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約束は守れよ?

「誘拐……って」


「さっきわざわざロディが忠告しに来た。明日のギムとの決闘から逃げないようにって……」


 レナは大げさなくらいブンブンと首を左右に振る。


「あり得ないわ。だって……マリーの実力は私と同等……ううん、もしかしたらそれ以上かもしれないもの」


「そ、そうなのか?」


「彼女の魔法に関する理解度や魔法実技の実力は、紛れもなく学園でトップクラスよ。上級クラスに入ったって五指に数えられるわ。血筋を誇るだけで努力を怠るギムの取り巻き連中に、本物の実力者のマリーを誘拐なんて出来るとは思えないのだけど」


 ますますレナの表情が怪訝そうなものになる。


「そうかもしれないけど、マリーだって不意を突かれたら……」


 レナは大きく息を吐いた。


「あのね……マリーは今日までたったの一度も、私に隙を見せていないの。ただ者じゃ無いわ」


 しごく真剣な顔つきでレナは俺の目を見る。


「ねえタイガ。これが最後よ。真実を話して」


 さらに詰め寄るレナに、俺は……。


「じ、実は……マリーは……」


「マリーは?」




「魔族……なんだ」




 驚くだろうと思ったが、意外にもレナの表情は変わらない。


「やっぱり……ね」


「気付いてたのか?」


「確証は無かったわ。ただ、そうでもなければ説明がつかないもの。マリーはさしずめ、貴方の護衛として魔王軍が差し向けたというところね」


 全てを理解した。そんな雰囲気だ。


 レナはそのまま俺に背を向けた。


「なんでもっと早く相談してくれなかったの?」


「こっちにも色々と事情があって。マリーが魔族だってレナが知ったら、そのまま戦闘開始……なんてことになるかもって……」


 レナの背中がゆらりと遠のいた。肩を落としたまま彼女は歩き出す。


「私のこと……もっと信じてくれていると思ってたのに……」


 返ってきたのは、鼻に掛かった涙混じりの声だ。


「ま、待ってくれレナ! 騙すつもりなんて無かったんだ!」


「来ないで……こんな顔……泣いてるところなんて見せられないから」


 彼女の足は止まらない。追いかけないといけないと思うのに、一歩が踏み出せない。足が鉛のように重たいのは、罪悪感のせいだ。


 騙すなら最後まで騙しきるべきだった。半端な嘘ほど相手を深く傷つける。


 そうでなければ嘘などつかず、すぐに彼女に全てを打ち明けるべきだったんだ。


 レナを信じる事ができなかった。


 レナを泣かせてしまうなんて……。


 彼女の「泣き顔なんて見せたくない」という拒絶に、俺はその場で石のように固まってしまった。どんな言葉で取りつくろっても、余計に溝が深まるようで追いかけるのが怖かった。


 俺はまた、選択を誤ったんだ。




 定期戦闘会――最終日。


 俺は独りぼっちだった。レナとは昨日の朝に別れてからそれっきり。今日は一度も彼女の姿を見ていない。


 双盾を手に、闘技場のステージへと上がる。360度見渡す限り、生徒や外街からやってきた人々で客席は埋め尽くされていた。


 すでにステージの反対側には、聖斧を背負ったギムが仁王立ちで待っている。試合の規模が大きいため、学園の職員から審判役が立てられた。


 今日の戦いを取り仕切るのは、先日、クラン棟エリアの奥にある館の中庭で、ギムの暴走を止めた若い講師だ。


 ギムの身内じゃないか。審判までお抱えとは、やっぱり徹底しているな。


 こんな不利な戦いにレナが引っ張り出されなかったのだけが救いだ。


 さあ、もう後には引けないぞ。と、自分に言い聞かせる。


 もし、俺が死ぬかそれに近い追い詰められ方をしようものなら、マリーが復讐の鬼と化すだろう。今はどこに閉じ込められているかも解らないが、彼女がその気になれば監禁場所から逃げるのなんて簡単だ。


 下手をすれば逆上したマリーが会場中の人間を皆殺し……なんて大惨事にもなりかねない。


 ハァ……まいったな。


 吐息混じりに左右の腕に盾をベルトで固定する。ステージ中央に歩み出ると、ギムが俺の装備を一瞥するなり嗤った。


「なんの冗談だ? その時代後れの遺物は」


「まあそう言うなって。話に聞けば盾っていうのは、しごく勇者的な装備なんだろ? 俺みたいな雑魚が相手だからって、あんまり油断してると足下をすくわれるぜ?」


「ほざけ……下郎」


 それにしても、人質まで取ったわりにギムは堂々としたものだ。


「こうして逃げずに出て来たんだ。約束は守れよ?」


「何の話だ?」


 腕組みをしたままギムは微動だにしない。何の話と来ましたか。本当に知らないのか、それとも知らない振りをしているのか……どっちにしたって同じことだ。


 こいつをこのままにはしておけない。今こそレナから受けた恩義に報いる時だ。


 ギムが背負った聖斧を手にした。


「一目見た時から、貴様は気に入らなかったからな」


「そいつはお互い様だ」


「誰もが俺様にひれ伏すというのに……実に不快だ」


 ギムがブンッ! と聖斧を振るうと、衝撃波が闘技場のステージにつむじ風のように舞った。こちらも盾を身構える。


 決闘に臨む双方の準備が整うと、会場内は拍手と声援で大盛り上がりだ。といっても、声の大半は「三分粘れよ!」だとか「一分で決めてくれ!」という野太い声だ。


 中には俺への声援もあったが、無理するなとか骨は拾ってやるとか……いや、応援になってねぇよ!


 誰も俺の勝利を信じていない。当の俺自身でさえも不安は否めなかった。


 ギムは眉一つ動かさず宣告する。


「せっかくの余興だ。せいぜい楽しませろよ」


「こっちは命がけだっての」


 審判役が腕を上げて、振り下ろしながら「試合開始」の宣言をした。すぐに審判役はステージ外に出る。ラムレット家の関係者なら、ギムの戦い方が周囲を巻き込むことは重々承知というわけだ。


 この決闘の一番のルールは「相手を殺さないこと」だが、希に命を落とす者もいるらしい。


 もし、不幸な事故が起こった場合、それが故意であったかどうか査問が行われるのだが、ギムならしかるべき場所に裏から手を回して不問にしてしまうだろう。


 盾を構えて出方を待つ。もともと積極的に仕掛けるような武器じゃない。


 まずは攻撃を受けきって、相手が消耗したところで突進(チヤージ)をかける。場外に押し出して勝つ。俺の用意した作戦はシンプルそのものだ。悲しいかな、もとより複雑な作戦を立てたところで実行に移せるだけの技量が無い。


 勇者なら強大な敵相手に知恵と勇気も振り絞るのに、俺ができるのは力押しだ。

次回も24:00~

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