プロポーズ、もとい、プロローグ
「好きです...俺と付き合ってください!」
とある放課後、きれいな夕焼けをバックに弱々しく、しかしどこか自信のこもった声が広い屋上に響く。
何を隠そう。そう、これは俺の声だ。俺は今、一世一代の告白の最中なのである。
まあ、もうやるべきことはやった。いつもは消極的なこの俺が、告白という大それたことをしでかしたのだ。
俺は、深々と頭を下げ、告白を受けている女の子に向かって真っすぐに右手を差し出す。
今現在、告白を受けている山口さんは黙り込んでいる。
そう彼女が俺の好きな人である。
俺は頭を下げているため、彼女の表情をうかがうことは出来ないが、まあ大丈夫だろう。
俺からの突然の告白に喜んでいるのだろう。そう、俺はこの告白に臨むにあたってかなりの準備をしてきたのだ。彼女の親友である中川さんも大丈夫だって言っていたし、心配ない。俺のリア充への道は約束されているのである。
彼女の返事を待つ間に、少し俺とマイハニーの説明をしよう。
俺の名は山田幸太郎、高校一年生だ。
ルックスはまあ悪くはないと自負している。身長も平均より少し高いくらいだ。
野球部に所属している。この物語の主人公だからって帰宅部じゃあないぜ。
そして彼女、もとい、マイハニーのフルネームは山口ひかり。テニス部に所属している。
ルックスはそこそこかわいいって感じだが、地味にモテる。
そこで俺は、どこぞの輩に彼女を奪われる前に、こうして告白までこぎつけたのだ。
まあ彼女のことについて語りだしたらきりがないので、今日はこのくらいにしておいてやろう。
って、それにしても随分と返事が遅いなあ。
俺の告白に相当驚いているようだ。この体勢を維持するのもなかなか辛い。
おっと、そろそろ彼女が返事をくれるようだ。俺は空気が読める紳士だからな。
マイハニーのどんな言葉でも受け止めてあげよう。
「え、えーっと、その、、ごめんなさい。」
ん?なんだ?俺は振られた気がするんだが、聞き間違いだよな。
まさかまさか、そんな訳がない。まったく、俺も結構緊張してたんだな。
「わ、わたし、最近部活が忙しくって。ほ、ほら、もうそろそろどこの部活も大会が近いでしょ?」
って、あれーーーーーーーーーー!?
これってもしかして俺、振られてるーーーーーー!?
聞き間違いじゃなかったのか。しかもなんだ、どうにもありふれた理由で断られたぞ。
おいおい、俺は知ってるぞ。確かにどこの部も大会が近い。もうすぐ夏だからな。
だけどお前は一年だろ!?大会なんて関係ないだろぉ!!
それに、テニス部ってやる気ないんだろぉ!!俺は知ってるぞ!
お前ら何のために、テニス部に入ってるんだよぉおおお!!
もっと熱くなれよぉおおおおおお!!!!!!
って違う違う。俺はあの、この世界の気温を操るおじさんではなかった。
ついつい気が動転してしまった。
しかしどうやら俺は振られてしまったようだ。
「そうだね。やっぱり大会も近いことだし、どこの部も忙しいよね。」
「う、うん......。」
やばい、やばいぞ。なんだこのきまずさは...。振られた時のことなんて全く考えてなかった。
くそ、もっとあらゆる状況を想定して置くべきだった。
(「HQ!、HQ!、応答せよ!、緊急事態だ、応答せよ!......。」)
俺は心の中で上官に指示を求めたが、返事はない。
く、くそ、ここはもう退散するしかないようだ。
「そ、それじゃあ、また明日。さよならっ」
俺は、マイハニー、もとい、山口さんに必死にさよなら(いろんな意味で)を言うと、脱兎の如く、その場から逃げ出した。
山口さんが言葉を返してくれたのかどうかもわからない。
俺はそこから一目散に帰路についた。一秒でも早く、学校から抜け出したかったのだ。
情けないが、逃げ足には自信がある。道中、何人かに声をかけられた気がするが、そんなの気にしない。
どのくらい走っただろうか、気付けば、学校なんてとうの昔に脱出していた。
かなり息があがっている。疲れた、かなり疲れた。
頭の中が真っ白。まさにそんな感じだ。
ふと、思い出す。いつもなら自転車で通っているこの通学路だが、今日は徒歩だ。
そう、今日は部活が休み。そして一世一代の告白イベント!
そして俺は、そのチャンスをつかみ取り、リア充の道を走り出す!
その一歩目として高校に電車で通っている彼女を駅まで送り届けるつもりだったのだ!!
そこで俺たちは、できたてほやほやのカップルとしていろいろと語り合う予定だった。
これからはお互いのことを下の名前で呼び合おうだとか、記念日には何をしようだとか、子供は何人つくろうだとか、そういう初々しい感じの話(最後のは初々しくないが)をしようと思っていたのだ!
それなのに、なんだこの仕打ちは!
まあね、本当はね、いろいろと怪しいなって思ってはいたんですよ。はい。
俺が友人に告白のこと打ち明けたらすごい顔してましたし。
さっきも言ったように、山口さんの親友に大丈夫って言われた時も目はこっち見てませんでしたし。
今思い返せば、なんて馬鹿なことをしたんだって感じですよ。
でもね、本当にいけるって思ってたんですよ!告白するまでは!
どんなことでも都合のいいように解釈してしまうんですよ!
これが恋ってやつなんですよ!胸がヅキヅキしたりとか、そんなんじゃないんですよ!
おっと、熱く語りすぎてしまいました。すいません。
思考がいろいろとこんがらがってしまう。
もう何もかもが嫌だ。何も考えたくない。しかしいろいろと考えてしまう。
焦らずとも、もっとゆっくりその期をまっていたら...。
もっと中川さんにいろいろと聞いていたら...。
そんなこと考えても仕方ないのだが、どうにも頭が勝手に考えを巡らせてしまう。
こういう時はあれだ。もういっそのこと叫びたい。
何も考えずに叫びたい。心が叫びたがってる気がする。
テレビとかで、水やら壺やらに向かって思いっきり叫んだりしていたのを見て、何が良いのかさっぱりわからなかったが、今ならわかる気がする。
よし、そうと決めたら思いっきり叫んでやる。
道行く人達がみんなこっちを見てしまうくらい叫んでやる。
年老いたおばあちゃんが驚いてぎっくり腰になっても知らない。
子供連れのお母さんが教育上みてはいけないもののように子供の目を隠したって知らない。
俺はやってやるぞ!
叫ぶついでだ。もういっそのこと走り出してやる。日本人初の9秒台をたたき出してやる。
そしてもう彼女のことは忘れよう。これから俺は、山口さんに振られた男として高校生活を送っていかなければならないがそんなの知らん。同じクラスの男どもからは冷やかされ、女どもからは同情の視線が、はたまた、汚物をみるような痛い視線が送られてくるかもしれないが、そんなのもしらん。
そう心に決めた俺は、気持ちを切り替え、新たな高校生活への一歩を踏み出す!!
...はずだった。いや正確には踏み出していたのかも知れない。実際に走り出していたのだから。
さきの心の中での宣言通り、俺は、ためらうことなく、そして力強く走り出した。叫び声と共に。
走り出すとともに、思いっきり声をあげた。だから、何も聞こえない、聞こえるはずがない。
しかし実際には聞こえてきた。トラックのクラクションの音が...。
そう、この時、山田幸太郎は交差点内にいたのだ。
対面する信号は赤色に染まっている。
信号付きの交差点内に、歩行者が侵入するなど全く考えていなかったトラックの運転手は、為す術もなく、山田幸太郎を轢き殺した。
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