駆け出しの魔王候補
山田幸太郎ことタロウは、遂に異世界転移を果たし、打倒魔王への道を走り出した。
そして彼は今、まさに―――――――――――
怯えていた。
これまで、日本という平和ボケしたぬるま湯に浸かっていた彼にとっては、一瞬にしてモンスターが掃討されるその光景は刺激が強すぎたのかもしれない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
フ―ーッ、落ち着けーー。落ち着けーー。俺は、そう、魔王候補だ。
うんうん、確かに最初はね、驚いたよ。まあ今もまだ驚いてるんだけど。
でも、落ち着け、俺は魔王候補だ。それも王神様から特別に選ばれたんだ。
ひょっとしたら、いや、ひょっとしなくても俺にもあれくらいの力はあるかもしれない。
ここは、落ち着くんだ。そう、クールに行こうじゃないか。
「タロウ様?どうかしましたか?」
「い、いえっ、なんでもないです!」
俺たちはモンスターたちを一掃した後、近くの駆け出し冒険者が集まる街≪ステラ≫へと向かっていた。
その道中、俺はナース服美女からいろいろとこの世界のことについて教えてもらっていた。
かなり長い時間かけて説明してもらったが、要約するとこうだ。
まず、この世界は4つの大陸があり、南西にユミル大陸、南東にスリノア大陸、北西にデリス大陸、北東にアトール大陸がある。この4つの大陸が輪を作るように連なっており、この輪の内側は海になっていて、その中心に魔王城がある島が浮かんでいる。ちなみに今、俺たちがいるのはユミル大陸だ。4つの大陸はそれぞれ一つの大国によって統治されている。ユミル大陸はそのまま、ユミル王国が統治している。とりあえず、今回はまず、今俺たちのいるユミルについて説明しよう。ユミルは一年中、日本の春や秋のような気候をしているため非常に過ごしやすい。そのため最も人口が多い。また、モンスターのレベルも比較的低い。そのため冒険者も、レベルの低い者が集まりやすいとのことだ。モンスターと冒険者のレベルは、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンドの5段階に分類され、ブロンズが最低ランクで、ダイヤモンドが最高ランクだ。それぞれの分類基準についても聞いたのだが、よくわからなかった。
そして、ここからが大事なお話だ。皆さん覚えているだろうか。何を隠そう、俺は魔王を目指している。
魔王は堂々と海の中心にぷかぷかと浮かんでいるので今すぐにでも倒しに行きたかったのだが、なにやら条件があるらしい。魔王城に行くためには、8つの証が必要らしく、その証は魔王の幹部が持っているらしい。つまり魔王には8人の幹部がいるということだ。その幹部はというと、各大陸に2人ずつ居座っているらしい。しかし、魔王の幹部がどこに潜伏しているのかは、まだわからないため、当面の目標として、冒険者登録を行い、クエストをこなしながら、魔王幹部の情報収集だ。
ちなみに彼女自身のことも少し聞かせてもらった。
彼女の名前はアリア、あの神様の召使いをしているらしい。
アリアは神様からの命でちょくちょく下界に降りてきているらしく、冒険者登録も既に行っている。
ちなみにランクはプラチナだ。
そんなこんなでいろいろと説明を受けている間にステラに到着した。
===================================
ステラの街は、俺が思っていた以上に栄えていた。
駆け出し冒険者の街と聞いて、マ〇ラタウンのような場所かと思っていたんだが。
日本の街とは全く違う、ヨーロピアンな街並みが続いている。
後から聞いたのだが、このステラは、ユミルでは王都に次ぐ二番目の人口を誇る。
居心地が良すぎて、ここを拠点にしたままのベテラン冒険者も多いんだとか。
俺たちはひとまず、宿をとり、そのまま冒険者ギルドへと向かった。
俺の考えとしては、いろいろと装備を整えてから行きたかったのだが、アリアによると冒険者ギルドに登録する際に職業や武器、魔法などの適性がわかるため、登録の後に装備を整えたほうが良いらしい。
――――――――冒険者ギルド―――――――――
俺のイメージとしてはもっとこう、血の気の多い冒険者たちが、日夜を問わず騒ぎ立てている感じなのかと思っていたのだが、実際はというと...なんか小洒落ていた。
そんな光景に少し驚き、普段は行かない喫茶店に入るような面持ちで奥へと進んでいく。
そこでまた驚きの光景を目にする。
......受付のお姉さんたちがなぜかスーツを着ていた。
わからない。就職活動でも行われているのか?
俺は茫然と立ち尽くしていると、青い髪でショート、そしてスーツというよくわからないお姉さんに声を掛けられる。
「見かけない顔ですね...。冒険者志望の方ですか?」
「は、はい...。」
俺はそのまま一番右の受付へと案内される。ここでアリアとはしばしお別れだ。
この時間帯、俺のほかに冒険者登録を行うものはいないようだ。
うぅ...。なんか緊張してきた。志望理由とか聞かれちゃうのかな...
履歴書とか俺まだ書いたことないよ...。
「それでは、お名前をお願いします。」
とりあえず、名前を書き込みほっと一息。
「それでは、タロウさん、冒険者ギルドへようこそ!
ここでは、あらゆる面での冒険者のサポートを行っています。
分からない点があれば、その都度お伺いください。
早速ですが、冒険者登録を行います。こちらのペンをお持ちください。」
俺はお姉さんからペンを手渡される。
次は何を書かなきゃいけないんだと少し苛立ちながらそのペンを握る。
すると、いきなり、俺の握ったペンが七色の光を放ちだした!
光が収まると、ペンが勝手に俺の手から離れ、書類の置いてある、受付のカウンターへと向かった。
ペンは何やら勝手に冒険者登録の書類に書き込み始め、あっという間に書き終わったようだ。
そして、お姉さんがその書類を確認し、スーツ姿に似合わぬ驚きの表情を見せた。
ゴクリ...。俺の喉が鳴る。
まあ、驚くのも無理はない。俺は魔王候補だ。それも王神様から特別に選ばれた。
アリアの強さを目の当たりにして少しビビッていたが、俺にも恐ろしい力が.........
「す、すごい!なんですかこれは!!!」
手元の紙を見てお姉さんが驚きの声をあげる。
それを聞いた周りの冒険者たちが、ざわつき始め、こちらのほうに集まってくる。
予想していたがこの反応...!いいねー、こういうのを待ってたんだ!
これからの展開、俺には手に取るようにわかるぞ!
俺の恐ろしいスペックが他の冒険者たちに知れ渡り、男どもは俺に尊敬のまなざしを、女冒険者たちは俺に憧れのまなざしを送る。
そして、俺は異世界生活一日目にしてこの街一番の有名人になるってわけだな!!
俺が妄想に胸を膨らませ、静かに頷いていると、ようやく、お姉さんがみんなに自慢でもするかのように大きな声で話し始めた。
「基本ステータスである体力、筋力、魔力は平凡、俊敏さと知力はそこそこといったところですが、このファーストスキル!!!!
スキルの名は≪ステルス≫!!!!
私も長いことここで働いてきましたがこんなスキル見たことも聞いたこともありません!!
スキルはランクにさほど影響しないので、ランクはブロンズですが、こんなに興奮したのは初めてです!!
あまりにもレアなスキルなので強いのかわかりませんが、すごいです!!!」
ん?なんだって?基本ステータスは平凡?そこそこ?ランクはブロンズ?強いのかわからないスキル?
なんだとぉおおおおおおおおお!!!
俺は仮にも魔王候補だぞぉおおお!!
しかもなんだ?そのスキル、魔王候補が影薄くしてどうすんだよ!!!
俺のそんな気持ちとは裏腹に、いつの間にか結構集まっていた冒険者たちがわめきだす。
「うおおおおお!!!なんだかよくわからんがすげぇってことだな?」
「基本ステータスはたいしたことないが、そんなスキル聞いたことねえ!!!」
「ランクはブロンズなのにあんたはなんでそんなにすげーんだっ!!」
冒険者ギルドはなぜか異様な盛り上がりをみせていた。
「あんた、名前は?」
「タロウです!タロウさんですーーーー!!」
どこからともなく聞こえてきたその問いに、なぜか青髪スーツのお姉さんが嬉しそうに答える。
「「「「「ターローウ!ターローウ!ターローウ!」」」」」
唐突にタロウコールが巻き起こる。挙句の果てには胴上げが始まった。
こうして俺は目論見どうり、異世界生活一日目にして、ステラ1の有名冒険者になった。
『つよいのかはよくわからんが、ブロンズランクのすごい冒険者が現れた』
という噂と共に......。
最後まで読んでいただきありがとうございます!!
率直な意見、感想をいただけるとありがたいです!!




