その提案を是とする。力を貸すが良い
五分ほどでマリーは意識を取り戻した。
再び彼女は俺の足下に跪く。
「先ほどは取り乱しましたことを、心より謝罪いたしますわ」
頬は紅潮し、まだ呼吸も荒く平常心とはほど遠いように見えた。
なんとか乗り切ったな。異世界に来て以来、俺はある意味絶好調だ。舌禍が死に直結するのだが、今の所死んでない。幸運が味方についている。
まあ今後、どうなるかはわからないけど。
マリーは下げた頭を上げた。
「僭越ながら、わたくしでお役に立てることがもう一つあると確信に至りました」
「申してみよ」
「はい。わたくしはこのように、魔族の因子を魔法力によって制御することを得意としておりますわ」
マリーの頭にぴょこっと猫耳が生えた。それが引っ込んだかと思うと、今度は彼女のお尻に黒い尻尾が揺れる。
「ふむ。肉体の部分変化か」
そういえば、街でレナに襲われた時、俺の身体は段階を踏んで魔王のそれに変化したっけ。
身の危険が増すほど、本能が脅威に抗おうとして力を発揮してしまう。だから定期戦闘会では、ある程度自分の力だけで戦えるようになる必要があったんだが……今の所、剣術初級クラスの最下位が俺の指定席だ。
跪いたままマリーは続けた。
「魔王様の真のお姿こそ、この世で最も尊く美しく、魔法力に満ちあふれた素晴らしいものですわ。まずは腕だけでも自在に元の姿に戻れるよう、わたくしが特訓してさしあげます!」
それってますます魔王に近づくような気がするんだが……いや、待てよ。
肉体変化のコントロールができるようになるってことは、ピンチの時に発現しないよう我慢もできるようになるんじゃないか?
ただの思いつきに過ぎないんだが、見た限りマリーは魔族の因子を出し入れ自由だ。出せるということは引っ込めることもできるわけだから、出来るようになって損は無い。
「ふむ。その提案を是とする。力を貸すが良い」
「魔王様のお役に立てるなんて、光栄の至りですわ! そして完全復活の暁には……」
マリーの瞳が潤む。あっ……しまった。
「楽しみにしておくことだな」
としか、返しようが無かった。魔王の肉体を取り戻したらマリーと結婚だ。
勇者への道がどんどん遠のいていく。が、マリーの協力の申し出は、この肉体の制御に不可欠に思えた。
そんなこともあって、夜の剣術訓練は二日に一回ということになった。放課後のそれに続いて、夜間訓練もレナとマリーで日替わりだ。
魔法についてはマリーの方がレナよりも専門家なので、レナには「マリーに魔法を教わる」という名目にしてある。さすがに魔王に戻る訓練とは、レナには言えなかった。
このマリーの申し出に、レナも二つ返事とはいかない。
レナはマリーとの訓練に関与しない代わりに、マリーがレナと俺の剣術訓練に顔を出さないという交換条件を提示した。
俺をレナと二人きりにするのを心配するマリーに、俺は「レナを籠絡するには貴様がいないことが良いこともある」と、なんとか条件を呑ませた。まあ、マリーが感情的に納得していないのは明白だが。
ともあれ無事、レナとマリーは夜間の相互不可侵条約を締結し、ここに日替わりで二人の美少女から特訓を受けるというローテーションが完成したのである。
ある夜はレナと剣術で汗を流しつつ、勇者について語り合ったり俺の元居た世界のことを聞かせたり。勇者を目指して朝から晩まで充実の学園ライフだ。
おかげで剣術にもだんだん慣れてきた。勇者にはほど遠いけどレベル5ってところかな。
その次の夜は、寮長の目を盗んだマリーと二人で、こっそり街の壁外に出た。行き先は最初にこの地に降り立った街道沿いの森だ。
マリーの張った結界の中で、俺は肉体の制御を学んだ。
自分自身の見立て通り、俺は死にそうな目に遭うと生き延びようと肉体が魔族化し、本来の力を部分的に発揮できるようになるらしい。
ただ、これでは本能や肉体の反射であって、制御できているとは言いがたい。そこでマリーは俺に、意識的に肉体に魔法力を集めて、一カ所に留める方法を伝授してくれた。
魔王の力をゲームっぽくレベル換算するなら、きっと人間の限界――レベル99を超えてる。
レベル999。それが魔王の力だ。有り余り溢れる力を抑え込む方で調整しているんだから、レベルアップを目指す勇者候補生と真逆だった。
ともあれレベル50魔王くらいをコントロールできるようになれば言うこと無しだ。
「ああ! これこそ魔王様の腕ですわぁ!」
トゲと鱗に覆われた俺の右腕にマリーはすり寄って頬ずりする。
「ふむ。十秒というところか」
すぐに俺の右腕は元通りだ。これ以上の維持は肉体が悲鳴をあげる。始めたばかりの特訓で肉体を傷つけてはいられない。
マリーはうっとりした表情で、俺の元に戻った腕にぎゅっと抱いた。
「まだ特訓を開始したばかりですのに、早くも魔法力の制御が出来るようになるなんて、流石魔王様ですわ」
「相変わらず人間どもの使う魔法は苦手だがな」
攻撃魔法も防御魔法も知識として学ぶことはできる。ただ、実際に使うのは苦手というか……魔族因子が暴れだしそうで自重してきた。初級魔法のファイアボルトも、魔王の因子を覚醒させて撃てば大爆発……なんてことにもなりかねない。
嬉々としてマリーは目を細める。
「では、次は両腕ですわね! その腕に抱かれ背骨を砕かれると思うと、わたくし……たぎってしまいますわ」
「いささか疲れたのだが……」
「魔王様ならできますわよ」
無理強いこそしてこないのだが、レナ以上にマリーはスパルタだ。こちらもあまりへたれたことを言うと、魔王の威厳が損なわれる。ここは彼女が満足するまで、特訓に打ち込むしか無さそうだ。
持つのかな? 俺の体力。
――それから更に数日。
レナの剣術特訓もあって、剣術の授業において同学年下位グループが相手なら、意図的に引き分けに持ち込めるくらいの腕にはなった。
つまり、勝とうと思えば打ち負かせるようになったのだ。技量的に大躍進である。
が、ここで勝ってしまって上位陣に睨まれたくはないので、下位グループ相手に良くて引き分けというポジションに甘んじている。
ゲームならレベル10くらいにはなったんじゃなかろうか。
自分でも上達したと思うのだが、どうやら平行して続けたマリーの魔法力制御特訓が、剣術にも良い影響を及ぼしているらしい。微弱に魔法力を肉体や剣に込めて留められるようになったおかげで、以前よりも剣を軽く振るえるようになっていた。
つまりはようやく、俺もこの世界の人間と同じように“泳げる”ようになったのだ。
メインの職業にサブ職業の補正値がプラスされるのも、ゲームじゃよくある話だった。
ただサブ職が「魔王」っていうのが、この世界で唯一の俺の特性になるわけだけど。
チートもいいところだが、生き残るために使えるものはなんでも利用していかなきゃな!
そんなわけでサブ職「魔王」の力を磨くマリーとの特訓はというと――
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