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なるほどな。それで武器ばかりなのか

放課後――


 俺なりにマリーの追跡を充分に注意しつつ……といっても、彼女が本気で気配を消してしまっては、俺にそれを見つける術はないので「マリー。いるなら我が前にはせ参じよ」と、廊下や通路の角を曲がる度に念仏よろしく唱えたのだが、魔族の少女は姿を現さなかった。


 レナと約束した、中庭のイチイの木の前になんとかたどり着く。


「ほ、本当に一人で来てくれたのね?」


「マリーの説得には骨が折れたよ」


 俺の言葉にレナは眉尻を下げる。「大変だったみたいね」と、言葉に出さずとも表情からうかがえた。


 レナが近くにいるだけで、自ずと安堵感が胸の内に湧き上がった。俺が自然体で会話できるのは、この世界でただ一人、全ての事情を知る目の前の勇者の末裔だけだ。


「それで、用件っていうのは?」


 二人きりで話したいことっていうと……もしかして恋の……いや待てそれは無いぞ。誤解するな俺。なにか学園で素晴らしい成果を見せでもすれば、彼女の好感度が上がることもあるかもしれないが、俺は現在劣等生オブザイヤーの道を順調に転げ落ちている。


 って、そもそも必要以上に目立たないようにするというのが、彼女と俺との約束だから成績が平均値以上に上がってもまずいんだし。


 心配そうに思い詰めた表情から一転して、レナは笑顔を浮かべた。


「定期戦闘会に向けて、そろそろタイガの武器を用意しておかなきゃいけないと思って。その相談ね」


 レナはそっと腰の剣の柄に手を添えた。学園内では武器の携行が認められている。魔法が得意な生徒は魔法の杖など、生徒によって選ぶ武装は様々だ。


 がっかりもとい、ホッとした。レナは色々と考えてくれているんだな。感謝の気持ちしかない。


「そ、そっか。じゃあ、これから外街に買い物にでも出かけるのか?」


「それもいいけど、まずは学園内の武器庫を当たってみましょ? 武器系統の相性の善し悪しも大事だから。高額な武器の購入は、扱い易い系統を見つけてからの方が良いと思うし」


 武器系統? なんとなくだが言葉の感じからして、武器の種類って印象だな。


 彼女に連れられて、俺は中庭を抜けた。学園の武器庫は校庭(グラウンド)を渡った先だという。


 校庭ではクランが訓練を行っていた。槍使いのクランや弓使いのクランといった、武器ごとのクラン活動は、まんま部活動みたいだ。


「そういえばレナもあんな風にクランに入って、合同練習とかしたいと思わないのか?」


 どのクランも和気藹々と練習に打ち込んでいる。技を教え合ったりと、同好の士の集まりがうらやましく見えた。


「剣術のクランもあるけど、一口に剣といっても剣のタイプから流派まで様々だし……私が入るとそのクランに迷惑をかけちゃうから」


 レナは苦笑いだ。


「迷惑って……勇者の末裔が入るんだから、みんな大歓迎だろ?」


「剣術が使えない人間まで集まって来ちゃうと、そのクランの本来の活動からかけ離れてしまうでしょ?」


 レナにお近づきになりたい連中が、クランに殺到するかもしれないというわけだ。


 そういえば、入学初日に斥候のロディが来たきりだが……レナがあいつを衆目の前で退け「クランは作らない」と宣言したのが効いているんだろうか。あれきりレナが誘われたり、クランを設立して仲間にして欲しいというような輩は現れていない。


「有名人は辛いな」


 レナは口元を隠して、囁くような小声で俺に返した。


「魔王の貴方に言われると、なんだか複雑ね」


 魔王なのは肉体だけだ。俺も苦笑いで返すと、レナは小さく息を吐いた。


「それにしても、貴方にべったりのマリーをどうやって説得したの? まさか例のポーズ? 異世界の最終的謝罪方法を使ったのかしら?」


 拓けた校庭を渡りきる間も、マリーの気配は感じられない。


「それでどうにかなるならいいんだけど、マリーにアレは通用しないんだよ」


 もし土下座ろうものなら、魔王としての正気と正体を疑われてしまう。興味津々という顔で、レナが瞳を輝かせた。


「じゃあ、どうやったの?」


「マリーはちょっと変わったやつだけど、俺を許嫁と思い込んでいるから、ちゃんと話せばある程度は理解してくれるみたいでさ」


「優しいのねタイガって」


「優しい!? 俺が?」


「だってそうじゃない。そこまで合わせてあげられるなんて、口で言うほど簡単にできることではないわ。少なくとも私には無理。自分でも不思議なのだけど、マリーと対峙した時に、妙に張り合う気持ちになってしまって……タイガほど人間が出来ていない証拠ね」


 魔族(マリー)を相手に張り合うという感性は、勇者の末裔としては至極正しいぞレナ。自信を持って大丈夫! と、告げると命取りなので言えないのだが。


「レナだって優しいじゃないか。異世界からやってきた俺を信じて、こうして世話を焼いてくれてるんだから」


「それはその……貴方のような事情の人は、勇者の末裔として監視する義務があるし……それに、別の世界の事をタイガは話してくれるでしょう? 純粋に興味があるの」


 以前からレナは異世界――俺の元居た世界の事を知りたがっていたな。


「時間ができたら俺の世界の事を話すって言ったけど、時間がとれなくてごめんな」


 レナはそっと首を左右に振りながら立ち止まった。大きな影が呑み込むようにそびえ立つ。


「楽しみに待っているわ。その前にまずは貴方に合った武器を見つけましょう?」


 見上げるほどの大きさの、まるで砦のような建物は、一棟丸ごと武器類の保管庫だった。




 石造りの建物の中には部屋がいくつもあって、階層ごとに様々な武器が分類、陳列されている。


「なあレナ。武器はあるけど……そういえば鎧とかは無いのか?」


「あっ! これも私にとっては常識だから、話していなかったわね。学園の制服には保護の魔法がかかっていて、下手な鎧よりも頑丈なの。フルプレートのような重鎧は、防御魔法の進化もあって廃れてしまったわ」


 魔族との戦争で人間側は防御系の魔法が発展したらしい。軽く動きやすい防具に魔法をかけて、肉体を強化するのと同じ要領で防御魔法を常時発動させるそうだ。


 とはいえ、魔族相手に戦うには学園の制服では心許ないとも、レナは語った。


 現在の主流は高位の防御魔法が掛けられた軽鎧で、出会った時にレナが身につけていたようなタイプが魔法剣士には一般的らしい。


「なるほどな。それで武器ばかりなのか」


 ハルバードやランスといった長モノから、ショートソードのような小回りの利く武器まで、壁やら棚やらにずらずらと並ぶ武器庫の景色は壮観だ。


「自由に試してみて」


 レナの言葉に頷いて、いくつか手にとってみたのだが、どれもずっしりと重く扱いきれる気がしなかった。


 隣でレナが目を輝かせる。


「どう? 良い武器系統が見つかったかしら? ポールウェポン系だったら剣術から槍術や斧術の授業に転科も考えないといけないわね」


「あの……さっきも出て来たんだけど、その武器系統っていうのは?」


「あっ……ごめんなさい。これも説明してなかったわ。ええと……武器には使い手との相性というものがあるの。それは手の大きさとか膂力の強さだけで計れないのよ。武器の形状が持つ波長と、貴方の中に眠る魔法力の波長がぴったり合えば、本来の実力以上の力を発揮することも可能なの。タイガはもしかしたら、剣術よりも他の武器に適性があるのかと思って……」


 俺が初級剣術の実技であまりにも不甲斐ないからと、こうして気を回してくれたのか。


 残念ながら、レナの期待には応えられそうにない。長モノ武器は長剣以上に扱える気がしなかった。溜め息交じりに俺は訊き返す。


「レナの場合は、やっぱり長剣と相性がいい……って、ことだよな」


「ええ、長剣の適性はご先祖様に由来するのかもしれないわ」


 彼女が扱うにはやや長すぎる剣だと思っていたが、実際の取り回しよりも、魔法力の適性を重視しての選択だったのか。


「じゃあ、レナは槍とか斧とかは使えないのか?」


「まったく扱えないわけじゃないけど、剣以上に使いこなすのは難しいでしょうね」


 とりあえず目に付いた武器を次々手にしてみてはいるのだが、どれもしっくりこなかった。


「もしかして、俺の場合まったく適合する武器の系統が無いなんてことは……」


 つい弱音を吐いた瞬間、レナの目が点になった。


「その発想は無かったわ。さすが異世界からやってきただけのことはあるわね」


「いやいやいや困るって! どの武器にも適性が無いなんて、戦闘職としてやっていけないってことじゃないか!」


 魔法の才能もサポートや生産系もからっきしなのだから、ここが最後の砦だ。


 神妙な面持ちでレナは「ご、ごめんなさい」と呟く。


 それからしばらく、二人で色々と試してみたものの――


「何か“これ”っていう武器はないのかしら?」


「それがどの武器も妙に重たくてなぁ。適性があればこんなものでも、軽々振り回せるのか」


 斧もポールウェポン系もイマイチだ。短剣なら軽いだろうと思ったら、これまたしっくりこない。普通の長剣の方が、まだマシかもしれないな。


 ふと、武器庫の隅に視線を向けると……そこには大きな盾が壁に立てかけてあった。一つだけかと思ったが、二枚が重ねて置いてあるようだ。


「なあレナ。あの盾も一応武器なのか?」


「双盾ね。武器だった……というべきかしら」


「だった?」


 レナの物言いもそうだが、鎧の類いが無いのに盾だけ置いてあるというのも妙に引っかかる。


「かつては武器として扱われていたのよ。けど盾の使い方を教える学科は、十数年前に廃科されたらしいわ。防御魔法が発展したこともあって、身を隠せるほどの大きな盾は廃れていったの。しかも両手にそれぞれ盾を構える完全防御スタイルの双盾は、時代遅れの産物って……」


 武器庫の片隅に追いやられた双盾は、処分されることもなくその存在を忘れ去られ、ずっと埃をかぶり続けているというわけか。色々あって教室の隅で大人しくしていた俺としては、無機物ながら同情を禁じ得ない。


「廃れたというわりに、やけに詳しいんだな」


「ご先祖様は剣や魔法だけでなく、盾も使いこなしていたみたいだから……自身だけでなくその後背の仲間も守る……そういう意味では剣よりも勇者らしい装備だと思うの」


 なるほど。とはいえ、さすがに盾じゃ戦えないよな。それに盾科が無いんじゃ実技の単位も稼げない。


 使い方を教えてくれる講師もいないわけだし、そう思うと双盾が埃をかぶったままなのも、仕方の無いことなのかもしれない。

次回も24:05ごろに~

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