レナならきっと一流の魔法剣士に……いや、本物の勇者になれるよ!
目抜き通りを二人並んで歩く。街の中心側にもう一枚城壁が建っていた。レナが指差して説明を続ける。
あの壁の向こうが勇者学園になるらしい。街を上空から見下ろすと、ちょうどドーナツの穴にあたる部分が全部、学園の敷地だそうだ。
今俺たちがいるのが学園の外側にある街部分――いわゆる“外街”だ。毎年受験生を受け入れるのはもちろん、学園の生徒を学外から支援して栄えているのだとか。
「外街には魔法書の専門店に武器防具のお店も一通り揃ってるわ。学園に入学すれば在学中は装備の貸し出しもしてくれるのだけれど、より高品質な物を求めるなら外街で購入するのが早いわね。国中探しても、ここほど充実している街は片手で数えられるほどしかないわ」
通り沿いの店は相変わらずどこも賑わっている。見ればやっぱり客のほとんどが十代だ。俺は小さく息を吐く。一週間後の試験に向けて、誰もが準備に余念がないってことだな。
「みんな国中から入学を目指して集まったんだよな。しかも一週間も前に。試験ってやっぱり相当難しいのか?」
「筆記試験は一般的な知識が中心ね。それよりも面接での本人のやる気が重要みたい。こればかりは私も初めて試験を受けるから、伝聞でしかないけど」
レナから話を訊きながら商店の建ち並ぶ通りを抜ける。その先は生産系の生徒が世話になるであろう、素材屋や工房のあるエリアだった。勇者を目指す人間をサポートするため、薬を調合したり、武器や防具を生み出す職人御用達の店がずらりと並ぶ。
「こっちはそんなに人がいないんだな」
「人気は剣士や魔法使いといった戦闘職だから」
説明を続けるレナ自身も例に漏れない。
「ええと、レナはやっぱり剣士なのか?」
腰に下がった長剣に俺の視線が落ちるのに気づいて、レナは頷いた。
「正確には魔法剣士ね。と、言っても非力さを魔法で補っているだけなのだけど」
少しだけばつが悪そうに彼女は言う。けど、魔法剣士ってなんだかスマートでかっこいい。冒険者パーティーの花形って気がする。そう――
「剣も魔法も使えるなんて、まるで勇者みたいじゃん?」
レナは足を止めた。
「え、ええと。ありがとう。私なんてまだまだだけど、貴方にそう言ってもらえると……すごく嬉しいわ」
どうやら勇者というのは、レナには褒め言葉になるみたいだ。
どことなく恥ずかしそうに膝の辺りをモジモジさせるレナに、俺は続けた。
「レナならきっと一流の魔法剣士に……いや、本物の勇者になれるよ! って、ほとんど初対面の人間に言われても説得力なんてないかもしれないけどさ。少なくとも俺はそう思う」
困っている人間にこそ救いの手を差し伸べる。彼女からにじみ出る不思議な気高さと優しさに、俺は心を打たれたのだ。
レナはますます顔を赤らめると、再び歩き出した。ちょっとだけ歩調が早い。
「つ、次の通りに行きましょう」
「お、おう!」
着いていくと、職人街から宿屋や飲食店のたちならぶ冒険者街に出た。
一歩先を行くレナが、振り返りながら俺に訊く。
「ねぇ、タイガは……勇者の事をどう思う?」
ざっくりとした唐突な質問だ。
たしか……二百年前、魔王フランジェリコの肉体を滅ぼし、人間世界を守った救世主……だったよな。他に知っている事といえば、噴水広場の彫像くらいだ。
「ごめん。ええと、知らないんだ。うちの地元って、本当にドがつくクソ田舎でさ。それでも弱きを助け悪しきをくじき、魔王を打ち倒したんだから、きっとすごい人だったんだろうなぁ……って。そもそも、ただ強いだけじゃ、みんな勇者って尊敬を込めて呼ばないと思うんだ」
レナがまた足を止めた。首だけでなく、身体ごとこちらに振り返ると、突然俺の手を両手で包むように握ってブンブンと力強く上下に揺らす。
「私もそう思うわ! 魔王を倒しただけでは人々は決して勇者と讃えなかった。勇者が勇者である由縁は、その胸に勇気だけでなく、慈しみの心を抱いていたからよ。もし勇者が魔王を倒すために犠牲を払うことをいとわなかったら、いくつかの街はこの世界の地図上から二百年前に消えていたの!」
そのままレナは堰を切ったように勇者の偉業を並べだした。めっちゃ早口で。
エルトゥナの奇跡。シャガーデン要塞の攻防。地獄の門の封印。東方大遠征。聖剣誕生……etcetc。
どうやら二百年前の勇者は、魔族に支配された街の全てを奪還して魔王領に攻め入ったらしい。
ロールプレイングゲームで言えば、サブクエストを全部クリアするタイプだ。
彼女の言葉に相づちを打ちながら返す。
「うんうん……聖剣かぁ……そうなると、やっぱり勇者には剣に見合うだけの必殺技が必要だよな」
「もちろん編み出したわ! けど、それは未完成だったの」
「そうなのか。なんか意外だな」
レナは伏し目がちになった。
「実はその必殺技は、仲間たちやこれまで勇者が助けた人々の祈りの力を得て、ようやく完成するものだったの。人々の想いを一つに束ねて、最強の一撃を放ち魔王を倒したのよ。邪悪な心臓を貫く最終奥義ね」
つい俺は自分の心臓のあたりに手を添えてかばってしまった。
「あらどうしたの?」
「い、いやぁ……解る解る。仲間との絆がアレがああしてって感じで」
「勇者が救い続けてきた人々が、最後は力を与えて孤独に戦う勇者を救う! 燃える展開ね!」
鼻息も荒く熱く語りながら、レナがぎゅっと俺の手を握り直した。
「タイガって勇者の気持ちが解る人みたい」
「俺にも尊敬する人がいて、その人が勇者っぽいっていうか……」
ずばり愛読書の影響です。
レナは力強く頷いた。
「なんだか、私たちって気が合うのかもしれないわね」
「お、おう。そうだな……うん」
「この街に来て最初に出会えたのが貴方で幸運だわ。さあ! 次の通りに行ってみましょう?」
勇者について熱く語るなんて、レナも俺と同類だ。この世界の勇者に憧れているんだろうな。そういえば魔法剣士ってスタイルも、文武両道な勇者っぽさがある。
足取りも軽く上機嫌なレナを見ていると、こっちまで嬉しくなった。
そんなこともあってから、またしばらく街をぐるりと巡るように歩いて、主要な建物や役所や、治安を守る衛兵たちの詰め所の他に、冒険者ギルドなんかを二人で見て回った。
こんな美少女とお近づきいなれるなんて、異世界に来てから俺……もしかしてついてるんじゃないか?