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貴様……一体何をしに来た?

マリーは首を傾げた。


「いかがですタイガ様? 学園の制服、似合っているとおっしゃってくださると、わたくしとても嬉しいですわ。幸福の余り絶頂の末、逝ってしまうかもしれませんけれど、タイガ様に逝かされるのであれば、それは本望というもの」


 マリーはその場でくるんとターンする。スカートの裾が花弁のようにふわりと広がった。


「似合っているといえば似合ってるが……」


「あら、絶頂とまではまいりませんが、死にかけるくらい嬉しいですわ。うふふふ」


 今度はレナが口元をムズムズとさせながら、首を傾げて俺に訊く。


「ねえタイガ。彼女はその……お知り合い?」


 マリーがレナに顔を向けると、まどろむ猫のように目を細めた。胸に手を添えて会釈すると、黒髪がふわりと揺れる。


「はい。わたくしは魔法学科専攻にして、タイガ様の許嫁のマリーと申します。この度は、何かと都会には不慣れなタイガ様をエスコートしていただいて、感謝にたえませんわ。以後はこのマリーがタイガ様に誠心誠意お仕えし、学園内で何不自由無く暮らせるように取りはからいますので、ご心配無く」


「エスコートって……私は街で困っていたタイガと偶然知り合って……意気投合して一緒にいるだけよ。別に面倒をみてたつもりもないし、タイガはその……わ、私と同じ理想を持った同志だから。友人としてそばにいるだけで、今後もそれは変わらないっていうか……」


 レナはすっかりしどろもどろだ。


 まだお互いに気付いていない。


 方や勇者の末裔。もう一方は黒き獣の正体を持つ魔族。


 これってもしかして、実は相当危険な状態なんじゃないか? とりあえず二人をこのまま会話させるのはまずい。


「ええとあの、そうだマリー。喉が渇いてるだろ?」


「はい?」


 俺はわざとらしくせき払いをしてみせる。するとマリーはそれを何かの合図と受け取ったらしく「そういえば、喉がカラカラでしたの」と、俺に話を合わせてきた。


「レナ。ちょっとだけ外させてくれ」


「ちょっとって……授業選択の申請はどうするの? それに話ならここですればいいじゃない?」


 ぷくっとレナは頬を膨らませた。マリーも俺とレナの顔を交互に観察している。


 あわや一触即発だ。


 俺はその場で膝を折った。土下座る手前の正座状態で、レナに告げる。


「久しぶりの再会なんだ。どうかここは、なにも言わずに頼む。俺に……これ以上させないでくれ」


 真剣な眼差しでレナに懇願した。困惑していたレナが、ハッと目を丸くする。


「わ、わかったわ。ゆっくり話してきて」


 俺は心の中で安堵した。良かった……土下座る寸前の緊急事態というサインを、レナはキャッチしてくれたみたいだ。


 土下座=異世界(俺の世界というか日本)では、最終手段だと教えた事が、こんな形で役に立つとは思わなかった。


 俺が立ち上がると、マリーがすかさず駆け寄って、俺のズボンの膝頭をそっと叩きながらレナを睨みつけた。


「タイガ様にいったい何をさせようとしていましたの?」


 声に怒気を孕んでいる。人間の前に魔王が屈するなんてあり得ない。そんな顔つきだ。


「もういいマリー。レナは理解ある人間だ。行くぞ」


 声のトーンを落として冷たく言い払うと、マリーの頬が赤らんだ。


「ああっ! 心の底から凍り付くような冷たいお言葉。どこまでもお供いたしますわ!」


 少し雰囲気を醸し出しただけで、マリーのレナへの敵意は吹き飛んだ。


 俺が歩き出すと、その後ろを三歩下がってマリーは着いてくるのだった。




 人気の無い本校舎の屋上で、ようやくマリーと二人きりになることができたわけだが……さて、どうしたものか。


 魔族を相手にする時は、絶対に動揺を悟られないことが肝心だ。


 こっちの世界に来てしばらく、俺もずいぶんと胆力がついたものだと思う。


 まあ、その度胸の半分はヤケクソで出来ているわけだが。


「周囲に気配はありませんわ。やっと魔王様とお呼びできますわね」


 心底嬉しそうにマリーは目を細めた。


「貴様……一体何をしに来た?」


「先ほど申し上げた通りですわ。魔王様のお手を煩わせるようなことは、すべてわたくしにお任せくださいませ。視察を速やかに終えられて、魔王城にご帰還いただけますよう、誠心誠意尽くす所存にございます」


 その場で跪くマリーに、俺は心の中で頭を抱えた。


「その必要は無い。アブサンに命じられたのやもしれぬが、貴様も魔王城の守備に就くのだ」


「わたくしがお守りしたいのは、城ではなく魔王様ですわ。それに、わたくしは変身による肉体の変化を得意としておりますから、諜報に暗殺任務……なによりも潜入工作が適任と仰ってくださったではありませんか? まさか、そのこともお忘れに……」


 おい魔王(本物)よ! なんて長所を褒めてくれたんだ。


 マリーは涙ぐみながら続ける。


「お側においていただけないのであれば、この学園の要人を可能な限り暗殺して、自ら命を絶ちましょう。もちろん、魔王様には一片たりとも嫌疑がかかることはございません。わたくしの単独犯とわかるよう、この身を人間どもに死体としてさらす所存ですから。学園に人的損害を与えることが、行く行くは魔王様をお守りすることに繋がるという確信がありますもの」


 うっ……極端なやつめ。暴れられるのは絶対にまずいぞ。


「焦るなマリー。ああ、たった今思い出した。貴様の能力は、確かにそういったことに向いていたな。その希少な才能を無駄に散らすことこそ、魔王軍にとって損失以外の何物でも無い。命を大切にしろ……とはあえて言わぬ。が、その力と命は、我が覇業を成すための最後の布石として捧げるのだ。その時が訪れるまで、我が所有物たる貴様の命は、ひとまず貴様自身に預けておこう」


 すると、マリーの瞳が涙の海に没した。ぽろぽろと絶え間なく雫が頬を伝って落ちる。


「なんとお優しい。わたくしごときにそのようなお言葉……身に余る光栄にございます」


 これで「中の人が違う」と、騙されていたことが知られたら……後が怖すぎる。


 なんとしてでもマリーにはお引き取り願わねばならないな。

明日も24:05頃に~!

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