異世界転移
知らない天井...。
ていうかあたり一面真っ黒。
どこが天井なんだ?
まあいい、そんなことより、俺はあの後どうなったんだ?
トラックのクラクションが聞こえて、そこからは覚えていない。
走馬灯なんて見る暇なかったぞ...。
ていうか、なんで俺は、死ぬ前のことを覚えてるんだ?
俺は考えがまとまらない中、周りを見渡す。
これから何が起きるのか全く分からない。ただただ怖い。
中学生の時のマラソン大会のスタート前みたいな気分だ。
――――――――――――ガンッ、ゴゴゴゴゴゴッ
物音がする。その音のほうへ振り向く。
すると、先程まで何もなかったはずの場所から、とても大きく、真っ白な扉が現れたと同時に開いていく。
扉が開くとそこには、ロングの紺色の髪に赤眼の整った顔立ちをした美女が立っていた。
正真正銘の美女だ。負け惜しみではないが、山口さんの比じゃない。
そして何よりスタイルが良い。完璧だ。文句のつけようがない。
しかし、なぜかその美女はナース服のようなものを着ている。
俺としてはありがたいのだが。
「お待たせしました。こちらへどうぞ。」
俺の心情とは裏腹に、彼女の落ち着いた声に促され、扉の奥へと進む。
そこには、また先程のような真っ黒な空間が広がっていた。
殺風景なその部屋には、平凡で座り心地の良さそうな椅子があり、その向かいには、豪華でごっつい感じの椅子が少し高い位置に置かれている。
「こちらに掛けて少々お待ちください。」
俺は彼女の言葉に従い、平凡なほうの椅子に座る。
彼女はその様子を見届けた後、豪華なほうの椅子のそばに移動し、そのまま何も言わずに立っている。
俺はというと、こういう時には、きょろきょろしていると田舎者がばれてしまうので、落ち着きを払った風を装う。内心、緊張しているが。
それから俺はどのくらい待ったか分からないが、先程俺が入ってきた扉から音がする。どうやらまた一人誰か来たようだ。
そちらのほうに目をやると、長くも短くもない、純白ともいえるような白髪の少年が歩いてきた。
少し寝癖が付き、あくびをしている。寝起きのようだ。
まるでトコトコという効果音が付きそうな足取りで彼は進み、豪華なほうの椅子に腰掛ける。
「どうも、神っす。」
少年は唐突に言葉を発した。そして俺は彼が言ったことを理解できない。
うんうん、こうなるとまたあれか、聞き間違いか。
まったく、いつから俺はこんなに聞き間違いが得意になったんだ。まあいい、特技が一つ増えたってことにしとくか。
「うん、君はとっても面白い子だねー。そんな年でもう、冗談がいえるなんて。」
「なーにいってるんですか。冗談なんて一つも言ってないっすよ。」
「え......」
「もうしっかりしてくださいよー。自分は神っす。神様っすよ。自分は主に"日本"を担当している神っす。」
おいおい、まじかよ。神様ってこんな感じなのか?もっとあれじゃないのか。なんか、こう、堅苦しい感じ?
それがまさかこんなにも軽い感じだったのか。
言っちゃ悪いけど居るよ。こんな感じの後輩。俺でも2、3人知ってるよ。こんな感じのやつ。
なんかイメージぶち壊されちゃったよ。ちょっと萎えるよ。
とりあえず、少し落ち着こう。かなりペースを乱された。
こいつがほんとに神ってことなら聞きたいことはいくらでもあるんだ。
とりあえず、俺が一番聞きたいことは...
「なあ神様、その、なんだ、俺は死んだのか?」
「はい。死にました。あなたは大声を上げ、周りの人たちから奇妙なものを見る目を向けられながら、無惨にも、トラックに轢かれて死んでしまったっす。」
「そうか...やっぱり俺は死んだのか......」
俺はそう呟くと、どうにもやるせない気持ちになった。
なんであんな馬鹿なことをしてしまったのか。分からない。
振られたことにかなり動揺していたのか...。
くそ、最悪だ。こんなんで、俺の人生はフィナーレを迎えたってのか。
「なあ神様、俺はこれからどうなるんだ?」
「あなたはこれからこの部屋の奥へと進み、奥にいる天使によって全て無かったことになるっす。今あなたは、魂のみの状態っす。体はあなたが勝手にイメージしているものっすけど、天使によってそれも何もかも無かったことになるっす。そうして正式に死を迎えるっす。」
「そうか...。」
何とも言えない気分だが、どうしようもない。俺の人生は終わったんだ。
短い人生だった。俺の人生、実にいい人生だった。悪くない。
最後の部分を除けば。くそ、くやしい...。悔しすぎる...。
俺を待っていたであろうリア充ライフ。あれさえ手に入れば、文句なしだったんだが。
もう一度、告白の前からやり直したい...!
「...っていうはずだったんすけど、上からの命令であなたはこれから死ぬわけじゃないっす。」
んん?なんだって?俺は死なない?聞き間違いじゃないよな?いくら俺の特技とはいえ流石に今のはちがうよな?
うん。違うよ。ていうか頼む。そうであってくれ!
「どういうことだ...?」
「本来であれば、あなたはさっき言ったように死ぬはずだったんす。けど、上から命令を受けまして。
あなたはこれから、あなたが今まで暮らしてきた世界とは別のもう一つの世界へ行ってもらうっす。」
「異世界...?」
「そうとも言うっすね。」
おいおい、まじかよ。なんだこの夢みたいな展開。今度こそは聞き間違いじゃないんだな?
「それで、俺は異世界に行って何をすればいいんだ?」
「あなたには魔王を退治してほしいっす。今の魔王はわがままでこちらの言うことをまったく聞かないので、上が手を焼いてるっす。そこであなたに魔王を退治してもらい、そのまま異世界の魔王として君臨してほしいっす。」
「え...お、おれが魔王になるのか?」
「そうっすよ。魔王がいないと勇者の目的が無くなりますし。それに観光客も減りますし。」
なんだよそれ!俺が魔王に!?
普通こういう時って魔王を倒したらなんでも願いを一つ叶えてくれるとか、そういうのがテンプレじゃないのか?
てか、なんだよ観光客って!?
「そ、その...俺が魔王になった時の報酬とかあるのか?」
「それはないっすね。まあでも、魔王っていったら世界の主なんで、やりたい放題って感じっすからね。それが報酬ってことじゃないっすか?」
ふむふむ。魔王になってやりたい放題と...。なかなか悪くない話ですね。
よりどりみどりの美女たちに囲まれながら裕福に暮らしたり、良い人ぶって調子に乗った勇者どもをぼっこぼこに出来ると......。
うんうん、全然悪くない。いやむしろ最高!!なってやろーじゃないの魔王ってのに!!!!
「そうか。わかった。俺は魔王を目指す。
これはただの疑問なんだが、どうして俺なんだ?」
「それは、自分にはよくわからないっすけど、神社会のトップに立つ"オオカミ"様が、決めたんだと思うっす。」
なんだよ、神社会って。神セ〇ンとかみたいでなんか気持ち悪いよ。
ほうほう、それでその王神様ってのが俺の才能に気付いたんだな。いい目してるぜ。
「ああ、それと、彼女も一緒に付いて行ってもらうっす。まあ、いろいろと詳しいことは彼女に聞いてほしいっす。自分も結構忙しいので。」
神の隣に立っていたナース服美女が静かに頷く。
ほうほう、彼女が俺の異世界ハーレムの一人目か...。最高だぜ!!!
「それじゃあ、早速行ってもらうっす。山田幸太郎さん、異世界でのあなたの名前はタロウです。こっちのほうが都合がいいっすからね。タロウさん、健闘を祈るっす。」
神が話し出すと、俺の頭上から七色の光が降り注ぐ。
俺はすっかりその光に見とれていたが、大事なことは聞き逃していなかった。
「タ、タロウ!?そんな日本人のテンプレみたいな名前はいやっ―――――――――」
最後まで言い切ることは出来ないまま俺の異世界転移が始まった。
「あなたの異世界生活に神からのご加護があらんことを―――――――」
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俺を包み込む七色の光が少しずつ薄れていく。
なにやら騒がしいな。
隣にはナース服美女。彼女は相変わらず静かだ。美しい...。
そして七色の光が完全に消えたのと同時に騒がしい理由が分かった。
俺たちの目の前には大量のモンスターがいた。
もしここで、平凡な冒険者なら悲鳴を上げるところだろう。
フッ、フフッ...。だが、俺はただの冒険者などではない。
なんてったって、俺は王神様から特別に選ばれた、魔王候補なのだからな!!
モンスターくん達には悪いが、ここで俺の恐ろしい実力を測らせてもらおうか。
俺は少しけだるそうに戦闘準備にとりかかる。
目を閉じて軽く肩を回す。はっきり言って意味はない。ただのかっこつけだ。
しかし、俺が目を閉じたその刹那、轟音が響く。
―――――――ヒューーーズバゴォォオオオオオンッ―――――
その轟音の後に訪れる静寂。
俺は目を開けた。
そこには、先程まで騒がしかったモンスター達の死骸。
そして先程まで俺の隣に立っていたはずの彼女はそこにいた。
「......行きましょう。」
「は、はいっ」
ちょっとぉおおおおおおおおお!!!!!!!
ここに魔王がいるんですけどぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!!
俺はこうして異世界での第一歩を踏み出した――――――――――――
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