全ては我が計算のうちだ
ともあれ、決め手になったのは彼女の言葉だ。
「もし彼が魔族なら、勇者の末裔である私を最初に殺すはずです。が、私はこうして生きています。そしてなにより彼は……タイガは……私の大切な仲間です」
とは、定期戦闘会終了後に行われた査問会でのレナの証言だった。
もし俺がギム・ラムレットほどの実力者を手玉に取る高位魔族なら、学園が壊滅させられていてもおかしくない。が、そうはなっていないという逆説的な証明によって、俺は潔白となった。
こうして戦闘会の余韻も残しつつ、学園は通常授業に戻っていった。
しばらくは今回の戦闘会の加点でしのげるものの、俺は相変わらず魔法の初級クラスの授業で落ちこぼれる寸前だ。
魔王の力に頼った魔法の使い方をすると、その強大な力に振り回されてしまう。だから封印したのだ。人間の俺の魔法適性はかなり低い。
午前中の初級魔法の座学が終わったところで、俺はマリーと二人、学園の屋上に足を運んだ。人払いの結界を張ったところでマリーが息を吐く。
「ふぅ……ようやく二人きりになれましたわね。ところで、クランの件はいかがいたしますの?」
「それについては前向きに検討中だ。二人きりで話すにしても、このような場所より屋敷があるほうが良いだろう。レナをリーダーに立て、煩わしいことはすべてあの小娘にやらせるとしよう」
実はレナからクラン設立の申し出があったのだ。メンバーはリーダーを含めて最低三人は必要で、申請に際して俺とマリーの名前が挙げられた。
レナをリーダーとし、サブリーダーには俺が就任ということになるだろう。
贔屓されることに気後れするレナだが、ギムが去った今、クラン棟の奥にある屋敷は空き家だ。
「うふふ♪ まさか学園内に第二の魔王城が誕生するだなんて、素敵ですわ魔王様」
愉しげに微笑むマリーに俺は無言で頷いて返す。
「ですが魔王様……たった三人でよろしいのかしら?」
レナがクランの立ち上げを発表すれば、参加したいという人間は恐らく後を絶たないだろう。
「よほど使えそうな人間がいれば手下に加えるとしよう」
「これからどうなさいますの?」
「この『魔王』の姿をさらしたことも、勇者の末裔たるレナから『タイガ・シラーズに危険はない』と衆目の前で言わせたことも、全ては我が計算のうちだ」
「さすがですわ魔王様! もはや魔王様を誰も魔族だとは思いませんわね……ただ、レナがその……理由はありませんが、とっても気になりますの! 魔王様のお姿を見ても、まるで動じませんでしたし」
「ふむ。実はレナには部分的に変化する様を事前に見せておいたのだ。特異体質だということも吹き込んでくれたわ。人間の娘を欺くなど容易いことよ」
という設定でマリーに説明すると、レナと事前に口裏を合わせ済みだ。
「そうでしたの……けれどあの娘は妙に勘が良いですわ。わたくしが囚われた時も、居場所をすんなり見つけて……ですから、魔王様の正体に気付いてしまわないかと思うと……やはりここは事故に見せかけて……そうすれば第二魔王城で魔王様とわたくしだけの、甘い生活が幕を開けますわ」
「心配には及ばぬ。勇者の末裔など我が本気を出せばいつでも葬ることができるからな。それにクランには最低三人のメンバーが必要だ。第二魔王城を維持するには、レナがいるのは都合が良い。せいぜい利用してやろうではないか」
「は、はい! そうですわね! レナなんていつでも始末できますものね!」
心酔しきった表情のマリーに不安は増すが、俺はあくまで魔王を演じきる。
不敵に笑うと、マリーは「どこまでもお供いたしますわ魔王様」と、跪いて忠誠を誓うのだった。
熱烈な親愛を向ける高位魔族の扱いに、慣れてきた自分がちょっと怖いぞ、俺。
日が暮れて、今夜もこっそり寮を抜け出すと俺は学園校舎の中庭の、イチイの木の下で彼女を待った。
レナ・ブルーラグーン。この世界で唯一の、俺の理解者だ。
「もう剣術の特訓を再開するなんて、無理してない?」
「いいんだ。魔法はからっきしだし、盾もなくなっちまったからな。剣術に生きるためにも、今夜も頼むよ!」
レナは聖剣アレキサンドライトを抜き払い、俺も長剣を手に対峙した。本当は適性的に俺は盾との相性がいいのだが、それだとレナが教えられないということもあって、剣の修練に励むことにしたのである。
なにより勇者を目指すなら、やっぱり剣は使えた方がいい……とは、レナの言葉だ。
俺自身も、一時的に無理矢理支配したとはいえ、聖剣を振るったあの感触が忘れられない。
彼女からマンツーマンで実戦的な訓練をみっちり受けて、合間の休憩時間には俺の世界の事をレナに話す。この時ばかりは先生と生徒役が入れ替わりだ。
そして一呼吸ついたところで、特訓の二ラウンド目に入った。
華麗な剣舞とともにレナが俺に訊く。
「ところでマリーの事だけど……」
「ああ、ええと……大丈夫だ。相変わらずうまくやってるよ」
二人きりとはいえ、マリーがどこかで見ているやもしれない。選ぶ言葉は慎重にしないとな。
俺の「大丈夫」という一言で、レナはしっかり頷くと再び聖剣を閃かせた。間合いが詰まると、レナが誰にも聞こえないよう、小声で俺の耳元で囁く。
「魔王になったら殺せっていう約束だけど」
「あ、あれは心まで魔王になったらって意味だぞ」
「そうね、もしタイガがマリーと一緒になったら、二人とも私が倒しちゃうから。だから……」
「えっ?」
「な、なんでもないわ! ほら、次は三連突き行くわよ!」
普段よりも鋭い連続攻撃に、俺は反撃どころか避けるのでいっぱいいっぱいだった。
今日も魔王は学園で学び続けている。未来の勇者を目指して。
ひとまずはここまでです。
お付き合いいただきましてありがとうございました~!
おくらだしではありますが、九月一日から連載開始中の
「無課金無双」もお楽しみいただければ幸いです。(こちらは完結済みで9/23まで毎日更新となります)
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