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レナには一生、頭が上がらなさそうだ

 が、闘技場のステージ場外から抗議の声が上がる。


「うるさいうるさいうるさいだまれええええええええ! 愚民どもがああああ!」


 ギムは何を思ったのか、聖斧をレナに向けた。


「貴様は魔族に洗脳されたのだ! 英雄の恥さらしめ!」


 聖剣を持たないレナに、あろう事かギムは斬りかかる。魔眼が未来を読み解いた。


 レナの身体を引き裂く白刃――ギムは本気だ。正気じゃない。


 咄嗟に地面を蹴ると、レナに向かって猪突猛進するギムとの間に、俺は跳び込むように割って入った。


 魔剣化した聖剣はまだ、俺の支配下だ。


「お前の負けだ……ギム・ラムレット」


「バカ……な!?」


 本当に俺が魔族なら、勇者の末裔を同じ英雄である聖戦士の末裔が殺すのを止めたりはしないだろう。勇者の血脈が絶えるのは願ったり叶ったりだ。


 だけど俺は……人間だ。


 急所を外してギムの手足の腱を狙う。一瞬で四カ所を聖剣で切り裂くと、ギムはその手から聖斧を落としながら前のめりに倒れた。


「ふ、ふざけるなああああ! この汚らわしい魔族があああああああああああああッ!!」


 俺は聖剣を逆手に持ち直した。ゆっくりと引き上げ……倒れたギムの頭部めがけて突き立てる。


 ギムの耳元に聖剣がズサリと刺さった。そっと剣の柄から手を離す。刃は元の白刃に戻った。


「ひぃッ!?」


 合わせて傲慢不遜を絵に描いたような男が、倒れたままブルリと震え上がる。


 その姿を見下ろすと、しゃがみ込み耳元で囁いた。


「こんなナリでも俺は人間だからな。お前がどんな奴でも……殺したりしないさ」


「――ッ!?」


 可能な限り冷たい口振りで告げると、聖戦士の末裔はその場でフッと意識を失った。


 ゆっくりと腰を上げて立ち上がり、俺はレナに頭を下げる。


「ごめんな。世話になってばっかりで。レナの助けになるつもりがこんなことになって……レナがいなかったら、今頃俺は……」


 両手の鱗が空気に溶けるように消えていく。やっと肉体が警戒を解いたらしい。俺の四肢も胸も顔も人間のそれへと戻った。いや、取り戻した。


 勇者の末裔のレナがそばにいて、魔王が警戒を解くなんて不思議な感じだ。


 レナはそっと俺の右腕を上げさせる。


「勝者タイガ・シラーズ!」


 レナの言葉に客席から喝采が起こる。マリーはといえば、まだ惚けていた。あいつはああなっている方が世界も学園も平和だな。


 レナがそっと俺の腕を降ろして微笑む。


「言ったでしょ? 味方になるって」


「レナには一生、頭が上がらなさそうだ」


「もう逃げないわ。ずっと監視してあげるんだから」


 冗談めかしく言いながら彼女は続けた。


「今回の件で、やっぱり自分が……この世界の人間なんだって思ったの。マリーの正体を聞かされた時、覚悟は出来ていたはずなのに、すぐにタイガのことを信じてあげられなくて……ごめんなさい」


 俺はそっと首を左右に振る。


「謝らないでくれよ。マリーの事、助けてくれてありがとうな」


 俺は彼女の瞳をまっすぐに見つめた。ようやくレナも安堵したような笑みを溢す。


 すると、客席から生徒が一人飛び出して、ステージ上までやってきた。


 ギムの忠犬――斥候のロディだ。気絶したギムを案じて駆けつけるなんて、殊勝なところもあるじゃないか。


 と、思いきや、足下のギムには一瞥もくれず、ロディは俺とレナの前に立った。


「いやぁお二人さん! 素晴らしい! レナ様の演説にもほれぼれでさぁ。このロディ、心をいれかえやした。それにしてもタイガの旦那は本当にお強い!」


 腰を低くして揉み手で近づくロディを、レナは警戒するように睨みつける。


 俺は笑顔で返した。


「で、何のようだ?」


「そう邪険にしないでくだせぇよ。タイガの旦那がすごいってことは、あっしも気付いてたんでさぁ。実はギムの野郎にはコキ使われっぱなしで、犬以下の扱いでほとほと参ってたものでねぇ。だから人質を取ってギムの卑劣さを、公の場で晒すお膳立てをしたんですってば。いやぁハメてやってスカッとしましたよ! で、ご相談なんですけどね旦那。今までのことは綺麗さっぱり水に流して、今度こそレナ様の……あ、いや旦那のクランにあっしを……」


 なるほど自分を売り込みに来たってわけだ。俺は拳を握った。魔法力を込めるが、肉体が魔族化する寸前のところで留めると……。


「二度と俺たちの前に姿を現すな」


 その顔面に拳を叩き込む。大きく弧を描いてロディの身体がステージの外へと吹き飛んだ。


 と、同時に俺の身体から力がフッと抜けていく。


 どうやら魔王の魔法力で圧倒したとはいえ、ギムとの戦いで負ったダメージが今になって効いてきたようだ。


 薄れ行く意識の外で、倒れる俺の姿に客席から悲鳴を上げてマリーが近づいてくるのが見えた気がした。







 定期戦闘会の全日程が終了した。俺の成績は――なんと学年トップだ。


 ギム・ラムレットの稼いだ星のすべてが俺に加算された結果だった。


 まあ、それを知ったのはしばらくあとのことで、ギムとの決闘のあと意識が戻らず、俺は三日ほど昏睡状態だったらしい。


 代わる代わる、レナとマリーが看病をしてくれたそうだ。


 そして目覚めると、戦闘会優勝の栄誉とともに、ギム・ラムレットが自主退学したことを知らされた。


 ギムのクランは解散し、彼の取り巻き連中は学園内でもすっかり肩身の狭い思いをしているという。


 ちなみにギムのペットだったロディはといえば、自分は被害者だと訴えて、しぶとく図太く学園に残りながら、次に取り入る有力クラン探しに精を出しているらしい。


 そして俺の処遇はといえば――


 ほとんどこれまでと変わらなかった。


 一時、俺の姿が魔王に似ているという噂は立ったのだが、度重なる偽魔王騒動で人間世界に魔王の虚像が広まっていた事に加えて、魔王が復活するには早すぎるということで、噂は噂の域を出なかった。


 俺の姿を魔王と認識できた人間は、実はレナだけだ。それも彼女がご先祖様をきちんとリスペクトしていたからで、同じ英雄の末裔のギムでさえ、俺の姿を「化け物」とか「魔族」というだけで、魔王とは結びつけられていなかった。


 そもそも講師たちでさえそうなのだ。近年、本物の魔族はほとんど人間の前に姿を現していないらしい。


 まあ、マリー曰く「わたくしのように暗躍する魔族もおりますし、仮に正対しても『生き残った』人間はいませんから、自然と目撃者もいなくなるというものですわ」とのことである。魔族と遭遇してしまった人間の末路は、推して知るべし。


 そういった事もあって俺が「特異体質」で済まされた……といえばそんなわけもなく。


 すべてはレナの取り計らいのおかげだ。勇者の末裔という立場と彼女の人間性が俺を救ってくれた。

次回も24:00~

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