我ほどの力を持つと、逆に初級というのが難しく感じられるのだ
レナは怪訝そうに首を傾げた。
「どうしたのタイガ?」
「い、いや。これは仮になんだけど、羞恥心を捨てた高位魔族が人間の姿で学園に入りこんでいたとしたら……」
「とんでもない脅威ね。高位魔族なうえに変態だなんて、全力で倒さないといけないわ」
うっ……レナにマリーの正体を明かせば、その時点で戦闘開始のゴングが鳴り響くのは自明の理だな。
改めて、小さくコホンと咳払いを挟んでからレナが俺に訊く。
「それで、魔族じゃないならマリーは何者なの?」
「実は……彼女はその……心の病みたいなんだ。さっき話を聞いたところ、俺にそっくりの許嫁がいたんだが、どうやら少し前に死別してしまったらしくって。しかも俺が身分を隠すために偽名を使ってるとか、勝手に設定まで作ってる始末でさ」
「そ、それはとっても悲しいことね」
レナからフッと警戒心が雲散霧消した。憂うような瞳からは、同情心がにじみ出ている。
「ああ。彼女は心に癒えることのない深い傷を負ってるんだ。それで、これ以上、心の傷を広げないように、マリーが奇妙な事を言い出しても合わせてやってくれないか?」
「優しい嘘は最後まで吐き通す覚悟が必要よね。中途半端は余計に相手を傷つけてしまうから……わかったわ」
覚悟を決めてレナが頷く。これでレナの説得もひとまずなんとかなりそうだ。
俺は離れたところで待たせていたマリーを手招きした。彼女はすぐに飛んでくる。
仲介するように、二人をそれぞれ紹介した。
「ええと、彼女はレナ。あの勇者様の末裔だ。で、彼女はマリー。俺の幼なじみで親同士が結婚の約束をした、いわゆる許嫁ってやつだ」
二人の少女は互いに微笑みあうと、どちらともなく手を差し出して握手を交わした。
「よろしくねマリー。さっきはその……驚いてしまって、配慮も言葉も足りなかったわ」
「いいえレナ様。こちらこそ勇者様の末裔とは存じ上げずに、失礼いたしましたわ。ですが、学園に入った以上は同じ生徒同士。遠慮はいたしませんから」
「ええ! こっちも望むところよ。むしろ、そうしてもらえると嬉しいわ。遠慮しないでなんでも言ってちょうだい」
互いにぎゅっと固く手を握り合う。というか、どっちの握力が強いか競い合っていた。
二人とも笑顔が貼り付いたように固まっている。
仲良くしろとはいわないが……ああ、これじゃ先が思いやられる。
レナにマリーの正体がバレればアウト。
マリーが俺の言いつけを破って暴走してもアウト。
日々の授業に加えて決闘しなければいけない定期戦闘会もやってくる。
こんな危険すぎる環境で……はたして俺は生き残れるのだろうか?
◆
学園の授業は大まかに分けると座学と実技の二系統になる。
どちらのタイプの授業でも、担当する講師はその道のスペシャリストだ。一年生は基本的に初級レベルの授業を受けるのだが、最初から上級生に混ざって中級、上級の授業を受ける生徒も一部にはいるらしい。
レナもマリーも実力的にはその“一部”に該当するのだが、二人とも俺に合わせて、剣術も魔法も初級レベルの授業を選択した。
ちなみに、この世界の魔法というのは魔法力があるだけでは使うことができず、知識として魔法を学ばなければならない。
英語で言うと、単語だけ知っていても文法がなっていないと通じない……みたいな。
うん、イマイチ自分でも説明がうまくできないあたり、俺自身の魔法に対する理解力の低さを再確認した気がする。
で、実際に初級の魔法実技にも挑戦したのだが、マリーが手取り足取り教えてくれたにもかかわらず、攻撃魔法の基礎であるファイアボルトすら、まともに使うことができなかった。
まあ、本気を出して肉体が魔王のそれになっても困るので、失敗でもいいのだが……せっかく異世界に来たのに魔法もろくに使えないなんて、ちょっと寂しいものがある。
演習場の標的にぶつかる前に雲散霧消した俺の魔法を見て、隣で黒髪の少女が困り顔だ。
「らしくありませんわね、まぉ……タイガ様?」
「フッ……本来の力を見せつけ周囲を圧倒してしまっては、必要以上に目立つからな」
腕をビシッと前につきだしたまま、俺は眉一つ動かさず小声で告げる。少し離れたところで見ている初級魔法の講師の大きな溜め息が、こちらにまで聞こえてきそうだ。
この分だと魔法は一向に上達せず、嘘だけが上手くなってしまうかもしれない。
ともあれ、魔法に関しては、実技がダメでも座学をきっちり押さえておけば、落第ということは無いらしい。その座学はマリーがあれこれと教えてくれる。
「ところでまぉ……タイガ様は、なぜ今さら初級魔法の知識を欲されるのですか?」
「我ほどの力を持つと、逆に初級というのが難しく感じられるのだ」
「流石ですわまぉ……タイガ様!」
いい加減、名前を口にする度に魔王と言いかけるのはやめてくれ。
色々とヒヤヒヤさせられるマリーだが、それでも魔法の座学においては頼りになった。
一方、レナはというと、隣の演習場でファイアボルトを五発、扇状に分散発射して次々と標的にヒットさせている。周囲の生徒たちから拍手と驚嘆の声が上がるたび、彼女はどことなく、恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「攻撃魔法は苦手なのだけど……褒めてもらうようなことでもないのだし……」
レナは初級の魔法はほとんど習得しているらしく、さっそく初級担当講師から、中級クラスへの合流を勧められた。
流石勇者の末裔で、魔法と剣術の両方に精通した魔法剣士の面目躍如。
が、俺を監視するという使命もあるため、レナも初級クラスから上のクラスに転科の意志はない。
レナの活躍にマリーがムッとした顔で俺に告げる。
「あの程度で賞賛されるだなんて、ここのレベルが知れますわね。わたくしでしたら五連と言わず、二十連でもファイアボルトを打てましてよ?」
「対抗するな。貴様も無難にやりすごせ」
「わ、わかっていますわ!」
何かにつけてレナに対抗意識を燃やすマリーに、俺は心の中で溜め息をついた。
次回も24:05頃の更新です




