ざっけんなあああああああああ!
肝心な決断を迫られて、その都度失敗する方ばかりを選んできた。
今回だって素直に大人しくしていれば、事なきを得たかもしれない。
それでも俺は腰に提げた長剣を抜いて構える。
「だったら俺にもその指導ってやつをしてくれよ」
「授業料は高く付くぞ」
ギムの掲げた聖斧が標的を俺に変えた。背後にはレナがいる。この一撃だけは、避けることができない。
瞳に魔法力を集中して、俺はギムの攻撃の軌道を読む。同時に身体は自然と動いた。
「貴様が死ねばレナも目を覚ますだろう。訓練に事故死はつきものだからな」
故意の殺人じゃないか。人々を守る英雄の……大戦士の誇りはどこにあるんだ!?
名門名家だからってなんでもありかよ。
「ざっけんなあああああああああ!」
吠える。そしてギムの一撃よりも速く迅く突きを放つ。
針に糸を通すような絶妙のタイミングだ。俺の突きはギムの鼻先にピタリと吸い付くようにして……止まった。
「なん……だと」
遅れてギムは呟くと、後方に軽く跳んで距離を取る。明らかに俺の突きに反応できていなかった。
今日までのレナとの修練もあるのだが、それよりも何よりも、超高速の突きを放てたのは……俺の身体の一部が半分魔王化していたためだ。
四肢が燃えるように熱い。制服の下でまだ隠れているのだが、抑え込む意識を少しでも緩めれば、身体を内側から食い破るようにして魔王の肉体が露わになりかねない。
異様な雰囲気を察してか、ギムは警戒レベルを引き上げた。
レナ相手には片手持ちだった聖斧の柄を両手に持ち替え告げる。
「偶然か? 二度目は無いと思え」
正対したものの、相手は完全に剣の間合いの外側だ。一歩踏み込めば柄の長い聖斧がギリギリ届く距離である。
その一撃をかいくぐり、懐に入らなければ俺の攻撃はギム・ラムレットに届かない。
「どうした? 来ないならこちらから行くぞ」
ギムが踏み込みながら聖斧を振るう。瞬間――俺の左肩がばっさりと切られた。制服にかかった防御魔法を容易く裁ち切り、有り余る威力が裂傷となって肩口に走る。
レナと違って真剣勝負ってわけか。痛めつけるのではなく、殺すための攻撃だ。
俺は構わずギムの間合いの中に飛び込んだ。
「自分から死にに来るとは、潔い!」
刃が嵐のように吹き荒れる。先ほど、レナを襲った攻撃よりもさらに速い。
目に魔法力を集中し、聖斧の軌道を見切りながら、残りの魔法力は極力足に集中した。
避ける……避ける避ける避ける避ける!
「どうした? 貴様も逃げるので手一杯か? ここまでかわすとは予想外だが……まあいい。どこまで逃げ切れるか試してやろう」
嬉々として得物を振るうギムのスピードは落ちない。
こちらの狙いは相手のスタミナ切れと、レナの回復時間を稼ぐことだ。勝つ必要は無い。なんとか引き延ばして、引き分けにまで持ち込む。
そう意識しなければ、俺はギムを殺してしまいかねない。たとえ相手が俺に殺意を抱いていても、正当防衛だとわかっていても、魔王の力で英雄の末裔を倒せば引き返せなくなるような気がした。
「らちが明かんな。仕方ない……少しだけ本気を見せてやろう」
刃の連打が止んだ。まるで嵐の前の静けさだ。一瞬の凪は次に襲来するであろう大波を予感させた。
聖斧を後ろに反らしてギムが身体をひねるように引き絞る。
「俺様にこの構えをさせた責任は取ってもらうぞ」
「――ッ!?」
間違い無く強力な一撃だ。身体が勝手に反応して、右の手首の先にまで鱗のような表皮が侵食した。
やばい。次の一撃を食らうのも反撃に転じるのも。
「塵一つ残さず消し飛べ……駄犬」
逃げるように距離を取ったギムの取り巻き連中が、各々得物を構えて防御の姿勢をとった。余波ですら全力防御が必要ということだ。
背後にレナがいる以上、俺の覚悟は決まっている。
この身に受けよう。身体がどうなるかはわからない。バラバラにされるか、あの姿をさらすか。ただ、今は一歩たりとも退く気は無い。
力を抑え込むのをやめて、肉体の反応に身を委ねようとした、その時――
「そこまでだ! ギム・ラムレット君。わ、私が見ている以上、訓練中の事故死という言い訳は通じないぞ。君のお父上にはお目付役を命じられているからね」
あからさまに怯えを孕んだ男の声が、中庭に木霊した。知らない顔だが学園の講師みたいだ。
「チッ……余計な邪魔が入ったか」
どうやらこの若い男性講師はギムの“身内”でもあるらしい。説得というよりも、講師は懇願するようだった。遅れて他の講師たちも詰めかける。
最初に割り込んだ若い講師が続けた。
「定期戦闘会は明日からだ。今日はもう帰りたまえ。さあ、君たちも行きなさい」
講師は俺と、まだ立ち上がるのもやっとなレナに告げる。レナに肩を貸して、俺は忠告に素直に従った。
全身で花開きかけた魔王の因子が閉じていくのを感じる。
背後から、鼻を潰されたままのロディが揶揄した。
「明日からは正式な決闘になるからこうはいかねぇ……オボゥ!?」
再びロディはギムの鉄拳に顔面を潰されたようだが、構わず俺はレナを連れてその場から逃げるように立ち去った。
足下のおぼつかないレナを背負う。最初は恥ずかしがった彼女だが「お姫様抱っことどっちがいい?」と訊くと、彼女は素直にされるがままだ。
ともあれ治療と休息が必要だな。校舎にある医務室へと連れて行く間、幾人もの奇異の目にさらされたが、知った事か。
普段、俺とレナとマリーのやりとりにキャーキャー声を上げる女子グループとも遭遇した。俺の背中に体重を預けるレナの姿に、彼女らが盛り上がったのは言うまでも無い。
人混みと騒ぎはますます大きくなった。が、誰も「どうしたの?」とか「大丈夫?」と、手を貸してはくれなかった。みな一歩引いて遠巻きなのだ。
これが今の俺と……いや、レナと学園の生徒たちとの距離感なのかもしれないな。
囲まれはすれど、校舎の廊下を通せんぼうされるようなことはなく、なんとか無事、医務室にたどり着いた。
流石に中までは野次馬も追ってこないか。ただ、扉に聞き耳を立てているかもしれないけど。
白い壁にベッドとカーテンが揺れる医務室に、普段いるはずの魔法医の姿が無い。
代わりに良く知る黒髪の少女が、たった独りで俺たちを待ち受けていた。
「やっぱり医務室に逃げていらっしゃいましたわね」
「ど、どうしてお前がいるんだよ……」
「今は早くレナをベッドに寝かせてさしあげた方が、よろしいのではありませんの?」
柄にも無くレナにまで優しいマリー。彼女は早退して寮に帰ったのではなかったようだ。
「ウッ……クウッ……」
俺の背中でレナが苦しげにうめく。慌てて彼女をベッドに寝かせると、すぐにマリーが治癒魔法をかけ始めた。
「あ……ありがとう」
「わたくしが教務局に通報しなければ、大事になっていましたわよ?」
どうやらマリーは今日まで、一度として素直に寮に帰ってはいなかったようだ。影ながら俺を監視していなければ、先ほどの騒ぎを教務局に通報なんて真似はできないだろう。
恐るべきストーカーっぷりだ。と、思う一方、よく魔族化して乱入しなかったなと、マリーを評価する自分もいた。
次回も24:00に~!




