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あべこべ世界も大変です  作者: 川木
友達編
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かなちゃん!

 今でこそ、普通の、と言うにはぼっちだけど、可もなく不可もない学生をしているけど、以前はいじめられていた。と言っても、僕が悪いのだ。

 いじめられても、仕方ないくらいの切っ掛けを自分でつくったのだ。だけど、そう頭で思っていても、それから小学校を卒業するまでの約1年は辛かった。中学ではひたすら影に徹した。そのお陰で、最初はいじられそうになったけど、他の学区から来た生徒とかもいて、僕へのいじめは半年ほどで自然消滅した。

 人から見たら、大したことはないかも知れないけど、僕には辛くて、今思い出しても手が震える。


「あ」


 近くのコンビニに買い物に行こうとして家を出た瞬間、すぐ家の前にいた人と目があって、思わず声が出た。あまりのタイミングのよさに、相手も驚いたのか頬をひきつらせた。


「お、おはよ」

「あ、う、う、うん。お、あはよう」

「ああ、うん、えっと、じゃ」

「う、うん。じゃ」


 気まずさを誤魔化すように挨拶してきたので、何とか返事を返す。そして相手が早足に立ち去ったのを確認してから、大きく息をつく。


 彼女は、近所に住む幼馴染みの、小林加南子(こばやしかなこ)。かなちゃん、と呼んでいた。今ではとても口にできないけど、訂正することもなく、心の中ではずっと、かなちゃんと呼んでいる。

 かなちゃんとは幼稚園からずっと仲良しだった。小学校にあがって、男女にちょっとした溝ができても、仲よくしていた。だけど、僕が五年生のあの日、告白して、ふられて、ショックで悔しくて、無理矢理キスをしてから、関係はかわった。


 泣きながら逃げた彼女は、友達にそのことを話した。そして学校中に話はひろがり、変態だ、強姦魔だと女子から避けられ、男子からは暴力や嫌がらせをうけた。

 かなちゃんが悪いんじゃない。かなちゃんは被害者で、怖かった気持ちを消化するために人に話すのだって、普通のことだ。かなちゃん自身は、僕を避けるだけで、けして僕に近づかなかった。


 いじめがなくなってから、学校はともかく、こうして近所で会ったときは、挨拶をしてくれるようになった。会話なんてものじゃないけど、きっと、優しい彼女からの、許してあげるってサインなんだ。

 だけどもう、今となっては僕は、人とどう話せばいいのかもよくわからない。彼女と両思いだと勝手に信じていて、勝手に裏切られたと思って、逆ギレして掴みかかって、ひどいことをした。

 どうすればいいか、どうすれば人に好かれるかわからない。だから嫌われないようにだけ、気をつけて生きていく。これからずっとそうしよう。二度と、かなちゃんみたいに女の子を傷つけないよう、生きて行くんだ。


 僕は十分に彼女が離れただけの時間をとってから、敷地を出た。コンビニまで5分ほどの距離だ。早く帰ってこよう。


 万が一にも追い付かないよう、ゆっくり歩いた。コンビニが向かいに見えている横断歩道で信号待ちをしていると、コンビニの扉が開いた。何とはなしに目をやると、かなちゃんが出てくるところだった。


「!」


 また、目があった。二車線で距離もあり、車も多少は行き交うし、また挨拶するのも不自然だ。だけど無視するのも気がとがめて、会釈だけする。

 かなちゃんも返してくれたことにほっとしながら、信号が変わったので歩き出す。


 彼女もコンビニに用があっただけみたいだ。近所だし、そう言うこともあるだろう。もっと間を開ければよかった。でも今更引くわけにもいかない。

 不自然でない程度に距離を開けてすれ違いざまにまた会釈する。


「ど、どうも」

「う、うん。またね」

「!」


 また、と言われた衝撃に、すれ違ったのに思わず立ち止まる。まるで友達みたいに気安い挨拶だったからだ。だけど、かなちゃん的には普通のことだったみたいで、普通に足を進めている。

 少なくとも自分の不審な挙動に気づかれなかったことに安堵して、またコンビニを向く。


 キィー! ズガガッ!


 突然のブレーキ音と低い打撃のような異音が大きく鳴り響き、反射的に左を振り向く。

 へしゃげたガードレールがまず目に入る。ヘルメットをかぶっている人が空に飛び出していて、弾かれたようにバイクがこっちに向かってくる。こっちに、いや、正確には、二歩後ろの、かなちゃんに。


「!?」

「かなちゃん!」


 それに気づいた瞬間、僕はいつもから信じられないくらい勢いよく走りだしかなちゃんに体当たりした。二メートルも離れていないけど、硬直した無防備な背中に後ろからぶつかったから、かなちゃんは歩道までの数メートルを転がった。

 ほっとして、僕も逃げなきゃ、と思ったけど、動き出すより先に、右からバイクが僕に追突してきて、バイクともみくちゃになって地面を転がった。

 意識が遠退く中、遠くから、たくちゃん! と昔みたいにかなちゃんが僕を呼んだ、気がした。









「はっ」


 びくり、と体が震えた。どくっどくっと心臓がうるさい。目を開けると蛍光灯の明かりが目に入っていて、自分がベッドに寝ていることに気づく。


「はぁ、はぁ」


 息をしながら、ゆっくりと自分の体を少しずつ動かして確認する。指先、肘、首、足も、ちゃんと動く。息をはきながら起き上がる。

 ……生きてる? しかも、あんなに勢いよく地面を転がって、あの感覚からしてバイクに上に乗られただろうに、怪我もない? そもそも最初は腕に巻き込まれるような感じだったから、タイヤに触れたと思っていたのに、右腕もなんともないなんて。


 回りをみる。病室みたいだ。病院なら、あの事故が夢と言うこともないだろう。


 確か、かなちゃんとコンビニに行こうとして、事故に……って、あれ? おかしいな。一緒に行くわけがないのに、混乱しているのかな。

 よくわからないけど、助かったなら、いいや。

 とりあえずもう一度寝よう。飛び起きたから気持ちが悪い。そう思って、ベッドに倒れたところで、こんこん、とノックがされた。


「あ、は、はいっ。えっと、ど、どうぞ」


 驚いて飛び起きつつ、返事をする。お医者さんかな? それかお母さんかな。


「! たくちゃん!」

「わっ、か、かなちゃん!?」


 勢いよく扉をあけて入ってきたのはかなちゃんだった。驚く僕に構わず、かなちゃんはベッドに飛びかかるようにして寄ってきて、ベッドの柵をつかんだ。


「よ、よかった! 気がついたんだね! どこか痛いところはある!?」

「あ、だ、大丈夫、だよ。かなちゃんこそ、怪我、ない? その、思いっきりおしたし」

「ないよ! たくちゃんのおかげで、あ、あれ、たくちゃん、私のこと、かなちゃんって」

「え、あ、だ、駄目だった?」


 かなちゃんも普通に僕をたくちゃんって呼んでくれているし、いいのかと思ってしまった。でも、驚くのも無理はない。だって僕はずっと、かなちゃんを犬と呼んで……なんだって!? は? 犬?

 え、でも確かに、呼んでいた、記憶がある?


 混乱する僕に、かなちゃんは感激したように泣き出した。


「ううん! 駄目じゃない! ごめんね、ごめんね、たくちゃん。私、私のせいで、ごめんね」


 こ、混乱している場合じゃない! かなちゃんを泣かせるなんて! 女の子を泣かせることだけは、絶対にしちゃいけないことだ!


「泣かないで! かなちゃん! ごめんね、でも、かなちゃんが無事で、本当によかった」


 だけどかなちゃんは、ますます泣いてしまって、どうしていいかわからなくて、そして頭の中がおかしくなってしまったみたいに、覚えのないはずの記憶がたくさん出てきて、僕もまた泣いてしまった。


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