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へ? ま、魔王……様って、俺が?


 再び目を開くと、そこは薄暗いホールの中だった。石柱が左右に列を成し、その間をまっすぐ縫うように赤い絨毯が伸びる。さながら謁見の間だ。


 不意に冷たい感触が背中と尻に広がった。視線を落として見れば、さっきまで着ていたはずの制服がどこにも見当たらない。


「あ、あれ? なんで俺……裸なんだ?」


 ホールの中でも一段高い壇上に俺はいた。豪華な装飾のされた一人掛けの玉座に、全裸で掛けている。完全無欠の真っ裸である。パンツくらいは穿いていてもよさそうなものなのに、それすらない。


 いったいなにがどうなったんだ?


 ゆっくり首を傾げると、不意に聞き慣れない男の声がホールに響いた。


「お目覚めになったようで。このアブサン、至上の喜びに堪えません」


 壇上の玉座から見下ろすと、いつの間に姿を現したのか、絨毯の上にタキシード姿のロマンスグレーな紳士が跪いていた。


「お目覚めって……ええと、すみません。ここは……どこですか?」


 俺の質問に紳士は眉尻を下げる。


「どうやら復活に際し、記憶が混乱なされているご様子。なんとお労しい」


 外国人だ。白い肌に青い瞳で彫りの深い、整った顔つきをしている。


「ここは貴方様の居城の謁見の間にございます。城の上空を千の竜騎兵が警戒に当たり、周囲を万の精鋭がお守りしておりますゆえ、ご安心くださいませ」


 話がまったく見えてこない。これは夢だろうか。その割に、玉座のひんやりとした座り心地の感触は妙に生々しかった。


「あ、はい……ええと……」


 困惑していると、紳士は目を丸く見開いた。


「これは失礼いたしました。そのようなお姿に身をやつしてまで復活を果たした今、僭越ながらこの魔軍師アブサンも、せめてその屈辱だけでも共有させていただきたいと愚考し、人間の姿をとらせていただいた次第であります」


 何を言っているのか意味がさっぱり解らない。こちらは言葉を失っているだけだが、紳士は俺の沈黙を勝手に肯定と解釈して続けた。


「元の顔をご覧になれば思い出されましょう」


 突然、老紳士の顔が青い炎に包まれた。


 紳士の顔を包んだ炎はたてがみのようにぶわっと広がる。火花を散らして炎が止むと、そこには人間の顔ではなく、黒い獅子の頭部が乗っかっていた。


 どう見ても作り物ではない。生き物“らしさ”があった。牙は鋭利な刃物のようで、眼光には異様なまでの殺気がにじんでいる。身体も一回り大きくなり、胸元はそのたくましい筋肉によって、今にもはち切れそうだ。


 人の姿とはほど遠い、血に飢えた野獣の姿がそこにはあった。


「ら、らら、ライオン人間!?」


 獅子男は首を傾げる。


「何を驚かれていらっしゃるのか……あっ! さてはお戯れですかな魔王様?」


「へ? ま、魔王……様って、俺が?」


「他に誰がいるというのです。我ら魔族の頂点はただ一人、貴方様をおいて他にありません。もしやこのアブサンの顔をお忘れなのでしょうか?」


 俺はそっと自分の両手に視線を落とす。


 普段と何も変わらない。違いと言えば、この身一つの全裸ということだけだ。


「え、ええと……俺が魔王って……本当なんですか?」


 獅子男――アブサンは困ったように片手で自身の前頭を軽く押さえた。


「配下にへりくだるようなお言葉遣いはなさらないでください。ああ、記憶の混乱は予測された以上のようですな。お労しや我らが魔王フランジェリコ様」


 フランジェリコというのが俺の……いや、魔王の名前らしい。


 って、俺がなりたかったのは勇者なのに、よりもよって……魔王?


 夢なら醒めて欲しいけど、冷たい椅子の感触があまりにも現実じみていた。




 まさか……俺……あの時、雷に打たれて……。




 と、とととりあえず落ち着こう。こういう時こそ冷静になって、まずは情報収集だ。


 勇者はどんなピンチに陥っても決して諦めず、熱いハートと冷静な知性で困難を乗り切ってきた。それに倣おう。いやまあ、俺、魔王らしいんだけど。


 ともかく相手は俺を記憶喪失と思っているみたいだ。怪しまれないよう、口調も変えた方がいいかもしれない。


「よ、よし。じゃじゃじゃじゃあ話せ。記憶が甦りそうなことを!」


「ハハッ! それでは僭越ながら、これまでの経緯についてお話させていただきましょう」


 アブサンはもう一度深々と俺に頭を下げた。


 しかし……俺は勇者になりたいとお願いしたのに、どうしてこうなった?


 お賽銭が足りなかったのか? 祈りながら諦めたのが悪いのか?


 どっちにしたって、今はこう思う。


 神様のバカヤロー! そう、心の中で叫びつつも、俺はアブサンの説明に精一杯耳を傾けた。




 どうやら俺は日本どころか地球ではない、他の世界に生まれ変わってしまったらしい。


 話を聞いて、そう結論づけるより他無かった。


 アブサン曰く――この世界では千年、人間と魔族が戦争を繰り広げてきたとのことだ。その牙のはみ出た口から語られた歴史は、俺の知るものではなかった。


 アブサンは指を三本立てて、一本目を折りながら俺に説明を続ける。


「魔王様が掲げたスローガンは三つ。一つは勇者の血脈を断ち抹殺すること」


「お、おう……ずいぶんと物騒だな」


「魔王様自身が仰ったことではありませんか」


 獅子の眉間に皺が刻まれた。困り顔という感じだが、なんであれ疑念を持たれすぎるのはまずい。


 ここはひとまず余計なことは言わずに黙って頷いておこう。


「続けましょう。二つ目は人類の魔法文明を徹底的に破壊すること。人間は家畜以下の下等生物ですからな。本来であれば魔法を使うことなどあってはならないのです」


 ってことは、この世界には魔法があるのか。しかしなんだろうこの既視感は。勇者抹殺に続いて魔法文明を滅ぼすだって?


 アブサンは鼻息を荒らげて、最後の指を折った。


「三つ目は世界を恐怖に陥れること。人間どもを苦しめることこそが、我ら魔族の喜びですからな」


 って、やっぱりそうだ。この魔王軍のスローガン、俺の進路調査書とかぶってる!?




 勇者になりたい→勇者根絶。


 大魔導士になりたい→魔法文明の破壊。


 世界を平和に→世界に恐怖を。




 意味は正反対だけど、全部繋がっていた。


「おお、魔王様が苦悶の表情を浮かべていらっしゃる。もしや記憶が甦ったのですか?」


 どことなく嬉しそうに獅子男は声を上げた。


「いや、その……あの……ええと」


「違いましたか。……しかし先ほどからまるで怯えていらっしゃるかのようで、二百年前の魔王様とはまるで別人の如く感じられます。我らの研究では、記憶の混濁はあれど基本的な人格などは、変わらないという試算が出ておりましたが……研究責任者の首を刎ねておきましょう」


 アブサンの視線がみるまに鋭くなった。責任者の顔も知らないし、人間と敵対する魔族かもしれないが、なんだか気の毒だ。


「アブサンよ。以前の予のことを話せ。それを聞けば予も思い出すやもしれぬ」


「おや? 予……にございますか」


「朕は……」


「はて……魔王様?」


「わ、我は……」


 アブサンの瞳が再び丸くなった。


「おお、記憶が戻りつつあるのですな。研究責任者の処分は取りやめて、褒美をとらせましょう」


 自分の呼び方一つでこれか。心臓に悪すぎる。


「続けよアブサン」


「それでは、さらなる記憶を呼び起こすため、お話させていただきましょう」


 獅子男は胸を張って語り出した。この世界が今に至るまで紡いできた物語を――

次は24:05頃更新します~

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