マリーはその……俺の許嫁だから
またしても、あっという間に日々が流れていった。
授業や実技訓練をこなしつつ、放課後には校庭の片隅でレナに剣術を教わる日もあれば、図書館でマリーの魔法講義を受けたりと、この世界の勇者候補生らしい毎日が続いた。
数週間前まで普通の高校生をしていたのが嘘みたいだ。
ただ、今の方が充実しているのは間違い無い。マリーというジョーカーが手中にあるため、命の危険と隣り合わせということ以外、おおむね新しい人生は良好だ。
なにしろ俺は夢にまで見た「本気で勇者を目指せる環境」にいるのだから。
が、相変わらず、俺の学園内での評判は芳しくない。内情は違えど表面的には美少女二人をとっかえひっかえという状況だ。嫉妬で焦げ付く男子受けは言うに及ばず。
そして、女子たちはまた別の意味で、俺とレナとマリーに注目していた。
三角関係は彼女らにしてみれば娯楽なのだ。見世物じゃないんだが……見るな聞くな騒ぎ立てるなと言うわけにもいかない。
話題性にレベルがあったら50とか60とかゲームでも中盤から終盤にかけての盛り上がりっぷりだ。
そんな中、一部の講師からは「才能が無いわりには腐らず、授業も休まず良くがんばっている」と、好意的に見られるようになった。
報われない努力にいそしむ健気さが、彼らの温情を誘ったらしい。
くそ! 本気を出せれば俺はこんなもんじゃないんだー! と、思った事は一度や二度じゃないが、魔王の力を見せれば退学どころか、学園の全関係者から命を狙われかねない。
我慢だぞ俺。
特に剣術の実技訓練での“当たり”は相変わらず強かった。
模擬戦で刃を交え、たまらず俺が降参すると「雑魚が」「ゴミ野郎」「クズのくせに」といった、勝者からの捨て台詞がもれなくプレゼントされた。
俺がいないとクラスでビリ争いを演じることになる三名――アーダ、イーヂ、ウードの三兄弟は、俺がどんけつにいるおかげで最下位の汚名をかぶらずに済んでいる。
絶対に俺を上に這い上がらせないようにと、連携もばっちりだ。
まあ、この連中の攻撃に関しては、ある程度防げるようになってきたので、悔しさよりも自分の成長の嬉しさが勝っているのが心の支えだけどな。
ほんの数日の特訓でも、レナの教え方が上手いおかげか、ようやく少しは剣士として様になってきたみたいだ。
俺に剣術の素養があるというレナの見立ては、あながち間違っていなかったのかもしれない。
そんなある日の午後――
いつも通り学食でレナとマリーと一緒に昼食を摂り終えると、マリーが突然、俺の手を掴んでスクッと立ち上がった。
「タイガ様と二人きりにさせていただきますわね」
追いかけるようににレナも席から立ち上がる。
「ちょ、ちょっと! 二人きりって……なにか私に話せないことでもあるっていうの?」
なぜこうもレナはクリティカルに察してしまうのか。そしてマリー……何も昼の賑わう学食で、人目をはばからず宣言することはないだろう。
ああ、周囲の生徒の……主に女子たちの視線が痛い。俺を取り合う(ように見える)レナとマリーのやりとりは、このところすっかり女子たちの娯楽になりつつあった。
「お、おいマリー。話したいことがあるなら、もう少し目立たないように俺に声をかけるというかだな……」
即座にレナの視線が俺に向けられた。
「タイガまでコソコソするわけ?」
マリーは比較的フラット気味な胸を張った。
「あら? わたくしはコソコソとなんてしていませんわ。タイガ様の許嫁らしく、堂々とお伝えしていましてよ? というわけで、参りましょうタイガ様」
スキップするような軽い足取りでマリーは俺の腕を引いた。見た目に反する馬鹿力っぷりだ。
「うわっと! 急に歩き出すなよ!」
レナがビシッとマリーの背中を指さす。
「待って! 私も相談に乗るわ! 困っているなら助け合わなくちゃ」
マリーは振り返って小さく「べー」っと、舌を出した。
「勇者の末裔というのは、ずいぶんと良いご身分なのですね。許嫁との甘い時間を過ごすのに、他人の了承を得る必要なんてありませんでしょう?」
さも当然のように言ってのけるマリーに、みるまにレナの顔が赤くなる。怒っているのと恥ずかしいのが半々のような顔つきだ。声を震えさせてレナは告げる。
「わ、私はタイガの監視役として……」
「監視……ですって?」
途端にマリーの表情が険しくなった。やばい。そこは聞き流してくれマリー。
一方、レナはといえば「しまった」という顔をしている。勇者の末裔らしく正々堂々、つまり嘘が苦手な性格だ。
そんなレナ以上に俺も生きた心地がしなかった。仕方ない。これ以上マリーを刺激するのは危険だ。この場は一旦、レナに折れてもらおう。
「ええと……悪いんだけどレナ。ちょっと外させてもらうよ。ほら……マリーはその……俺の許嫁だから」
レナは「え、ええ。そう……だったわね」と消沈気味に頷いた。レナにはマリーのことを「俺を死んだ許嫁と思い込んでいる、心に傷を負った少女」と説明したままだ。
レナの優しさにつけ込む嘘は、実に効果的だった。衝突を避けるためには嘘も方便だが、正直、欺くことに慣れ始めている自分が少しだけ怖い。
その間にもマリーがじっとレナを見据えていた。サファイアのような瞳に警戒の色が灯る。
「監視というのはどういうことですの?」
「ほら、行くぞマリー」
今度は俺の方からマリーの肩をそっと抱き寄せて、彼女を連れ去るように歩き出す。
女子たちのグループから「キャアアアアアアアアアアア!」と黄色い悲鳴が上がった。ええい畜生めお楽しみいただけましたか女子の皆様方!
途端にマリーも「あら、あらあらあら……嬉しいですわタイガ様ぁ」と、猫なで声で身を寄せてきた。
一部始終を目撃していた生徒たちのヒソヒソ話が俺の心をえぐるけど、マリーが暴発してレナと開戦するよりは、いくらかマシだ。
次回も24:05ごろに~




