こっちの世界が嫌なのか?
「そのアキハバラという街が聖地で、巡礼者が集まっているのね?」
「そうそう。アキハバラには色々な神が集まっているんだ。女神もいっぱいだぜ!」
寿司や和食やスマホにゲーム。それから漫画にアニメに俺の大好きな「魔王殺しの黙示録」と、俺は話し続けた。
不思議と、懐かしくは思うけど向こうに帰りたいとか、そういう気持ちにはならなかったな。
レナは座学の授業の時よりも熱心に、俺の話に耳を傾けては「ふえぇ」「ほえぇ」「はえぇ」と、彼女らしくもない感嘆符を上げ続け、時には質問を返してきたりした。
一通り、俺の話を聞き終えたところで、レナはこう締めくくる。
「まるで夢物語の世界みたいね。それほどまで発展しているのに、魔法が無いのが嘘みたい」
魔法こそ、俺からすれば夢物語だ。レナはキラリと瞳を輝かせた。
「ねえタイガ。私も神様に願えば向こうの世界に行けるのかしら?」
「それはわからないけど……レナはこっちの世界が嫌なのか?」
「誇りであると同時に……家名を重荷に感じることも多いから。なんて、本当は言っちゃいけないわよね。勇者の末裔としての義務を放棄するなんて、あってはならないことだもの」
異世界人の俺にだから言える“本音”なのかもしれない。
「もし、俺が元の世界に戻れるようになって……レナもあっちに行けるようだったら、こっちで世話になった分をお返しするよ。アキハバラを案内するぜ!」
「本当に!? あ、ああどうしよう。もし異世界に転生できたら、何をしようかしら。タイガのいた世界の食べ物も気になるし、アキハバラは絶対行きたいわ」
レナは途端にそわそわし始めた。
おいおい……ちょっと盛り上がりすぎじゃないか。それに、曲がりなりのもこの世界の勇者が転生するのはマズイだろ。せめて転移くらいで手を打ってほしいところだ。
不意に、レナは俺の手を両手で包むように握った。
「あのね……タイガ……まだ出会って一ヶ月も経っていないけど……最初に出会った時にね……まだ、タイガの素性がわからなかった時から……私……タイガの事を……」
じっと俺の顔を見て、つっかえながらレナは告げる。伏し目がちで恥ずかしそうだ。
これってもしかして……いや、レナに限ってそんな……俺の方としても心の準備というものができていない。ああだめだ変に勘違いして、レナとの関係がおかしくなったら、最悪この世界で野垂れ死ぬぞ俺。
レナの顔はますます俺に近づいた。
「タイガはこの世界の誰よりも、勇者の事を理解してると思うの……私以上に……そんな人は、これまでいなかったわ。みんなご先祖様の功績ばかりに目を取られて、志に共感してくれたのは、タイガが……初めてで……ご、ごめんなさい。自分でも何を言ってるのか、とりとめがなさ過ぎるわよね」
レナの手のひらがほんのり汗ばむ。彼女は緊張していた。
「レナ……」
「タイガ……」
お互いの名を呼び合い、彼女の顔が吐息がかかる距離にまで接近した――その刹那。
「あらぁ? タイガ様ったら、こんな時間に何をなさっているのかしら?」
少女の甲高い声が中庭に響いた。
物陰からそっと姿を現したマリー。これは気まずいどころの騒ぎじゃない。
唇が触れるか触れないかという寸前のところで、レナは驚いてビクッと身を引いた。
「ど、どうしてマリーがここにいるのよ?」
「わたくしがどこにいようと、わたくしの自由ですわ。そもそも寮の門限を破っているお二人に、とやかく言われる筋合いはありませんもの」
立腹を通り越えて呆れたような口振りだ。じっとりと湿ったマリーの眼差しが俺に突き刺さる。
「タイガ様もタイガ様ですわ。わたくしという者がありながら、逢瀬とはどういうおつもりですの?」
「こ、これは……レナに剣術の稽古を付けてもらっていたのだ」
レナが「のだ?」と、不思議そうに呟く。まずい……マリー相手に一瞬だけ魔王モードの口振りが混ざったぞ。
「レナに剣術の稽古を付けてもらったんだ」
「なぜ言い直しますの?」
疑惑の眼差しはマリーだけでなく、レナからも注がれた。
俺はせき払いを挟んでマリーに釈明する。
「マリーは魔法が得意だが、剣術はできないよな?」
「ええ。必要ありませんわ」
「俺には魔法の才能が無い……というのは授業を見ていてわかるよな?」
「承知しておりますわタイガ様」
「だからせめて、剣の技術くらいは磨かないと、この学園でやっていき辛いというわけだ。ただでさえ剣技剣術で他の生徒より遅れているからな。それを取り戻すためにも、時間外の練習が必要で……レナは俺に協力してくれたというわけだ」
俺はわざとらしくマリーに目配せした。劣等生を演じているのだという合図である。
マリーはゆっくり頷いた。
「そういうことでしたのね。けれど勇者の末裔が寮の規則を破ってよろしいのかしら?」
青い瞳がレナを睨みつける。
「教務局にでもなんでも報告すればいいわ。ただし、この件に関して言い出したのはあくまで私だから。タイガは無関係よ」
レナは俺を庇うつもりだ。
「待ってくれレナ! 俺がレナに頼んだんだ。それでいいだろ。俺には失う物なんてなにもないんだし……」
注目度の高いレナが教務局にチクられるのはよろしくない。
俺とレナのかばい合いにマリーは溜め息を吐いた。
「別に言いませんわよ。目撃者であるわたくしも、教務局に睨まれるわけにはまいりませんし。仕方ありませんわ……今後もタイガ様の剣術の稽古をお願いいたしますわね」
あっさり折れたマリーに俺とレナは顔を見合わせた。
「ただし、次回からはこの特訓に、わたくしもご一緒させていただきましてよ? タイガ様がお怪我をなされても、治癒魔法ですぐに回復してさしあげますから」
条件を呑まなければ後が怖い。レナは「共犯者になるというわけね」と、勇者の末裔らしくもない事を呟いた。
「ええ。その通りですわ」
「なんだか……ちょっといいかも。悪い事ってしたことがないから、ドキドキするわ」
おおおおい!? まんざらでもないのかよ。
ともあれ、ここはマリーの提案を受け入れるしかなさそうだ。
もし、マリーが乱入してこなかったら……あのあとレナとどうなっていたんだろう。
レナの熱っぽい眼差しと、適度に潤った柔らかそうな唇が接近して……。
って、考えるな妄想するな。
最優先事項は「命を大事に」することだ。
次回も24:05ごろに~




