やれるもんならやってみやがれクズ野郎ども
レナの足取りはずっと軽いままだ。一方、俺はというと……だいぶ疲れてきた。
どうやらこの肉体は本当に人間並みで、魔王に転生したなんて嘘なんじゃないか? ってくらい、足も棒になれば腹も減る。外見だけ人間で中身はもう少し強靱でもいいじゃないか。完璧すぎる擬態も考え物だな。
レナは鍛えているようで、まったく疲れを見せなかった。
だが、流石にそろそろ休みたい。
「なあレナ。休憩にしないか? 実は朝からなにも食べてなくてさ」
自分のお腹の辺りを軽くさすってみせると、楽しげだった彼女がハッと気まずそうな顔をする。
「ご、ごめんなさい。タイガと一緒だと楽しくて、お話しするのに夢中になってしまって……」
「いやいいよ。勇者の話を聞くのは俺も楽しいし」
「ありがとう。優しいのね。タイガって勇者のなんたるかというか、心根を理解してる気がして、ついつい語りたくなってしまうの。本当に勇者の事を知らないのが不思議なくらい」
勇者に関する知識が無くとも、こうしてレナと話せるのはひとえに“愛読書”のおかげだ。
俺の知る勇者と彼女の勇者は別人だけど、世界が違っても勇者に求められる勇気や正義や愛はさほど変わらないらしい。
「ええと……確か飯屋がある通りはあっちの方角だったよな」
立ち止まって振り返る。来た道をこのまま戻ると、飲食店のある冒険者街へは大分遠回りになりそうだ。
「ちょっと冒険してみようぜ?」
「え、ええ。そうね! 勇者に冒険はつきものよね」
今度は俺がレナを引き連れて、目抜き通りから脇道に入った。
大通りから一歩外れると、がらりと雰囲気が変わる。左右を建物の壁に挟まれた道は細い通路のようで、入り組んでまるで迷路のようだ。
引き返そうかと思った時には手遅れで、俺とレナは初めて訪れた街ですっかり迷子になっていた。
「なんか……完全に迷ったみたいだ。ごめん……」
「そ、そうね。えっと……こういう時は焦らずに一旦、外壁を目指しましょ?」
レナは街を囲む外壁を指さした。確かに壁際まで一度出てしまえば、そこからぐるりと迂回して、元の目抜き通りに戻るのも簡単そうだ。
近道を選んで余計な遠回りをするなんて、悪い意味でいつも通りだな俺。
細い通路を何度も折り曲がり、方向感覚がおかしくなりそうになったものの、無事、外壁までたどり着いた。
中心街から離れ、人気の無い寂しい路地に出る。見上げると首を痛めそうになる高い外壁は、空を塞ぐようにそびえ立ち相変わらず迫力があった。
「ふう、あとはこの壁沿いの道を進んで、どこかしら大きな通りに出れば……っと、それにしても本当にデカイ壁だなぁ」
高さ100メートルにも達しようかという壁は分厚く、まさに城塞都市って感じだ。レナが頷きつつ俺に訊く。
「バルガルディアは特別よね。けど、タイガの住んでいる街にだって城壁くらいあるでしょ?」
「あ、ええと……あるある! こんなに立派なのは見たことないってだけでさ」
「そうよね。この街の防衛機構は王都並みで、城壁にかけられた警戒や防御の魔法は、どれも特別強力っていうし」
「特別って……例えば、魔王軍が攻めて来ても守りきれるくらい……とか?」
つい余計に訊いてしまった。レナが意外そうに目を丸くさせる。
「ええ。壁を破ろうとするなら、それこそ魔王が直々に攻撃でもしないとびくともしないという話よ。知っていたのなら、どうして訊いたの?」
「いやいや知ってたわけじゃないんだけど……それなら安心だ」
「……?」
レナはますます不思議そうに首を傾げた。
俺にとって、この街の防御が固いというのはなによりの朗報だ。
ほっとしたらお腹がぐううっと鳴った。
「あら、まるで獣の唸り声みたいな腹の虫ね」
「まずはこいつを黙らせなきゃな」
今度こそゆっくりご飯でも食べながら、レナに勇者学園の事を詳しく聞くとしよう。
「案内してくれたお礼に、ごちそうするぜ!」
人の金……もとい、魔王軍の軍資金でな! 目指すは冒険者街だ。
と、誘ってはみたものの、レナから返答が無い。まさか食事をごちそうするのって、この世界じゃマナー違反だったのか?
心配になる俺をよそに、レナの視線はじっと遠くを見据えていた。
「ねえタイガ……あれ」
白い指先がそっと俺の背後を指す。振り返ると、そこには筋骨隆々のガラの悪い男たちの一団と、怯える少女の姿があった。
少女が手にしている篭には色とりどりの花が咲き乱れている。
花売りの少女だ。
少女を壁際に追い詰めて、男の一人が言った。
「なあ嬢ちゃん、いくら街の中が安全だって言っても、一人で人気の無いこんな場所まで来ちゃだめだよなぁ? おじさんたちが守ってやるから」
「え、ええと、遠慮しておきます!」
女の子は震える声で涙目だ。
「そう言うなって。花だって買ってやるよ。ほら、全部でいくらだ? つうかよぉ……売ってる花はそれだけじゃねぇんだろぉ?」
男の一人が下品に嗤う。残念ながら、この世界の人間にもゲスはいるらしい。
思い出してみれば魔王を語る不届き者がいるくらいだしな。
「タイガは下がっていて。ここは私が話をつけてくるわ」
レナが男たちに向けて歩き出した。
「お、おい! ちょっと!」
相手は屈強な大男だ。しかも五人。話し合いで解決できるとは思えない。
レナは剣の柄に軽く手を添えていた。まさか実力行使するつもりかよ!?
「なあ兄貴! 女がこっちにきやすぜ?」
男たちの中でも一番の下っ端風がレナを指さした。
「ほう。上玉じゃねぇか」
俺は……俺の足は勝手に駆け出していた。レナと男たちの間に滑り込む。
「ちょっと待った! いいかレナ。いくら強いっていっても相手は五人。どう見ても女性の扱いに疎い方々でいらっしゃるのは明白だ!」
「どいてタイガ。そういう人間こそ見過ごせないわ。勇者たる者、弱きを守って悪をくじく……そうでしょ?」
レナは至って真剣だ。男たちは「なんだぁ? 痴話げんかならよそでやれや?」やら「いやむしろよぉ、男の連れが見てる前でってのは中々おつなんじゃねぇか?」と、下劣な妄想を口々にし始める。
俺は花売りの少女に告げた。
「ここは俺に任せて行ってくれ!」
男たちは花売りの少女に興味を失ったらしく、窮地にあった少女はこちらにちょこんと一礼すると、たどたどしい足取りで逃げていった。
「あ、危ないところをありがとうございました!」
花売りの少女は一目散に路地の奥へと走り去った。
「ってちょっと待って! いや待たなくていいから衛兵とか街の治安を維持する自警団とか、そういう人を呼んできてくれ! お願いします頼むからーッ!」
路地裏に消えた少女からの返答は無い。ああ、これは助けが来るのは望み薄だな。
俺は振り返ってレナにも告げる。
「レナも逃げて……いや、衛兵を連れてきてくれ! ここは俺が時間を稼ぐ!」
「これくらいの相手なら私一人で……」
そうこうしているうちに、五人の男たちにすっかり取り囲まれてしまった。
リーダー格がにじり寄って俺を見下す。
「せっかくの獲物が逃げちまったじゃねぇか。責任とってもらうぜ兄ちゃんよぉ?」
やばい。勢いでこうなったものの……俺って今まで喧嘩で勝ったことがないんだ。
中学時代に同じ失敗をして、なんで異世界でまで繰り返してるんだよ!
しかも、今回は俺一人がボコボコにされるだけじゃ済まないじゃないか。
あの花売りの少女を見捨ててでも、レナを連れて、すぐにこの場を離れるべきだった。
また、選択を間違えたのか? いや……でも……。
「やれるもんならやってみやがれクズ野郎ども」
口から自然と言葉が漏れた。
明日も12:05と24:05更新です~!