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だから……これ以上はやめてくれ

「どうした? 来ないというならこちらから行くぞ?」


 ギムが片手で持った聖斧を無造作に振るう。瞬間――大気が裂けるような爆音とともに、前に向けて構えた盾がズンッと重くなった。


 聖斧の放った衝撃波が正面から衝突したのだ。


 現実は思っていた以上に残酷だった。


 こんな威力の攻撃を続けられて、耐えきれるだろうか?


 早くも俺の作戦は瓦解寸前である。


「ほう……防いだか。今の一撃で場外まで吹き飛んでいれば良かったものを」


 人質を取って上から目線な正義の大戦士様相手に、言われっぱなしで引き下がるわけにはいかない。


 盾と盾の隙間からギムを睨み返した。


「それじゃあ俺がわざと負けたようにしか見えないからな。外野からケチがつかないよう、全力を出し合うのが定期戦闘会なんだろ?」


「口だけは達者なようだ。では、言い訳が立たぬよう、完膚無きまでに叩きのめしてやる」


 ギムが片手持ちした聖斧を振り上げながら地を蹴った。次の瞬間には俺の眼前に聖斧の刃が届く。


 双盾に魔法力を込める。肉体が魔族化するギリギリのラインだ。


「――ッ!?」


 聖斧を一撃、二撃と加えるギムの眉間に皺が刻まれる。こちらも必死だ。盾で受け止める。弾く。防ぎきる。


 英雄の末裔たる自分が圧倒的に上だというのに、きっと彼はこう思ったに違い無い。


 こんな雑魚が聖斧の連続攻撃をなぜ受け止められる? と。


 目の前で俺が壁のように立ちはだかること自体が、聖戦士の末裔ギム・ラムレットには不快で不可解に違いない。


「こしゃくな真似を!」


 今度は両手に持ち直した聖斧の一撃が飛んでくる。


 ……お、重いッ!? 少しでも気をぬけば盾ごと真っ二つにされそうだ。


 今まで以上に強力な一撃を受け止めた右腕がうずく。腕の表面にうっすらと鱗が浮かんだ。危険な兆候に背筋が汗で冷たくなった。


 不安を振り払うように俺は吠える。


「こんのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 腕を振るって盾で弾く要領で聖斧の刃を押し返した。予想外に発揮された俺の膂力に、ギムが一歩下がる。


「俺様を……後退させただと」


 一瞬とはいえ魔王の因子が開き欠ければ、こういうことも起こりうる。


 が、何も知らないギムの表情は驚愕よりも怒りに満ちていた。俺のような田舎者の素人の雑魚に押し返された事が、よっぽど腹立たしいらしい。


 腕が魔族化しかけても、盾のおかげでなんとか隠すことができているのだが、それも今のうちだ。


 なんとか隙を突いて突進を決めないと盾が持たない。突進は盾の大きさを利用する技だ。盾に魔法力を込めて押し出すことで、初めて技として成立する。


「追い詰められると人間、思わぬ力を発揮するんだぜ?」


 ギムが俺を睨みつける。


「平民出の雑魚が俺様に刃向かうなど……許さん……許さんぞ貴様ぁッ! 虫けらは地面を這いつくばっていれば良いのだ!」


 来る。ルール上、殺してはいけないという理性が最低限の所でつなぎ止めていた、加減されたものではない本気のそれが。感情剥き出しの攻撃が!


 ギムがこちらに一歩を深く踏み込んだ。聖斧の間合いに入った瞬間、刃の嵐が俺の目の前で吹き荒れる。


 息つく暇無く白刃が、俺の構えた双盾を削りとっていった。ギムの攻撃は左右から∞の軌道を描いて俺を滅多打ちにする。


 こらえろ。耐えろ。この嵐を乗り切れば勝機があると信じて。


「守っているだけでは勝てないぞ?」


 ギムは嗤う。


 盾に隠されてはいるものの、俺の腕は左右両方とも、前腕部分が魔族化していた。まだそのシルエットが変わるほどの異形化はされていないが、あと一押しでトゲ状の鱗が開いてしまいそうだ。


 それでも魔王の魔法力のおかげで、この聖斧の連続攻撃に持ちこたえられている。が、盾は徐々に削られて、覆い隠す面積が小さくなりつつあった。


 さらに攻撃を加速させてギムは言う。


「どうした? 盾術の中でも双盾はその大きさを武器にするのだろう? ずいぶんとみすぼらしくなったな」


 こいつ、盾術を知ってるのか。ということはこの戦いでの、俺の狙いも見透かしているってことじゃないか!?


 いかに魔王の強大な魔法力があっても、元々の装備の格による強度差は埋めがたい。


 武器庫に眠っていた双盾も悪いものではなかったが、相手の武器は魔王を倒した一行(パーティー)の一人が使ったという、言わば伝説級の逸品だ。


 双盾は二回りほど小さくなり、いつ砕けてもおかしくは無かった。


 相手が一枚以上、上手だった。


 ごめんレナ……守るなんて言って……やっぱり俺には無理だったよ。悔しい気持ちよりも自分が情けない。


 別の世界に生まれ変わっても、俺、結局なにもできなかったんだ。


「降参する」


 これ以上攻撃を受け続けるのは危険だ。夜の森でマリーを手に掛けそうになった、あの時の感覚がよみがえる前に……負けを認めよう。


「不許可だ。俺様に挑発的な態度を取った以上、ただの敗北で済むと思うなよ」


 攻撃の手を緩めずギムは一笑に付した。


「なんでもする。だから……これ以上はやめてくれ」


 言葉が自然と懇願していた。このままだと俺は、肉体のみならず心まで魔族に染まってしまいそうだ。


 次第にギムの動きが気配でわかるようになった。次の攻撃の軌道を手に取るように感じられる。まずい……魔眼が発動しかけている。


 俺の変調に気づかずギムは勝ち誇った表情だ。


「なんでもする……か。ならば死ね。死んでしまえ。貴様は目障りなのだ。俺様の所有物になるはずだったレナに近づいたというだけで、万死に値する」


「英雄の末裔が人間を殺していいのか?」


「貴様ごとき雑魚一匹、俺様の権力(ちから)でどうとでもなる。試合で死ぬこともあるが、それは力量差が起こした不幸な事故だ。俺様の経歴に傷一つ残らん」


 ギムの視線が一瞬だけ、ステージ場外に降りた審判役に向けられた。ギブアップを宣言したところで無駄という念押しだ。審判役は見て見ぬ振りだ。いや、ギブアップの宣言を聞かぬ振りか。


 世界のほとんど全てが俺の敵だ。


 掛けられたわずかな声援も同情に近い感情でしかない。


 マリーもレナもいない。


 先ほどまでの客席のお祭り騒ぎが、困惑混じりのざわめきに変わっていた。




「おい、誰か止めなくていいのか?」


「けど審判が続行させてるし……」


「あれだけの攻撃を受けて、持ちこたえてるのはすごいけどさ……」


「いくらなんでもやり過ぎだろ」


「降参すればいいのに」


「降参を宣言する余裕も無いんじゃないか?」




 客席で生まれた戸惑いが水面の波紋のように広がっていく。個々の声が聞き分けられるなんて、耳まで魔族化しつつあるんじゃないか。


 ダメだ。このままじゃ……ギムを相手に盾で腕を隠して、可能な限り人間の姿を維持したまま戦おうなんて考え自体が甘かった。

次回も24:00~

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