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よくぞ忠義を果たした

 魔王が勇者とその仲間たちによって倒されたのが、ちょうど二百年前。


 肉体を失い魂だけの存在となった魔王は散り際、人間たちに「五百年後に復活を果たし、今度こそ人類を滅ぼす」と宣言したらしい。


 魔王を失った魔族の軍勢は人間たちの領域から撤退し、現在、人間と魔族は休戦状態にある。


 人間たちは五百年後に復活する魔王に対抗すべく、次世代の勇者や英雄を育成する機関を設立した――とのことだ。アブサンは口元を緩ませた。


「育成機関とは、寿命に囚われた人間どもの苦肉の策と言えましょう。無論、我らも魔王様の復活の日を、ただ心待ちにしていたわけではございませんが……まさか二百年で復活なされるとは思いませなんだ。しかしながら、急がれたからか魔王様の肉体は不完全。まるで人間のような脆弱なお姿に……先ほどは差し出がましいことをいたしました。魔王様と同じ屈辱を共有したいなど、我が一族が変身能力に長けるという増長以外の何物でもございません」


 獅子男から見れば普通の人間は弱々しい“不完全”な姿なのかもしれない。


 魔王の肉体のみならず、中身まで人間と知れたらどうなるんだ?


 これはボロが出る前に、どうにかして人間世界に逃げた方がよさそうだな。


 けど、どうやって? 勇者没後二百年のこの世界で、いったい誰を頼ってどこに行けばいいんだ?


 うーん、ここはやっぱり……。


「アブサンよ。その……勇者の育成機関というのはなんだ? 詳しく話せ」


 腕組みしながら俺が尋ねると、アブサンは今一度、執事服の襟と姿勢を正した。


「ハハッ! お姿こそ変わられてしまいましたが、心なしか、かつての魔王様の威光が戻りつつあるご様子。記憶を取り戻す一助となりますよう、続けてお話させていただきます」


 どうやらアブサンには威張り気味に上から目線で話すのが効果的みたいだ。


 虎の威を借る狐ならぬ、魔王の威を借る俺である。


「簡潔にな」


「もちろんでございます!」


 アブサンの「勇者の育成機関」についての報告が始まった。


 俺がなりたいのはその勇者なんだよ。魔王じゃないんだって!




 この世界では、剣にせよ魔法にせよ、鍛冶や錬金術や道具作成に至るまで、ありとあらゆる分野において才能をもった人間が求められている。少年少女たちは十五歳になると学園都市バルガルディアに集い、育成機関――勇者学園の入学試験を受けるらしい。


 分野にもよるが競争率は平均しても十倍以上。厳しい試験を勝ち残った者たちは、晴れて勇者学園に入学を許され、魔族と戦う人材としての高等な専門教育を受けることができる……とのことだ。


「我らが独自に調査したところ、人間たちはあと三百年はこの膠着状態が続くと思い込んでいるらしく、勇者学園とは名ばかりで、その実態はすっかり形骸化しているようなのです」


「形骸化とはどういうことだ?」


「かつて魔王様に挑んだ勇者やその仲間たちは英雄とされました。彼らの血族はこの二百年の間に特権階級となったようで……そのような輩の血縁や縁故のあるものによって、学園は支配されているのだとか」


 俺は口元を緩ませた。


「ほう、あの者どもの子孫たちか……それがすっかりぬるま湯に浸りきり、戦う力を磨くのではなく、各々が権力の誇示のために、その学園とやらを利用しているというのだな」


 アブサンは深々と頭を垂れた。


 こんな状況ながら一つだけ、自分がしてきたことが役に立ったと痛感する。読んでおいてよかった「魔王殺しの黙示録」……マジで。


 作中に登場する、勇者と因縁を持つ若き魔王ノクターンの台詞回しが、どうにもしっくりくるのである。


「仰る通りさすがでございます魔王様。このアブサン感服いたしました」


 ノクターンの魔王ぶりは、アブサンにもドンピシャだったようだ。


 俺は沈黙を返答とした。あまり喋りすぎても魔王の威厳が無くなるだろう。


「して、魔王様。勇者学園の現状はご報告させていただいた通りですが……」


「次の一手か?」


「この魔軍師アブサン、今こそ反撃の好機と具申いたします。たった二百年で魔王様の強大さを忘れた人間どもに、復活と宣戦を布告なさるのです。それだけで人間どもは大混乱に陥りましょう。その隙を突いて一網打尽にせしめるのです」


 ぐっと拳を握って掲げながらアブサンは力説する。


 うっ……それはまずいぞ。魔王軍の陣頭指揮なんて執ったら、ますます魔王道一直線じゃないか。うっかり奇襲がうまくいって人間側がピンチになったらかなわない。


「焦るなアブサン。あと二百年、このまま待つというのはどうだ?」


 アブサンは獅子の顔の眉間に深く皺を刻みながら、首を傾げた。


「魔王様がお目覚めになった今、これ以上待つことに意味などございますまい。この二百年の間に、魔王様を騙る不届きな人間が幾人も現れ、その半分は先ほど申し上げた勇者の末裔たちに討伐されましたが、残りの半分は私どもで処分いたしました。できることならば、すべてこの手で抹殺したいところでしたが……ともあれ、そういった不逞な輩に好き勝手をさせぬためにも、今こそ復活を宣言し人間どもに宣戦布告すべきです」


 背筋が凍った。にじみ出る殺気の濃厚さから、アブサンの偽魔王への憤りは相当なものだ。もし正体がバレたら確実に殺される。緊張に震える手で、俺は自分の顔を覆い隠すようにした。自分に落ち着けと言い聞かせてゆっくり息を吐く。


「おお、魔王様がお怒りになっていらっしゃる。ご自身の偽者が現れたというだけでも許されざること。なんとお労しい」


 黙り込む俺をアブサンはじっと見つめる。その顔を直視するのも恐ろしいのだが、とりあえず褒めておこう。顔を覆った手の指の隙間から、のぞくようにアブサンに視線を送る。


「我の偽物を断罪するとは、よくぞ忠義を果たした」


「もったいなきお言葉。魔王様に尽くすことこそ私めの喜びにございます」


 心なしかアブサンが安堵したように見えた。俺としてはまったく生きた心地がしない。


 しかし……偽者騒動を人間が起こしたというのも、妙な話だ。しかも一人や二人じゃないようだし。


 勇者の末裔や魔族に命を狙われるリスクを加味しても、それだけ魔王の名を騙ることにメリットというか影響力があるのかもしれない。


 ということは、もしかしてこの世界の人間たちには、偽魔王なんてすっかり馴染みのものになってるんじゃないか?


 俺は顔から手を外して、アブサンを見据えた。


「うむ……しかし、その幾度かあったという偽物騒動によって、我の復活を信じぬ人間も多かろう」


「その油断をしている人間どもを叩くのです」


 あっ……なんだか上手くいっちゃいそうだな。狼少年の寓話みたいに。それはまずい。


 俺は玉座の上からビシッとアブサンの顔を指さした。


「油断しているのは貴様の方だ。この魔王たる我を、たった一度とはいえ追い詰めたのも人間なのだ。見くびればこちらが再び足を掬われることになりかねん」


 アブサンは「おお、魔王様が人間をお認めになるとは……」と、感嘆の息を吐いた。


「フッ……アブサンよ。なぜ我がこのような姿で復活を遂げたか、聡明なる魔軍師の貴様にもわからなかったようだな」


「聡明などとは私ごときにもったいなきお言葉。どうか魔王様の深淵なるお考えを拝聴いたしたく存じ上げます」


 アブサンは深紅の絨毯に膝を突き、深く深くへりくだるように頭を垂れた。


「考えと言うほどのモノでもない。半分は状況によって引き起こされた偶然の産物だ。だからこそ、それを利用しない手はなかろう」


「して、どのような一手にございましょう?」


「人間が魔王を騙り魔王復活に猜疑の目がある今、まさか人の姿をした本物の魔王がいるなどとは、人間どもも思うまい。故に、我は今から人間世界の『視察』に向かう。これほど完璧な擬態はなかろう」


 がばっと顔を上げるとアブサンは目を見開いた。


「敵のただ中に……なりませぬ! 万が一にも発覚すれば、いかに魔王様といえど……全盛期の神々しいお姿とみなぎる魔法力が、今は失われているのですぞ!?」


「案ずるな。無理はせぬ。この目でどれほど人間どもが怠惰になったか、確認してやろうというだけだ」


 あくまで強気かつ、魔王らしく愉悦を交えて俺は告げた。


「魔王様は変わってしまわれた……」


 やばい。調子に乗りすぎたか。心臓が早鐘を打つ。手に汗がにじむ。それでも悟られないことを祈りながら、俺はニヤリと嗤ってみせた。


「不服か?」


「いえ! このようなことを申し上げて良いのかと迷いましたが、申し上げます。かつての魔王様よりも、さらに王者の余裕と貫禄とでもいいましょうか……より完全なる魔王様になられたと、愚考いたすしだいです」


 心の中で安堵の息が漏れる。具体的にどうするかはともかく、魔王の城から人間世界への脱出の筋道は立った気がした。

明日(今日?)は10:05 17:05 24:05頃更新です~ 

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