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どんな用件だろうとレナの申し出なら最優先さ

あっという間に学園での日々が過ぎ去った。


 初級の座学――一般常識の授業では魔王についての講義もあったのだが、その魔王当人が受講しているとは誰もおもうまい。


 ただ、魔王についてはその存在や勇者との戦いの歴史について、詳細は語られず講義内容は淡泊かつ薄いものだった。


 なにより魔王の姿について、文献が残っていないのでその姿がどういったものなのか、解らないというのだ。カエルの化け物だの山羊のような姿だのと、様々な化け物像が憶測で語られる。授業の間ずっとマリーが発言を我慢して仏頂面のままなのが印象的だった。


 が、そこで気になることを思い出した。外街の外壁付近でレナと戦った……というか、レナに襲われた時、俺が変身した姿をレナは魔王と看破したのだ。


 あとでこっそりレナに確認したところ、魔王の正しい真の姿は勇者の家系に代々言い伝えられていたのだという。が、世間に蔓延る様々な魔王の姿については、二百年の間に風聞や伝聞で歪んで広まり収拾がつかなくなった結果なのだとか。頻発した偽魔王騒動も、情報の錯綜に拍車をかけたらしい。


 ともあれ、レナとマリー、二人の協力のおかげで、座学中心の講義や魔法の授業ではなんとかギリギリ落ちこぼれずに済んでいる。


 のだが、困るのは剣術の実技訓練だ。魔法系の授業と違って、座学が無いので実技で単位を稼ぐしかない。


 剣術の実技では制服から訓練用の運動着に着替える。


 正直、素振りだけでもへとへとだ。レナ曰く、この世界の人間は無意識のうちに秘めたる魔法力を肉体の強化に使っているとのことらしい。生まれた時から呼吸をするようにそうしてきたのだから、こればかりは“教える”ことができないとまで言われてしまった。


 泳ぎ方を知らない魚がいないように。


 で、異世界人の俺は泳ぎ方を知らない溺れる魚だった。コツを掴めばなんとかなるとレナは言ってくれたが、正直その前に死ぬかもしれない。


 素振りのような基礎訓練が終わると、模擬戦になる。


 刃付けのされていない剣で打ち合うのだが、勇者を目指して剣術の授業を選択するような連中を相手に、素人が太刀打ちできるわけもなく――


 結果、男子の最下位に甘んじることになってしまった。彼らも個人差はあるのだが、肉体を魔法力で強化していて、自分と同じような背格好の相手でも膂力が違う。プロレスラーでも相手にしているみたいだった。打ち合うなんてとんでもない。防戦一方で吹き飛ばされてばかりだ。相手の力に正面から対抗するのがまずいのかもしれない。


 そんな状況でも誰か一人くらい男友達ができれば、それをきっかけに打ち解けられるかとも思ったのだが……他の男子たちの“当たり”はキツイ。理由に心当たりもあった。


 俺が勇者の末裔レナと懇意にしているのが、男子たちを敵に回している一番の理由だ。


 彼らからすれば、俺は高嶺の花にたかる羽虫の如き存在だ。


 加えて自称許嫁(マリー)まで四六時中ついて回るのだから、男子生徒たちとの距離はますます開く一方である。


 今日も結局、剣術の初級クラス男子の下位グループ全員に叩きのめされてしまった。


 レナは俺を心配し、マリーは俺と戦った人間の顔をじっと目に焼き付ける。人間に手出しをするなと言ってはいるが、胃が痛い。早く俺自身が強くならないと。


 学園ではレナかマリーかその両方と常に行動を共にしていて、独りになれるのはトイレ休憩くらいなものだ。


 ある日の座学の授業の後、用を足しにトイレで個室に入っていると、後からやってきた男子生徒の会話が聞こえてきた。


「なあ、なんであんな雑魚がレナさんと一緒なんだ?」


「つうか許嫁がいるんだろ? あの子、ちょっと変わってるけどチョー可愛くないか? 魔法学科の先生の見立てだと、知識も魔法技術も本当なら上級レベルらしいぜ? 実技の時はわざと手を抜いてるんだってよ」


「マジかよ天才少女ってやつか。けど、相当な変人なんだろ? 俺は断然レナさん派だな……つうか、レナさんはなんであんなヤツと……」


「魔法も剣も全然ダメだよなアイツ……タイガだっけ?」


「噂じゃ二人の弱味を握ってつけ込んでるらしいぜ。タイガとかいうやつ最低だよ」


 一通り愚痴が終わって、男子二人が去るまで俺は個室から出られなかった。


 誰だよそんな根も葉もない噂を立てたのは。騙してはいるけど、つけ込んだ覚えはないぞ……っと、心の中で訴えたところで事態の好転は望めない。


 きっと噂を流したのは斥候のロディ辺りだろう。いや、ロディがいなくても早晩こうなる運命だったか。


 結局、レナに見合うだけの実力を示さない限り、この状況は続く。目立たないためにも、落ちこぼれの悪目立ちは改善しなきゃならない。


 消沈しながらトイレから出て、とぼとぼと校舎の廊下を歩いていると、まるで計っていたかのようなちょうどのタイミングでレナと遭遇した。


 彼女はどことなくモジモジと膝をすりあわせるようにしながら、後ろに腕を回すようにして、伏し目がちに俺に告げる。


「ねえ、放課後……ちょっと時間あるかしら?」


「どんな用件だろうとレナの申し出なら最優先さ」


「なら一緒に来て欲しいの……マリー抜きで。中庭のイチイの木の前で待ってるから」


 ほっぺたを赤らめて、言い残すとレナは廊下の向こうに小走りで去っていった。


「あら、わたくしを抜きでとは、あの女狐にはしつけが必要ですわね」


「うわっ!? い、いたのかマリー」


 振り返ると、降って湧いたようにマリーが背後に立って冷たい笑みを浮かべていた。俺はもちろんレナにも気付かれないような、気配の消し方をしていたらしい。


「そのように驚かれるだなんて、心外ですわタイガ様」


 いぶかしげな顔をするマリーに、俺は思考を魔王モードに切り換える。


「ふっ……人間という生き物は、あのように驚くのが自然らしいのでな。我が動揺しているように見えたのであれば、人間のような振る舞いは成功だ」


 マリーの表情がぱあぁっと明るくなった。


「流石ですわタイガ様。わたくし、すっかりタイガ様の演技に騙されてしまいました。よもやタイガ様の正体に気づく人間など、おりませんわね」


「油断は禁物だがな。さて……マリーよ。まさかとは思うが、放課後に我について来るなどと言わぬだろうな」


「当然、影からお守りさせていただきますわ」


「それは不要だ」


「ですがまおうさ……タイガ様。もし仮に万が一とはいえ、あの女に正体を知られていた場合、罠を張って待ち伏せということも考えられますし。油断は禁物ですものね?」


 青い瞳が真剣に訴える。油断は禁物と言った手前、返答に困る。というか今ほとんど魔王様って口走ったぞこいつ。


 ちなみに、俺の素性はレナもとっくに把握しているので、怖いのは俺の“真の正体”がお前にばれることなんだよマリーさんや。


「くどいぞ。貴様は我が罠にかかって討たれるとでも言うのか?」


 低めの声でマリーを威圧した。射貫くような厳しい眼差しを向けて、俺は彼女の顔をじっと見据える。


「あひぃッ! タイガ様がわたくしをさげずむように……その視線を浴びるだけで、わたくしの心は悲鳴を上げてしまいますわ」


 悲鳴というわりに嬉しそうだな。身もだえながらマリーは続けた。


「もっとさけずみ、罵り、踏みにじってくださいませ」


 瞳にハートマークを浮かべたようにして、マリーは懇願する。


 やばい人だ。いや、やばい魔族か。どっちにしても、学園内で危険な性癖の発露だけは避けなければ。


「ほぅ……我に視線で蹂躙されることを望むか」


「もちろんですわ! タイガ様からいただけるものでしたら、痛みも憎しみもわたくしにとっては至福の喜びですもの」


 ダメだこいつ、どう接していいか正解がわからない。とはいえ説得しないとレナの呼び出しに着いて来るのは間違い無いな。


「では、貴様には孤独を与えよう。しばしの間、我のそばにいることを禁ずる」


「はうあぁぁ! あんまりですわ、残酷ですわぁ」


「耐えることができれば褒美をくれてやろう」


「おあずけだなんて後生ですわ。けど、胸の高鳴りが抑えられませんわぁ♪ はうあああああああああああん♪」


 うっとり惚けた顔で、マリーはなにやらぶつぶつと呟き始めた。


「そんなダメですわ。辱めに耐えられませんわ。はうぅう……もっと、もっといたぶってくださいませ……ああ……し……しあわせ」


 そっと目を閉じ自分の身体をぎゅっと抱くようにして、マリーは嬌声を上げた。


 放っておこう。


 気づかれないようこっそり彼女の前から立ち去る俺に、周囲の生徒たちの視線が刺さりまくったのは……不可抗力である。

次回も24:05ごろに

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