バスケ部
「あの、すみません」
「ん? 見が、男子っ。マネージャー希望かな!?」
体育館に入ってすぐに、手前側でバスケを、奥側でバレーをしていたので、入り口脇の審判をしてるっぽい先輩にそっと声をかけるとすごい勢いで振り向かれた。
基本的に運動部で男子は選手じゃなくてマネージャーになるみたいで、向こうでも女子が重宝されたのと同じで、こっちでも男子は文芸部以上にありがたがられるから、最初のこの反応も少しは慣れたので何とかかなちゃんの背中には隠れずに済んだ。
「そ、そういうわけじゃ、ないんですけど、えっと、その、け、け見学、したいな、って、お、思いました」
……あれ。思った以上に噛んでしまった。で、でもセーフ、だよね。先輩は変に思わなかったらしく、にこにこしたままだ。
「そっかー、全然いいよ。そっちは? 選手希望じゃなくて、みんな見学かな?」
「はい。彼のお姉さん、酒井詩織さんって、いますか? バスケ部って聞いてるんですけど」
「えっ、詩織先輩の弟!? マジかっ」
すごい驚かれた。そんなに似てないかな? ……似てないか。お姉ちゃん、僕よりずっと男らしいし、って、いや、あれがむしろこっちでは女らしいのか。でもそれだと、お姉ちゃんは女らしく、僕は男らしいことになるのか?
と考えていると、先輩は慌てたように振り向いて駆けだした。
「詩織せんぱーい! 弟紹介してください!」
あ、あれ。紹介って、今僕と挨拶してたのに? まぁ、正直言うと、今までの部活の人も、入るって決めてない人は基本覚えてないけど。と言うか、審判は?
バスケコートの右側の側面にいっぱい選手がいたところに、先輩がつっこんで、中からお姉ちゃんがやってくるのと同時に、いっぱい人が来た。う、試合中以外の選手は一気に来れるのか。恐いな。
「あー、卓也、来たのか」
「う、うん。ごめんね。急に来て」
「いや。謝る必要はない。この時期に新入生が見学に来るのに、誰に断る必要もないさ。興味があるのか?」
「うん、お姉ちゃんがしてるから。あ、ごめん、でも入るつもりはないけど、お姉ちゃんがバスケしているの、見ようかなって思って、ごめん」
「謝る必要はないと言っただろう」
勧誘が目的の見学なのに、普通にただの冷やかしだと言ってしまったので思わず謝ったんだけど、お姉ちゃんは苦笑してぽんと僕の頭を小突くようにして慰めてくれた。ほっとして笑うと、お姉ちゃんも笑ってくれた。
「って、ん?」
あれ、なんかすごい静かって言うか、あれ、なんか、見られてる? かなちゃんは当たり前だけど、木野山さんとか、バスケ部の人めっちゃ見てる。試合までいつの間にか止まっている。
ぼ、僕なんか変なこといった? あ、お、お姉ちゃんって呼んだから? 確かに人前で呼ぶには、何となく恥ずかしいんだけど、でも普通に子供のころからの呼び方で、大人になってもそのままって珍しくないよね?
思わず挙動不審みたいに周りを見て、斜め後ろにいたかなちゃんの袖をひいて一歩下がってしまう。と、何故かバスケ部の人は息をついた。な、なに? 僕が気づいていないところで、何かが起こっている!?
「おいお前ら、卓也が困っているだろう。見るな。穴が開く」
「そんなー、先輩オーボー!」
「そうだそうだ、だいたい、弟がいる何て聞いてないぞ!」
「しかも美少年! 私もお姉ちゃんと呼ばせてください!」
お、おわ。お姉ちゃんがみんなから好かれているからか、今まで以上の反応だ。と言うかちょっと露骨って言うか、ちょっと恐い。
お姉ちゃんはため息をついてから、パンと手を叩いてみんなの注目を集めて一瞬静かにさせると、何故か僕から少し離れたところまで離れて手を挙げた。その右手は人差し指がピンと立っていた。
「私の弟は、入部ではなくて、私の格好いいところを見に来たわけだが、私と一緒に試合をして格好いいところを見せたい人、この指とーまれ!」
「はいはいはい!」
「私やる気です!」
う、うわぁ。なんだこの状況。そしてお姉ちゃん、この指とーまれとか言うんだ。意外と茶目っ気があるんだなぁ。いつも真面目で、過保護で頑固なイメージしかなかった。でも当たり前だけど、弟の僕への態度と、友達や部活仲間への態度はまた別なのか。これだけでも、見学しに来たかいがある。
「とりあえず、希望通りになってよかったね」
「う、うん。そうだね」
じゃんけん大会が挟まったものの、お姉ちゃんをいれた試合をすることになり、準備は進んでいる。組み分けされ、チームが分かるようビブスをつけている。でも希望通りと言うかなちゃんのセリフに素直に同意しにくいのはなんでだろう。
と、ここで一人の先輩が近づいてきた。
「えっと、卓也君と加南子ちゃん。とクラスメイト、かな?」
「あ、はい。同じクラスの友達です」
「私、一応部長ね。大森忍です。詩織ちゃん、あなたのお姉さんから、他の人がちょっかいかけないよう、解説役を兼ねてあなたたちの相手をするように言われたんだけど、隣、いいかな?」
「あ、は、はい」
戸惑いつつお姉ちゃんの方を見ると、お姉ちゃんもこっちを見て頷いたので、大森先輩に頷く。大森先輩は意図的に話すにはちょっと遠い距離で立ち止まって話してくれるので普通に話せる。
何というか、運動部のイメージに反してほんわかした感じで、僕の中の女の子ってイメージに近い。恐くはないけど、別の意味でちょっと緊張する。
僕の返事に、先輩はにこっと笑って、かなちゃんの隣に立った。
「ありがとう。みんな見学ってことだけど、せっかくだし、そっちの二人も名前を教えてもらってもいいかな?」
こうして大森先輩とお話ししながら、お姉ちゃんの活躍を見た。お姉ちゃんは運動神経いいって言うイメージはあったけど、実際にみると絶対僕じゃ無理、って言うか、人間なの? って感じの活躍だった。
と言うか、他の活躍していない人も人間なの? ってくらい早く走ったり高くジャンプするんだけど……え? この世界、恐くない? 女子高生ってみんなダンクシュート余裕なくらいジャンプできるの?
という驚愕はあったものの、先輩がちょうどいいタイミングで分かりやすく今のテクニックはね、とかお姉ちゃんの凄さを教えてくれて、今日一番楽しい部活見学だった。
「卓也、どうだった?」
「すごかった。カッコよかったよ! お姉ちゃん凄いんだね」
「ふふふ。まぁな。卓也、加南子、もう部活も終わりだ。一緒に帰るから、待っててくれ」
「はーい」
試合後、お姉ちゃんは得意げに胸をはって、僕の頭を軽くなでてから戻って行った。頭を撫でられたのは少し恥ずかしいけど、きっと試合後でお姉ちゃんのテンションも上がっているんだろう。
僕らは木野山さんと高崎さんとは分かれて、三人で帰った。