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俺がやったっていうのか? これを……

 見捨てるなんてできるわけないだろ。


 そう思った瞬間――衝撃が走って身体が真横に吹き飛んだ。


「――ッ!?」


「口だけかクソガキ? つうか、毎年この時期になるとこういうバカが涌くんだよなぁ。だから大人の俺らが責任をもって、社会の厳しさってもんを教えてやるよ」


 俺は殴り飛ばされたのだ。そのことを認識するまで、数秒の時間を要するほどに混乱し、動揺した。


 衝撃と痛みで視界がぐるぐる回る。口の中が不快な血の味で満たされた。口の中を切ったついでに歯の何本か持っていかれたか……最悪、今ので顎が砕けたのかもしれない。


 痛みよりも動悸で苦しい。錯覚かもしれないが、脳が焼き切れるように熱い。


 まさか俺は、魔族じゃなくて人間に殺されるのか?


 ずっとこれまで、失敗しっぱなしだった。選択肢を間違えてばかりだった。


 だけど……自業自得だ。自分が選んだ事なんだ。花売りの少女を助けたいって気持ちも、レナを守りたいっていう想いも、全部俺の本心だ。


 ここで立ち上がらなかったら、俺はいったい、いつ立ち上がるんだよ。


「タイガ! 無理しないで!」


 レナの悲鳴のような声が響く。彼女を男の一人が背後から羽交い締めにする。


「なあ嬢ちゃん。どこの貴族様かしらねぇが、これから五人がかりでお相手してさしあげるぜ? げっへっへっへ!」


 レナは氷のように冷たい表情を浮かべ、告げる。


「今すぐ離しなさい。この場を去るというなら、今回だけは見逃します」


「なあ聞いたかみんな? お優しい貴族のお嬢様が見逃してくれるってよ!」


 ギャハギャハと下品に笑う男たち。


 俺は……右腕で口元の血をぬぐうと立ち上がった。


「レナを……離せ……」


 リーダー格がもう一度、俺の前に立つ。


「おお! 立ち上がるとはお前こそ真の勇者だ。褒美にもう一発くれてやる……よ!」


 大きく振りかぶるような緩慢な動作から、リーダー格が再び拳で俺を打ち据える。


「――!?」


 俺はその大ぶりなフック軌道のパンチを――見切る。


 先ほどまで男の動きをまともに認識できていなかったのに、今はまるでスローモーションがかって見えるのだ。


 顔面めがけて迫るリーダー格の男の拳を、軽く前腕で払うようにした瞬間、男の巨体がブンッ! と、音を立てて城壁に激突した。


 城壁に激突すると、リーダー格の男はぐったりと動かなくなった。


「な、なにしやがんだテメェ!」


 レナを羽交い締めにしている男を除いた三人が、俺に向かってくる。


 俺は反撃に転じた。


 弓のように腕を引き絞ってから、体重を乗せ、繰り出すように拳を前に向けて……放つ。


 が、前足の踏ん張りが効かない。先ほど殴られた衝撃が尾を引いて、腕を振るいながら俺は膝から崩れ落ちた。


 すると――


 風を切る音が爆ぜた。音速で飛ぶ戦闘機が空気の壁を突き破った時のように。


 俺に向かってきた三人の男たちが、生まれた衝撃波の余波で、その場にのけぞるように尻餅をついた。


 そして、俺が腕を振るった先にある巨大な城壁が……グワン! と、音を立ててえぐられたのである。


 壁はがらがらと崩れる。崩壊する。


 厚さ五メートル以上はある堅牢な城壁は、レナの話によればただの石造りの壁ではなく、魔法によって強化がされているという。


 そんな壁に、ぽっかりと大穴が空いた。


「へ?」


 思わず間抜けな息が漏れる。


 壁の向こう側にはのどかな田園地帯が風景画のように広がっていた。


「ば、化け物だッ!? 城壁に……城壁に穴を開けやがった!」


 レナを羽交い締めにしていた男が悲鳴を上げた。


「お、俺がやったっていうのか? これを……」


 目端に入る違和感に気づいて視線を落とすと、俺の右腕は……人間のそれではなくなっていた。


 全体をトゲのような鱗に覆われ、指先に鋭いかぎ爪を備えた――言われた通り化け物の腕だ。


 男たちは壁にめり込み失神したリーダー格を残して、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


 わけがわからない。けど――


 どうやらレナを守ることができたみたいだ。安堵の息が漏れる。


「ハァ……良かった。レナ、怪我はしてないか?」


 振り返ると、そこには美しい刀身を抜き払い、切っ先を俺に向けた少女の凛々しくも、緊張に満ちた顔があった。彼女の視線は俺の変容した右腕に釘付けだ。


「貴方、魔族だったのね。私の事もすべて知っていて、話を合わせて油断させ、人気の無い場所に誘い込んで……この私を討ち取る魂胆だったのでしょう? すっかり騙されたわ」


 先ほどまでとは別人のように、レナの視線は厳しく冷たい。


 魔族……って、やっぱりこの腕か。うん、言い訳できる状況じゃないな。いつもこうだ。




 いつもこうだよ!!




 また選択を誤った。いや、ああするしか無かった。俺はただレナを助けたかっただけなのに、なんでこんな腕になってるんだよ!? どうして彼女に剣を向けられるようなことになるんだ!!


「いや、ちょっと待ってくれレナ。これには訳があるんだ」


「問答……無用!」


 釈明の機会は与えられず、レナは刃を翻して俺に迫る。


 速い。先ほどスローモーションに見えたゴロツキどものリーダー格とは、根本的に身のこなしが違う。


「うわあああああああああああああああああああああああああ!」


 悲鳴を上げながら彼女の振るう剣に俺は死を予感した。


 ガキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 咄嗟に出した……というか、出てしまった上腕が剣を弾く。


「クッ……硬いわね」


 レナの声色にさらなる緊張が走った。反射的に腕を振るったのだが、トゲのような鱗に覆われた腕は、レナの初太刀をしのいだのだ。衝撃は感じたが痛みは無い。


「待って待って待って! こちらに戦闘の意志はないんだ! 落ち着けレナ!」


「落ち着いていられるわけないでしょ!? その腕、人間のものじゃないわ! この城壁の探知をかいくぐるほど、高度に人間に擬態するなんて……迂闊だったわ」


「いやそうなんだけど! 人間の姿で街に紛れ込んだのもそうだし、確かに俺は魔族といえば魔族なんだけれども! って、おおい話を聞いてくれえええ!」


 返答代わりに次々と放たれるレナの剣。その太刀筋が徐々にだが見え始めた。気付けば片腕だけでなく、俺の両腕が魔族のそれと化している。


 左右の腕で交互に剣を弾きながら、耐える……耐える……耐え続ける。


 彼女に悪気は無いのだ。こちらが反撃に転じてレナを傷つけるなんて本末転倒だ。


 十秒以上続いた嵐のような剣の連撃が……ぴたりと止んだ。


「ハァ……ハァ……どう……して……反撃して……こないのよ?」


 レナは切っ先をこちらに向けたまま、肩で息をする。


「反撃なんてしないって! 俺は人間だ!」


「その姿でなにを言うの? まるで伝承に残る魔王の姿そのものじゃない?」


「えっ? ま、ままま魔王って……」


 気付けば腕だけでなく、衣服がはだけて胸元や足までも竜のような鱗に覆われていた。


 全身化け物状態だ。残念ながら自分の顔は見られないが、おそらく異形の相貌になってしまったのだろう。


 悲しげな瞳でレナは言う。


「私を殺しに来たんでしょ? 魔王フランジェリコ」


 苦々しい表情を浮かべて、少女は魔王の名を口にした。


 そっか俺……魔王になっちまったんだな。けど、それでも心は人間だ。


「い、いや違う俺は通りすがりのトカゲ人だ。そうそう! 良く魔王に間違われるんだよ」


 レナはそっと首を左右に振る。俺に向けた切っ先がプルプルと震えていた。


 もしかして、怯えてるのか?


 レナは声まで震えさせた。


「我が家の文献に残された通り、一字一句違わぬ姿をしているわ。その竜のような姿をわざとさらして、私を恐怖に震えさせて喜んでいるんでしょ?」


「女の子の泣き顔で喜ぶ趣味はないぞ! だいたい、仮に俺が魔王だったとして、どうしてレナを狙ってわざわざ魔王が殺しに来るんだよ?」


 レナはそっと左手を自身の胸に添えた。


「当然でしょ。私は……レナ・ブルーラグーン。勇気の泉に祭られた勇者の末裔だもの」

今夜24:05の更新もおたのしみ~!

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