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綺麗だったんで、つい見とれちゃって

 軽鎧姿だ。剣士風の若者は何人も見かけたが、誰よりも凛として様になっている。装飾過多ってほどじゃないが、鎧には美しい彫金まで施されていた。


 腰の剣は彼女が扱うにはやや長すぎるようにも思えたが、これまた装飾の施された鞘だけでも、お高そうな印象だ。


 きっと抜けば素晴らしい刀身が収まっているに違い無い……と、あれ? どこかでこの剣、見たことがあるような気がする。ああ! 勇者の彫像の聖剣(アレキサンドライト)にそっくりなのだ。


 それもあってか、勇ましくも美しい姿は少女ながらも、まるで本物の勇者のようで、つい見とれてしまった。


「どうしたの? あの……こちらから声を掛けておいてあれなのだけど、そんなにじろじろ見られると、少し恥ずかしいわ」


 その凛々しさとは裏腹に、少女は困ったように眉尻を下げる。


 剣や鎧がいくら素晴らしくても、それを身につける彼女自身の魅力にはかなわない。


 背中を覆うほど長い銀髪は風に揺られてサラサラとしていた。太陽の光をうけて天使の輪のような光沢をたたえている。


 瞳は大きくオレンジがかった明るい茶色だ。困りながらもまるでうららかな春の日差しみたいに優しかった。


 肌は透き通るようで唇はぷるんと柔らかそうな桜色をしていた。


「綺麗だったんで、つい見とれちゃって」


 素直な感想で返すと、彼女は小さく息を吐いた。


「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」


 なんだか冷めた眼差しだ。いや、それもそうだよな。


「ごめん。見ず知らずの女の子に綺麗だとかって、まるでナンパみたいだし」


 バカは死んでも治らないとはよく言ったものだ。またやらかした……と、反省する俺に、少女は驚いたように目を丸くした。


「私の事を知らないの?」


「当然だろ。今、ここで初めて会ったんだし……あの、もしかしてこの世界の有名な方ですか?」


 途中から恐る恐る敬語になってしまった。それくらい彼女は自信満々というか、自分の事を知っているのは当然と言わんばかりなのだ。


 剣士風の少女は首を傾げる。


「この世界の?」


「あ、いやいやいやなんでもないから!」


 慌てる俺に少女はププッと小さく吹き出すと、どことなく恥ずかしそうに眉尻を下げながらほっぺたを赤くした。


「こちらこそごめんなさい。みんな私のことを知っているのが普通だったから……そうじゃない人がいるということを失念するなんて……そういう所がダメなのよね」


 結局どこの誰だか、さっぱり解らない。


 少女は軽く腕を組み、じっと値踏みでもするように俺を足下から頭のてっぺんまで観察した。


「それにしても興味深いわ。初対面の女の子にさらりとそんな事を言えるなんて、貴方、変わっているのね」


 冷めたような目が嘘みたいに、彼女はらんらんとした瞳で俺の顔をのぞき込む。


 うっ、なんか顔が近いぞ。それに得も言われぬ、かすかに甘いフルーツみたいな良い匂いがする。


「最初は街の人かと思ったけど、纏っている雰囲気からして、どうやらただ者ではなさそうね?」


 彼女の言葉につい、乗ってしまった。


「ふふふ。気付いたか。そう、我こそは村人風の姿をしていながら、実はこの世界の真の支配者……」


 って、やばい。マリーとやりとりした時の魔王節が残りっぱなしだ。


 少女は半歩下がると背を逸らせるようにして、素っ頓狂な声を上げた。


「えっ……ええっ!?」


 困惑させてしまったみたいだ。素直に言おう。


「ええと……今のは冗談で、実は俺、勇者学園に入学したいんだけど、田舎者なんで右も左もわからなくて、こうして途方に暮れていたんだ」


 正直に話すと少女は「入学志願者なら、私と同じね」と、笑顔になった。


 それからそっと、俺に手を差し伸べる。剣の使い手らしからぬ綺麗な指先だ。


「私はレナ。貴方の名前は?」


 レナか。良い名前だな。優しくて清廉な響きだ。


 やっと名前を知ることができた一方で、二つほど問題発生だ。一つは汚れを知らなさそうな美少女の手を、こうもあっさりと握り返していいのかということ。もう一つは……。


「え、ええと……」


 魔王フランジェリコってのがある意味、この肉体の本名なんだけど、それを言うわけにはいかない。人間世界では正体がバレても死。その名を騙っても死だ。


「タイガだ」


 迷いはしたものの、差し出された手をそっと握り返す。すると彼女は笑顔を弾けさせた。


 可愛い。またしても見とれてしまいそうだ。


「よろしくねタイガ。その様子だとタイガもまだ街に来たばかりなのよね?」


「ああ、そうなんだ。到着したのも本当についさっきでさ」


「これも何かの縁かもしれないわね。だったら今から一緒に街を回ってみない? 年に一度の入学試験までまだ一週間もあるんだし、しばらく滞在するならこの“外街”に慣れておくのも悪くないと思うの」


「え? そんなに……」


 一年に一回だけの試験に偶然にも間に合ったと思えば幸運だけど、つい本音が漏れた。


 レナが目を丸くする。


「知らなかったの?」


「ここまで来ればひとまずは学園にかくまわ……ええと、試験ってヤツを受けられると思ってたから。そっかぁ……試験は一週間後かぁ」


 競争率平均十倍以上。テスト全般が苦手な俺には厳しい現実だ。腰のベルトにつけた小袋はパンパンだった。試験官に袖の下でなんとかならんかな。情報によると学園は腐敗してるっていうし……。


 そんな邪悪な考えを巡らせている俺に、レナは訊く。


「そういえば、タイガの出身地はどのあたりなのかしら?」


「ええと……ずっと東の方だな。超が付くほどのド田舎でさ」


 レナはじっと俺の顔を見つめた。黙られると気まずい。


「な、なんだ?」


 ふぅっと息を吐いて彼女は俺に告げる。


「今は小競り合いばかりと聞くけれど、東方は魔族との戦いの最前線……ド田舎だなんてとんでもないわ。そこから来たならタイガって、もしかしてかなりの使い手なのかしら? 軽装だけど、専攻は剣術?」


「い、いやいや、全然。剣なんて触ったこともないよ」


 勇者に憧れてはいたけれど、剣どころか竹刀すらもろくに握ったことがない。


「それじゃあ魔法使いなのね? 剣術を使えるなら剣を携えているはずだし」


 自分の早とちりを困ったような笑顔でレナは誤魔化した。


「魔法も……ええと、使えないというか……」


「なら、何が得意なの? 学園は様々な職種の冒険者を育成するけど……もしかして生産系? 一流の防具鍛冶職人とか」


 レナは俺がどういった力を持っているのか計りかねているらしい。なにか得意ジャンルを言わないと不自然か? けど、剣も魔法も使えやしないぞ。見栄を張って嘘吐いても彼女を騙すだけだ。さっきマリーを騙したばかりで、舌の根も乾かぬうちに同じ事を繰り返すのも気が引ける。それにマリーの時はあくまで緊急避難的な意味合いがあった。


 俺はしごく真面目にレナに告げる。


「得意な事とは違うだろうけど……あえて言うなら、俺が誇れるのは勇気かな」


 嘘じゃない。ただ、なにも持ち合わせていないんだ。だからこんな台詞で誤魔化すしかないのが情けない。


 するとレナの瞳が不意に、うるっと潤んだ。


「私の尊敬する人も同じ事を言ってたわ。勇気の泉で同じ志をもった貴方のような人から、門出の日にその言葉を聞けるなんて……ちょっと嬉しいかも」


 あ、あれ? 無理矢理ひねり出しただけなのに、思いの外レナの心に響いてしまったみたいだ。


 レナはもう一度俺の顔をまじまじと見つめた。


「ねえタイガ、以前にどこかで会ったことって……無いわよね?」


「しょ、初対面だぞ」


 俺がこの世界に転生して、まだ数時間しか経っていない。


 しかし、こうして視線を合わせていると不思議と緊張してくる。レナが可愛いからという以上に、背筋がゾクッとするのはなぜだろう?


 ブンブンと頭を左右に振って、この奇妙にまとわりつく気配を振り払うと俺は改めてレナに確認する。


「一緒に街を回るって話だけどさ……」


「え、ええ。タイガがさえ良ければだけど」


 学園のことやらなんやらは、一緒に歩きながら訊けばいいかもしれない。


「もちろんだ! というか、こっちこそお願いします!」


 身体をくの字に曲げて礼をすると、レナは「そんな大仰ね」と、小さく笑って見せた。

明日からは12:05と24:05の一日二回更新です

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