そんなの、許す許さないじゃない!」

「お願い。許してほしいんだ」


 このかなちゃんは、僕が傷つけたかなちゃんじゃない。だから、許してもらっても、自己満足かも知れない。でも、都合よく考えるなら、向こうのかなちゃんも、僕に挨拶まで歩み寄ってくれていて、最後は僕を名前で呼んでくれたのは、そういう事じゃないのか。

 今更だ。もう取り返しはつかない。でもここから、こっちの世界だけでも、やり直したい。


「う、そ、そんなの、許すよ。たくちゃんが許してくれるなら、許すよぉ!」

「ありがとう、かなちゃん。ねぇ、お願いしてもいい?」

「う、な、なに?」


 またちょっと泣きそうになっているかなちゃんは、目をうるませ、顔を赤くして僕を促す。どきどきしてきた。ずっと人付き合いから遠ざかってきた。こんな言葉は、それこそどっちの僕も小学生ぶりだ。何より、相手がかなちゃんだ。

 お互い思いを確かめ合い、受け入れてもらえると思うけど、緊張する。


「あのね、改めて、僕と、友達になってくれる?」

「へ? と、友達?」

「う、うん。あ、ごめん、幼馴染、のほうが正しいかな? ともかく、やり直したいんだ。かなちゃんと、仲直りしたいんだ」


 驚かれた。もしかしてあの関係でも友達のつもりだった? で、でも正常な関係ではないよね? とにかく、ちゃんとした関係になりたいって言うか、伝われ! 僕の思い!


「っ、う、うん! ありがとう、たくちゃん。こちらこそ、是非、お願いします!」


 じっとかなちゃんを見て、改めてお願いすると、かなちゃんはぴしっと背筋をのばして、僕をまっすぐに見つめ返して、そう大きな声で応えてくれた。

 僕もほっとして、笑った。


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