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人間風情に臆するとでも思ったか?

 校舎の屋上に俺とマリーはやってきた。


 屋上のドアを後ろ手で閉めるなり、マリーは俺の元までやってきて跪く。


「監視魔法などの気配はありませんわ。レナも大人しく魔王様の命に従ったようですわね」


「無論だ。勇者の末裔といえども所詮は小娘よ」


 即座に魔王スイッチをオンにしてマリーに返す。


「本日は魔王様にご報告がありまして……あれから数日、夜間特訓の付き添いもしてまいりましたが……そのほかに諜報活動も続けていたところ……不覚にも寮長に目をつけられてしまいましたの。寮長を消してしまえば良いのですけれど、死体(ごみ)を出しては騒ぎになっても困りものですし……」


 怖えぇぇ。剣と魔法のファンタジー世界じゃ命も軽くはなるだろうけど、魔族にとって人間のそれは塵芥(ちりあくた)に等しいというわけだ。


「ふむ。目立つ行動は慎むように……とはいえ、貴様の事だ。何事も上手くこなせると信頼はしているがな」


 マリーのしつけ方は上から目線で言いつつも、ミスには寛大で最後は褒める。これがてきめんに効果的だった。


「あ、ありがたきお言葉! 未熟なわたくしにはもったいのうございます。今後の円滑な諜報活動のため、必要の無い限りは諜報活動を自粛いたしますわ」


 俺はゆっくり頷いた。


「それで……これまでの諜報任務の成果は?」


「では報告いたしますわ。現状、わたくしが調べた限り、特にこれといった大きな動きはないかと。ですが試験期間が近づくにつれて、学園全体がにわかに盛り上がり始めているという印象を受けましたわ」


「なるほど。確か……レナ以外にも勇者の末裔がいるという話だが……」


 恐らく優秀な隠密のマリーのことだ。彼女が英雄の末裔をノーチェックということの方が考えにくい。


「一年のギム・ラムレットですわね。聖戦士の末裔にして、長い柄のついた特別な戦斧の使い手のようですけれど……魔王様のお力をもってすれば、敵ではありませんわ」


「ほう。今の我でもか?」


 俺はそっと自分の手のひらに視線を落とす。途端にマリーは憂うような表情を浮かべた。


「人間の姿のままでは……いささか苦戦を……」


「正直に話せ。戦力分析に私情を挟むな」


 マリーは深々と頭を下げた。


「今のままでの対決は魔王様のお命が危ないかと……無論、もしもの時には全身全霊を捧げてお守りいたしますわ。魔王様を害そうとする不逞な輩は、わたくしが全力で一族郎党まで皆殺しにいたしますもの……うふふ……あはははは!」


 それだけは止めてくださいお願いします。


 ともかく危ない忠義心だ。実行しないことを祈るばかりである。


 しかし……ギムという聖戦士の末裔はよっぽどやばいヤツらしい。


 この学園に集まった未来の英雄候補たちは、誰もが魔族を倒すべき相手だと認識している。


 それは今日までの座学の授業などでも、ひしひしと感じられた。魔族倒すべしと直接口にせずとも、授業の内容からなにから、端々に魔族との戦いを意識するよう、心得のようなものが込められていた。


 魔族撃滅――その最たる存在がギム・ラムレットというわけだ。


 武器系統が違うこともあって、剣術の授業で斧使いとかち合うことは無いわけだが……そういえば座学でギムと顔を合わせることもなかったな。


 まあ、勇者の末裔たるレナが、本来なら上級生と肩を並べて授業を受けるはずだったわけだし、俺が劣等生だったから「血統に恵まれた超優秀なギム様」と、席を並べずに済んでいたってことだろう。


 とはいえ、学園内で俺がレナと一緒に居る事は、ギムの耳に入っていると想定すべきだ。


 レナが同じく英雄の末裔のギムを警戒しているのだから、向こうもレナの動向に少なからず興味を持っていて、俺やマリーの存在に行き着くのも自然な事だろう。


 いやいや、金持ちケンカせずというか、むしろ俺みたいな小物なんて眼中に無いってことも……と、楽観的に考えたい気持ちも山々だが、やっぱり最悪のケースを考えておいた方が良さそうだ。


「いかがなさいましたの魔王様? 悩み事でしたらなんなりと、わたくしにお申し付けくださいませ。その御身にたぎる欲求と欲望にもお応えいたしますから……」


 マリーはポッと頬を赤らめた。外見や仕草は超一級の美少女のそれだ。けど……一線を越えて正体がバレたらと思うと……奮い立つ勇気などあろうものか。


 マリーはハッと、なにかに気づいたように目を丸くした。


「も、もしやここは暗殺の一手でしょうか? 人間どもの英雄の末裔で傀儡にするのはレナ一人で充分。ギム・ラムレットに利用価値はありませんものね。さっそく事故死に見せかけて始末する工作に着手いたしますわ」


 いかん。俺の沈黙を深読みしすぎだぞマリー。きっちりくぎを刺しておかねば。


「勘違いするな。我が人間風情に臆するとでも思ったか?」


「ではでは、やはりここはわたくしを、煮えたぎる欲望のはけ口に……是非スッキリなさってくださいませ。殴る蹴る痛めつけるなんでもしてくださって結構ですから」


 エッチな事を考えてしまったのを後悔した。


 マリーの頭の中はピンクのお花畑じゃなくて、真っ赤な血の池地獄が広がっているらしい。


 魔族の愛情表現は、人間のメンタルじゃ理解できないな。


 マリーは立ち上がり俺にそっと詰め寄ると、下からのぞき込むように上目遣いになった。


「二百年前に約束してくださいましたよね?」


 うっ……その事か。彼女にとって敏感な部分だけに、迂闊な発言が命取りになりかねない。


「ああ。そうだったな」


 いったい魔王はマリーと何を約束したんだ? マリーが魔王に身も心も捧げて心酔しているのは見ての通りだが……。


 マリーは俺の胸に顔を埋めてぎゅっと抱きしめてきた。


「わ、わ、わわ……わたくし、成長しましたから。お、お……」


 緊張で声を震えさせるマリーに、俺はじっと耐えるように言葉を待つ。


「お、お、おめ……よ……め……」


 なんだかやばい雰囲気だ。止めるか? いや、ここは焦らずマリーが自分で言うように誘導しよう。


 恐ろしい魔族だというのが嘘みたいに、今の彼女がごく普通の少女に感じられた。


「どうした? 我に言わせるつもりか?」


「はううううん! そのようなこと……魔王様を煩わせるわけにはまいりませんわ!」


 再び顔を上げると、マリーは純真無垢な笑顔で囁くように告げる。熱い眼差しはかすかに涙で潤んでいた。


「わたくしを魔王様のお、お嫁さんにしてくださいませ」


 しばし俺の思考は停止した。返す言葉も浮かばない。沈黙が一秒ごとに積み重なっていく。


「……ま、魔王……さま?」


 見る間に不安げな瞳になるマリーに、俺は考える。


 二百年前に魔王はマリーにそんなことを言ったのか?


 こんな展開は「魔王殺しの黙示録」にも無かったぞ。バトルファンタジーで恋愛は匂わす程度だったし、魔王ノクターンに恋人なんていなかった。というか嫁ってなんだよ!


 許嫁っていうのは人間になりすますための方便じゃなかったのか……。


 ああ、やばいどう返せば正解なんだ!?


 一層心細そうな顔つきでマリーがじっと俺の目を見つめる。


「わ、わたくしではダメなのでしょうか? まさか……レナに心を奪われたなどということは」


 半歩下がってマリーは呟く。


 やばいやばいやばいやばい。そっちの火薬庫に飛び火は危険すぎる。こうなったら腹をくくるしかない。背中を見せて逃げれば追われてボロが出るかも。彼女の気持ちを正面から受け止める方が……いいや、わからん。どっちだ? どうすればいい!?


 決まって追い詰められるといつも間違った選択をしてしまう。


 早くなにか言わないとマリーがレナの元にすっ飛んでいくかもしれない。彼女は俺の沈黙を肯定的かつ「彼女のいいように」解釈してしまうのだから。


 そうなる前に、俺はそっと口を開いた。


「何を馬鹿なことを。だが……その契りを実現させるには……」


 マリーがかかとを上げてつま先立ちになった。その美しく整った、どこか猫科の肉食獣を思わせる顔がぐっと近づく。


「成就させるには、何が足りないのでしょうか? わたくしの全てを捧げても足りないのでしょうか?」


「貴様ではない。足りぬのは……我だ。見よ……この脆弱な姿を。こうして人間たちの世界にすっかり馴染んでしまうほどの醜さよ」


 若きカリスマ魔王なら、マリーのような部下をどう御する?


 俺はマリーの肩をそっと抱き寄せた。本編に描かれていない、自分の中の魔王ノクターンを信じて続ける。


「貴様に会いたい一心で不完全な復活をしてしまったが、我は後悔などしておらぬ。ただ……貴様を娶るには、今の我はあまりに弱い。相応しい魔王としての復活を果たした時にこそ、今度は我から貴様にその契りを申し込もう」


「は、はうわあああああ!」


 ぷしゅー! と、頭から湯気をあげたように、マリーは俺の腕の中で……気絶していた。

次回も24:05ごろに!

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