クラスからの疑惑
「あの、酒井君。ちょっといい?」
「ん? 委員長、どうしたの?」
学校が始まって数日。ついに通常授業が始まってしまって、気がのらないなーと思いながら学校に来ると、委員長に声をかけられた。
振り向きながら、そう言えば委員長と話すのは始業式以来だ、と思い出してどきっとする。
智子ちゃんと歩ちゃんのことで色々あって、忘れていたけど、この間のあの智子ちゃんの時、委員長ちょっと変なこと言ってたよね。抜け駆け禁止、とかなんとか。まるで僕に気があるような素振りだった。
まさか、と思いつつ、自意識過剰な想像と不安感で、僕は自然さを装って鞄を席に置く素振りで目をそらした。
「あのね、本当は酒井君も、こんな大々的に聞かれるのは嫌だとは思うんだけど、みんな気になってるから、代表して聞くね?」
「え? う、うん。どうぞ……?」
「……木村さんとは、付き合うことになったの? それって友達として? それとも、愛人として?」
「え、あの……」
大げさな前置きに、どきっとして、何を言われるのかと覚悟しながら促したけど、それでも予想外だったその内容に、思わず視線を泳がせる。
告白されるとか、それに近いところなら想像ついた。でもまさか智子ちゃんとのことを聞かれるなんて。友達の輪に入れてるし、察してるだろうと思っていたしがっつり突っ込んで、しかも教室で聞かれるとは思わなかった。
だけど視線を泳がせると、教室中、こちらを伺っているのが見えてはっとする。確かに、智子ちゃんの告白はみんなの前であんな風にしていたんだ。気になった当然だ。委員長もやりたくないけど、みんなにお願いされたんだろう。
個人的なことだし放っておいてほしいとは思うけど、でも、気になるって気持ちはわかる。まして僕はこのクラス唯一の男子だし、その点でもみんなの注目度も違うだろうし、しょうがないか。
僕は意を決して言うことにした。でもさすがに人の顔は見れなくて、一歩下がってかなちゃんの隣で、かなちゃんの方を見る。かなちゃんは僕の後ろに立ったままで、僕を心配そうな顔で見ている。
その顔を見ると、何だか胸がきゅっとして、勇気がわいてくる。僕は手を伸ばして、かなちゃんが気づいて僕の手を取ってくれたので、黙ったままぎゅっとその手を握りながら口を開く。
「い、一応、愛人前提だけど……悪い?」
ちらっと、最後に委員長の方を見る。委員長は何だか優しいようなちょっと眉尻を下げた困り顔で、いやいやと首をふった。
「ごめんごめん、悪いとか、そういう事じゃないんだけど。えっと、うん、この際だから言うけど、私も他酒井君結構いいなって思ってたから、誰でも愛人にしちゃうのか、気になってただけ。ごめんね、みんなの前で言わせて」
「ん」
さらっと言われて、ちょっとどきっとしたけど、いやいや。今の発言は告白されたわけじゃない。いいな、ってだけだし、それに流れ的に、みんなを悪者にしないためにあえて自分が道化になって詳細を聞こうとしているようにもとれる。
この際だ。もうすでに恥ずかしいけど、ここまで言ったなら言ってしまおう。もし勘違いされて、手当たり次第に告白されたりしたら、さすがに困る。
「うーん、と言うか、言うけど、誰でもするわけじゃないよ。確かに智子ちゃんのことは受けたけど、誰でもじゃなくて、智子ちゃんとは機会があって家族思いなこと知ったりして、いいなって思って、そうしただけ。だから当然、とりあえず男子ならだれでもいいって感じで愛人にしてって言われても、断るし、そうじゃなくても、僕だって、好みとかあるよ」
「そかそか、ごめんね。変なこと聞いて。そうだよね」
「ううん、いいよ。僕がみんなに勘違いされないか、気にしてくれたんでしょ? ありがとう」
本気で告白されたなら、僕だって考える。でもそうじゃないなら、仮にめちゃくちゃ好みでも……いや、めちゃくちゃ好みだったら別かもだけど、とにかく、多少好みでもそれだけで愛人にはできない。
前にかなちゃんが言っていたように、適当に一回するだけでとか、本当に最低限性欲だけの付き合いみたいなのはよくないと思う。心が伴わなきゃ、意味がない。それは僕だからこそ、心の伴わない無理を強いたり、されたりした僕だからこそ、それだけは絶対だ。
正直に言うとそういう事好きだし知らない人でもそう言う気持ちを抱かないとは言えない。言えないけど、僕は幸せになるって決めてるんだ。幸せは、誰かを傷つけたり、誰かに傷つけられたりしない状態だ。それはもはや前提条件だ。人の気持ちを、いい加減に扱いたくはない。
だから僕が誰でも愛人にするんじゃないってのは、ちゃんと言っておかないと。クラスのみんなと今よりちゃんと友達になりたいからこそ、変な誤解はされたくない。
お礼を言うと委員長はきょとんとしてから、頬をかいて照れたようにはにかんで視線をそらした。
「あー、いや、えと、どういたしまして?」
こうして、ちょっと気になっていたクラスからの疑惑の視線も解消された。
よかったよかった。それはそれとして、相変わらず見られてはいるけど、それはもう僕が男子な以上しょうがないレベルだからいい。変に不思議そうだったり、どうだろうってひそひそされている感じじゃないから、いい。
○
「あの、卓也君、今更だけど、ごめん」
「ん? なにが?」
お昼休みも終わりかけ、トイレに行く際に智子ちゃんがついてきてくれることになったんだけど、廊下に出てすぐに神妙な顔で謝られた。トイレに行きたいので、歩きつつも聞きかえす。
わざわざ立ち止まって頭をさげた智子ちゃんは小走りに隣に追いつき、頭をかきながら話してくれた。
「その、私が焦って、みんなの前で告白なんかしたから、変な感じになってて。落ち着いたら、私もわかってはいたんだけど、私が勝手に卓也君の気持ちとか、言いふらすのも違うと思うし、だからって私から卓也君に言うのも、なんか、違う気がして」
「いいよ、別に」
その件か。確かに、教室のど真ん中で言われたのはビビったし、迷惑だった。でも今となっては、むしろ良かったんじゃないかとすら思える。
だってすでに僕がかなちゃんだけじゃなくて市子ちゃんと言う愛人をつくったのはみんな知っていたのだ。その上、智子ちゃんが屋上に呼び出して告白してくれたとして、こうして愛人候補として付き合いを始めれば、他の子も察するだろう。
そうなっていた方が、僕は誰でも愛人にするって噂になっていたかもしれない。智子ちゃんが堂々としていたからこそ、クラスメイトが全員知って、だから委員長が聞いてくれる大義名分もできたんだ。クラス中に周知してもらえば変な噂になりようもない。結果オーライだ。
だから僕はそう言ったのに、あんまりあっさり言ったからか、智子ちゃんは驚いたように目をぱちくりさせてから、むっと眉を寄せた。
「あのさ、卓也君が優しいのはわかってるけど、事実として私が悪いわけだし、なんというか、もっとちゃんと反応してほしい。本気で私を受け入れてくれるなら、嘘じゃなくて本気で向き合ってほしい。ごめん、勝手なことばかりで。でも、卓也君が言ってくれたんだ。恋人にって。なら、ちゃんとしたい」
その言葉に今度は僕が驚いてから、笑ってしまった。
「ふ、ふふっ。もう、智子ちゃんは、馬鹿だなぁ」
「え、な、なんだよ。そりゃ頭は悪いけど」
「嘘ついてないし、表面的に対応したんじゃないよ。本気で気にしてないから、いいよって言っただけ」
「……ほんとに? 気をつかわず、加南子と同じ、はすぐは無理でも、いずれそうなるようにしてほしいんだけど」
「本当。というか、僕のこと舐め過ぎだよ」
「え?」
「僕だって、男なんだから。好きな女の子が、僕を思ってした可愛い失敗くらいで怒ったりしないよ。むしろ、それだけ僕を好きなんだと思うと、嬉しいよ」
そりゃまぁ、許せない失敗だってあるだろうけど、今回は委員長のフォローがなくて結果オーライにならないとしても、それくらいで智子ちゃんを怒ったりしない。確かに、突然だし困ったわけだけど、結果そのおかげで今の関係になってるんだから、怒るわけないでしょ。
「そ……それは、ずるい」
「え、なに、ずるいって」
「……すでに、かなりきてるのに、ますます惚れる」
智子ちゃんは真っ赤な可愛い顔で、そんなことを言う。言葉に詰まってとっさに周りを見て、聞かれてないことを確認しながら、とりあえず応える。
「それは……まぁ、どうぞ遠慮なく?」
断ったならともかく、受け入れたわけだし、僕も智子ちゃん好きで、これからどんどん好きになっていく予定なのだ。だからまぁ、問題ない。
ないけど、遠慮なくはなかったな。なんだ。それ、トイレ貸してくださいって言われたくらいの返事の軽さだ。
だけど僕が自分のセリフのチョイスに後悔していると、智子ちゃんはにっと赤い顔のまま笑った。
「わかった。じゃあ、本当に遠慮しないから、覚悟して」
そう言って、僕にデートを求めた。




