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死ぬかと思った……マジでなんなんだよッ!?

 しばらくして、これまで点在していた街とは比べものにならない規模の、ひときわ高い城壁に囲まれた、巨大な都市が地平線の先に姿を現した。


「そろそろ地上におりますわね。空からの侵入は目立ちすぎてしまいますし、さすがにあの規模の城塞都市ともなると、結界などの警戒網も厳重ですから」


 黒豹はすいーっと音も立てずに、城壁都市の遙か手前にある森の中へと降り立った。


 近くに整備された街道があるのは上空からも確認済みだ。まだ日も高い。距離はそれなりにあるが、歩いて街にたどり着けるだろう。


 黒豹の背に跨がったまま森を行く。が、すぐに街道に突き当たり、俺はようやくその背中から降りた。


 まだ残る飛翔の浮遊感に、足が浮き上がりそうなこそばゆい感触を覚える。


 地面を踏みしめ大地に立つと、俺は黒豹の顔をじっと見据えた。


 そういえば、この黒豹の名前を訊いていなかったっけ。


「ご苦労だった……ええと、名は何という?」


「記憶が戻っていないとはいえ、マリーの名までお忘れなのですか? ではアノ約束も……」


 黒豹は悲しげな顔をした。人の顔でなくとも、声色や雰囲気で黒豹――マリーが深く悲しみ傷ついているのが解る。しかし……口振りや声の感じからしてやっぱりというか、黒豹は女の子だったようだ。


 下手な受け答えをしてボロを出すのは避けたいが、悲しみに暮れる女の子をこのまま……ってのもどうなんだ人として。


 なんと言えば快く別れられるだろう?


 俺は頭の中で愛読書のページをたぐった。魔王ノクターンの台詞の雰囲気を再現するように告げる。


「すまぬな。いずれそなたとの約束も思い出すだろう。きっと、それを果たすために、我は早くこの世界に復活を遂げたのだ」


 女の子を騙す罪悪感がチクリと胸に痛い。が、背に腹は代えられない。


 勇者学園まであと少しだ。あそこにたどり着けば、きっとどうにかなるはず。というか、そうであってくれ。


 マリーが牙を剥いて口をガバッと開いた。一瞬、身じろぐ。彼女の中の触れてはいけない部分に触れてしまったかと思ったが、その反応は怒りや落胆ではなく……歓喜だった。


「ああ、なんということでしょう! では魔王様が思い出された頃に、また参上いたしますね。それまでどうか、有意義なご視察を」


 そんな“頃”はやってこないんだけどな。


 その場でくるんと身を翻し、太く長い尻尾を左右に揺らしてみせてから、マリーは翼をはためかせて天へと駆け上がっていった。


 彼女の後ろ姿はあっという間に小さくなり、遠くの空に消えたのを確認すると同時に、俺は尻餅をつく。


 そのまま石畳の街道のど真ん中に大の字になった。


「ハアアァ……死ぬかと思った……マジでなんなんだよッ!?」


 持てる知識の全てをフル動員して、なんとか危険を回避することができた。


 本当に……本当に読んでて良かった「魔王殺しの黙示録」!


 このまま街道を行き、城塞都市に逃げ込むことができれば、まずは一安心だ。何せお金もたっぷりあるし、俺の見た目はどこからどう見てもただの人間なのだから。


 っていうか勇者学園か。あれ? もしかしてこれって……運命なんじゃないか?


 スタートがラスボスの居城からだったけど、街に行けば俺、念願の勇者になれるかもしれない!!






 (バルガルディア)に近づいてようやくその大きさを実感した。遠い空から眺めるのとはやっぱり訳が違うな。


 まるで高層ビルのように高い石壁が、ぐるりと街の外周を包み込んでいる。どうやって建築したんだろう。これも魔法の力によるものだろうか。ともあれ見上げているだけで、首がどうにかなりそうだ。


 城塞都市の入り口も、壁のスケールに合わせたように、高さ十メートルを優に超える巨大な観音開きの扉がつけられていた。


 開かれた門の前に数人の衛兵がいるものの、監視の目は緩い。検問もなく人や荷馬車の往来は自由で活発だ。それに紛れて城壁内にあっさり入ることができた。


 拍子抜けだ。衛兵も道行く人々も、誰一人として俺の事など気にも留めない。人間への擬態は完璧――ってところだな。いや、俺は気持ちの上では人間だぞ。


 だいたい肉体だって今まで通りだし、本当に魔王に憑依したのかさえ疑わしい。


 なんてことを考えながら、活気溢れる賑やかな街の目抜き通りを進む。商店も様々で、食材を売る店や日用雑貨の店はもちろん、武器や防具の専門店に魔法に関する書物を扱う書店まであった。どこも賑わっているが、俺と同年代っぽい若い連中が多かった。


 それにしても、異世界だというのに異国情緒溢れるという気がしないのが不思議だ。


 あてどなく進むと、石畳の広場に出くわした。街の憩いの場って感じだな。中央に大きな噴水が涼しげに水を噴き上げている。白い大理石製だ。噴水には“かつて魔王と戦った勇者とその仲間たちの彫像”が建ってられていた。


 聖剣アレキサンドライトを腰に携えた勇者とおぼしき少年を中心に、おそらく賢者か大魔導士という風体のローブ姿の美しい女性と、屈強な戦士風の男が並ぶ。戦士は柄が自身の身長ほどもある、巨大な戦斧を肩に担いでいた。


 なんでそんなことがわかるのかと言えば、どうやらこの広場は観光地らしく、噴水の前に立て看板があったのだ。


 噴水の名前は勇気の(ブルーラグーン)というらしい。看板に書かれた文字は見たことも無いものなのに、するすると頭の中に情報が入ってくる。


「文字が読めてるっぽいな」


 街についてからの妙な安堵感の正体は、文字が読めていたことにあったようだ。


 この世界に俺を送り込んだ存在――平たく言えば神様が気を利かせたんだとでも思っておこう。できれば魔王城からじゃなく、この街から始まってくれれば良かったのに。


 さて、これからどうしたものか。


 噴水広場を囲むような半円形の階段に腰掛けて、道行く人の流れを観察していると、またしても気付いた。


 やっぱりだ。俺と同じくらいの年齢のヤツがやけに多い。


 冒険者風だったり、魔法使いっぽいローブ姿だったりと、身なりはそれぞれ違うのだが……街の住人や村人風な服装の人間の方が少なかった。


 地元の人間“らしくない”彼ら彼女らは、勇気の泉に硬貨を投げ入れ、祈る。


 まるで参拝客だ。下手に神様に祈ると雷を落とされて別の世界に飛ばされるぞ。


 そんなことをぼんやり思っていると――


「ねえ、貴方……地元の人?」


 不意に声を掛けられて、ついビクッとなった。振り返ると、そこには――とびきりの美少女が立っていた。

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