結果……このざまだがな
レナが目を皿のように見開いた。
「格付けって……」
「あくまで俺の見立てだけどさ、ギムが学園を支配したいと思うなら、一番の障壁は同格のレナだと思う。ギムが自分のクランにレナを欲しているのも、レナを自分の下に置くためだ」
レナは自分のせいだと思い詰めたような顔つきだ。
「い、いいわよ。負けても。私が我慢すれば……それでタイガが戦わないで済むなら……」
俺はゆっくり首を左右に振った。
「レナの敗北はレナだけのものじゃない。学園に入学してまだ一ヶ月ちょっとだけど、みんなレナのことを慕ってる。俺もそのうちの一人さ」
「そ、そんなこと無いわよ! みんな遠巻きに見るばかりで、話しかけてくれたりしないし」
「それはまあ……恐れ知らずな俺と違って、遠慮してるだけさ」
誰もがレナ様と敬称で呼ぶのは、レナが勇者の末裔というではない。彼女の気高さを感じているからだ。
同じ英雄の子孫のギムが、女子たちを中心に平民出身者からは嫌われている。ギムに従っている連中も心からではなく、あいつの持つ権力が目当てなんだろう。
俺はレナの説得を続けた。
「品行方正なレナがギムみたいな暴君に屈したら、この学園は力が支配する世界になる。それは弱きを助け悪をくじく勇者の理念に反するだろ? こんな脅しじみた策謀を巡らせるギムなんかに、レナが負けちゃいけないんだ」
レナは小さくうつむいた。彼女がギムに劣っているとは思わないけど、決闘の審判役が公平なジャッジをするかというと、期待薄だ。他にもどんな罠をレナに仕掛けてくるかわからない。
一方、ギムは俺の力なんて眼中にも無いだろう。
「だからさ、俺はやっぱり逃げられないよ」
「決闘を受けるっていうの? だ、ダメよそんなの!」
今にもレナは泣き出しそうだ。彼女に責任なんて微塵もないのに、それを感じて悲痛な表情を浮かべている。
マリーは小さく下唇を噛んでこらえているようだった。きっと魔族の彼女としては、言いたいことが山ほどあるのだろう。彼女が本気を出せば暗殺で済むのだから。
だが、俺との約束を守って「許嫁のマリー」を演じ続けている。
俺は静かな口振りで諭すように続けた。
「まあ、決闘と言っても試合なんだし、俺は死んだりしないって……それに負けるつもりは無い。相手が英雄の末裔だろうとな」
マリーは「当然ですわ」と言わんばかりの表情だ。
レナはといえば「いくらタイガの成長がめまぐるしくても……」と、不安そうにしていた。
俺はニンマリ笑って二人に告げる。
「大丈夫だって。上手くやるさ」
二人とも俺の中の魔王の力の存在は知っている。
そう、上手くやればいいんだ。
最悪なのは、ギムとの決闘の途中で死にかけて肉体が暴走。俺の正体が衆目に晒されることである。
だからこそ……もう一度特訓が必要だ。魔王の力の一部を制御して英雄の末裔に対抗しつつ、どれだけ死にかけても魔王の肉体にならないよう、我慢する術を見つけなければならない。
俺はロディから受け取った書簡の封を解く。手紙の内容を確認すると、返答に条件を付けることにした。
ギムとの決闘を受ける代わりに、決闘は定期戦闘会の最終日とすること。
稼いだ時間で少しでも対抗策を講じるためである。
これまでずっとここぞという時に限って失敗してきた。
けど……今回ばかりは確実に正解を選ばなければならない。
しくじれば死だ。それが自分であれ、レナであれマリーであれ、対戦相手のギムであろうと、誰の死であっても俺にとっては敗北だった。
どうしてギムを殺して俺の負けになるのかといえば、そうなった時点で俺の理性は吹き飛んで魔王化している可能性が高いからだ。
勇者を目指す俺にとって、これ以上の敗北は無い。
こうしてギム・ラムレットとの決闘は試験期間最終日の日曜午後に決定した。
会場には学園内でも一番大きな中央闘技場が用意され、今回の戦闘会のメインイベント扱いだ。
外街では賭けが横行し、オッズは俺の勝利に千倍以上。これではギャンブルにならないと、開始何分で決着がつくかという方向で調整される始末だ。
一分以内の決着の倍率が1.1倍。下馬評は覆らないというのが大半の見方である。
そんな話を小耳に挟んで暗い気持ちになりながらも、俺は挑戦状を叩きつけられた日の夜から秘密特訓を開始し――早くも三日が経過した。
場所は郊外の森で、相手は黒豹の半獣人化したマリーである。まだ本調子ではない彼女だが、この事態に無理を押しての協力だ。
マリーは闇に溶け込むように森の暗がりに隠れると、俺の死角から突然現れては鋭い爪で一撃を残し、また闇の中へと消えていく。
意志を持ったかまいたちのようだった。その都度、俺の肉体は反射的に魔王のモノへと変化して、致命傷を防ぐ。まずいな。このままじゃ同じ事がギムとの決闘で起こるのは火を見るよりも明らかだ。
「クッ……やっぱり変化を完全に抑え込むのは難しいか」
弱音を漏らすと、大樹の陰からマリーが音も立てずにスッと姿を現した。
「魔王様。こうなった以上はわたくしがギムとか言う不逞の輩の寝込みを襲い、始末するのが最善かと」
「待て。もしそのような事になれば、ようやく手なずけることができた勇者の末裔が警戒するであろう。刺客の存在に気付けば、レナの身を案じてブルーラグーン家が彼女を学園から引き戻すやもしれぬしな」
マリーはその場に跪いた。そっと頭を垂れる。
「し、失礼いたしましたわ。魔王様の計画に水を差すなど、我が身の浅慮を呪いますわ」
「顔を上げよマリー。時に、暗殺以外で何か案は無いか?」
黒豹の尻尾をピンっと立てて、マリーは瞳を輝かせた。
「僭越ながら申し上げますわ! 魔王様はその内に秘めたる莫大な魔法力を『抑え込もう』としていらっしゃいますが、考え方を変えてみてはいかがかと愚考いたしますの」
「ほう……力の解放か?」
「いっそのこと、隠し立てなどせず全力をもって学園を蹂躙してしまうのですわ! その力を持って勇者の末裔も従わせればよろしいかと」
だめだこいつ。穏便に済ませたいとこちらが何度言おうがお構いなしだ。
けど、待てよ。先日、マリーを危うく手にかけそうになったこともあって、力を抑制する方に意識が行ってばかりだったけど……。
解放する方向性は試していなかった。
俺は魔法力を右腕だけ解放した。前腕部が鱗に覆われる。これは、俺が魔法力を肉体に留めることを意識したことで、その負荷に肉体が耐えられるように変化した……という結果だ。言わば保護。安全装置が働いたということである。
ならいっそ、その“肉体の保護”を意図的に無くした場合はどうだろう? 俺はマリーに命じる。
「訓練を再開する。先ほどと同じパターンで我に攻撃を仕掛けよ」
「承知いたしましたわ」
正対していたマリーが自身の後方に跳んで闇に消えた。直後、俺の背後に殺気が生まれる。一瞬でぐるりと俺の後ろに回り込むなんて、まるで瞬間移動だ。
振り返りざま、俺は右腕を無造作に払った。
ゴスッと、振るった腕に手応えを感じる。衝撃とともに、前腕に痛みと痺れが走った。
「キャアアッ!?」
小さく悲鳴を上げてマリーの身体が宙を舞う。彼女を吹っ飛ばした俺の右腕は……人間のままだ。
すぐに空中で一回転して姿勢を整えると、マリーはスタッと両足のかかとを揃えて綺麗に着地を決めた。彼女の瞳は満月のように丸くなり、俺の右腕を注視する。
「お、驚きましたわ。その腕……人間のものではありませんか?」
「ああ。肉体の保護をせずに魔法力を注入した。結果……このざまだがな」
ブギャッ! と、潰れるような音がして、俺の肩から先がぞうきんを絞ったようにねじれる。
「なんというご無理を!」
「ふ、ふふ……何事も試してみなくてはわからないものだ」
あまりのグロさにそのまま俺は前のめりにぶっ倒れると、意識がフッと途切れた。
次回も24:00に~




