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レナって俺の世界の話になると、結構興味しんしんって顔をするよな

「いやいや勇者の末裔のレナ様にあらせられますよね? あっしは斥候のロディと申します」


 斥候というのは偵察任務などを行うサポート的な職業だ。戦闘もこなすがメインは諜報任務などで、単独での隠密行動を得意としている……とは、入学前のガイダンスで聞いた話だった。


 勇者学園には様々な職業学科がある。俺はレナと同じ戦闘職の剣士科を選択した。ということもあって、これから一緒に同じ学科でがんばろうという、挨拶ではなさそうだ。なにせ相手は斥候(サポート)なのだから。


 ロディは続ける。


「で、実はですねぇ……このあっしをクランに入れてほしいんでさぁ!」


 これまた事前ガイダンスで訊いた学園のお約束ごとである。


 クラン――学園では志を同じくする生徒たちで集まって、組織を作ることができる。


 レナが言うには、優秀な生徒の元に次々と人材が集まり、一大クランを形成する……とのことだ。そして、クランの大きさはリーダーの権勢そのものと言えた。


 ロディの申し出に、レナは小さく首を左右に振った。


「ごめんなさい。クランを設立する予定は無いの」


 ロディの視線がレナから俺に向き直る。


「ってことは、彼はクランメンバーじゃないなら、いったいどういう関係なんでしょ? 色々と噂は耳にしてますけどねぇ」


 目を細めていやらしく口元を緩ませるロディ。この感じじゃ、あまり良い噂じゃなさそうだな。レナは少しだけ不機嫌そうに返した。


「タイガとはこの街で出会ったのよ。意気投合したから、こうして一緒にいるだけで……」


 ネズミのように前歯を光らせてロディが笑う。


「意気投合ですかい? いやぁ本当ですかねぇ? あっしの仕入れた情報じゃあ、そちらさん、戦闘職の適性はかろうじてあるけど、剣はからっきしだって噂じゃあないですか?」


 チラチラと横目で俺を牽制するロディは、正直嫌な感じしかないんだが……入学に際して、俺はレナに「学園内で目立たないようにする」と誓った身だ。


 こういった輩が出てくる可能性も事前に彼女から聞かされていたので、無視を決め込んだ。


 レナが断言する。


「本当よ。それじゃあ失礼するわ。行きましょうタイガ」


 レナは俺の手を取って引っ張った。


「おっとっと! いきなりだな」


「ほら、さっさと歩いて」


 尻に敷かれっぱなしだが、素直にレナに従うとロディが小声で俺の背に告げた。


「チッ……どうやって取り入ったかわからねぇけど、上手くやりやがって……正体あばいてやっかんな」


 斥候ロディの俺に対する宣戦布告ともとれる一言だった。




 どこに行っても視線は避けられそうにないからと、開き直ったレナに連れられて、俺は学園のカフェテリアにやってきた。


 テラス席で紅茶と焼き菓子を囲んで、今後の事を相談だ。


 もちろん、壁に耳あり障子に目ありということで、俺の正体に関するような込み入った話は避けつつである。


 カップの縁にそっと口を付けてレナが肩を落とした。


「しばらくすれば周囲の反応も落ち着くと思うの。人間って飽きる生き物だから。それまでの辛抱よ」


 俺は焼き菓子を頬張りつつ頷く。


 レナは慣れっこというような口振りだ。どうにかレナの力になりたい……けど、目立つと迷惑を掛けてしまいそうな気もする。


 下手に動いて状況を悪化させるのは、俺の十八番(おはこ)だからな。


「ただでさえ目立つのに俺が一緒にいたら余計に大変だよな?」


「気にすること無いわよ。私にとっては視線に晒されるのが日常なのだし。それに貴方をしっかり監視しなくちゃいけないもの。近くに置くのは当然の処置よ」


 もし、俺が心まで本物の魔王になるような兆候が見られれば、彼女の腰に下げた剣が黙ってはいない……って、自分でお願いしたこととはいえ、とんでもない約束をしちまったもんだ。


 レナは俺にとって美しい天使であり、冷たい死神でもある。


 俺は改めて訊いた。


「それで、本日の議題は?」


「遠い将来ではなく、今後一ヶ月くらい先の事の相談ね」


「学校なんだから勉強や訓練をしていけばいいんだろ?」


 学園は単位制だ。剣士科といっても座学もあるし、魔法だって一通り学ぶらしい。剣も魔法も実技で足りない分は座学の出席率でカバーするつもりでいたが、レナは俺の思惑を知っているみたいに首を左右に振った。


「普段はそれでいいけど、問題は定期戦闘会ね。どうにか乗り切らないと……」


「定期……戦闘会って……まさか誰かと戦うのか?」


「ええそうよ。戦闘職の学科生には参加の義務があるの。普段の訓練じゃなく、成績のかかった……つまり本気になった相手とよ。対戦は性別問わず、学年も関係なしね。まあ、通例として上級生が下級生狩りなんてことはないらしいけど、何事にも例外はあるし」


 そいつはまいったな。目指すは成績上位! なんて贅沢なことを言うつもりはないから、平穏無事に過ごしたいのに……俺みたいな弱そうな人間なんて、倒しやすい絶好のカモじゃないか。


 ティーカップをソーサーに戻してレナは言う。


「戦闘会の開催期間中に、一度は誰かと決闘をしなければならないのよ。もちろん、一方的な闇討ちみたいなことは無いから安心して。お互いに決闘するという合意があって、初めて成立するという感じだから」


「それならレナとがいいな」


「最悪、私が貴方に負けてあげることもできるけど……それだと貴方は勇者の末裔を倒したスーパールーキーってことになりかねないわ」


「そいつはいいや……って、冗談冗談。今以上に目立つのは御法度だもんな」


 レナは「人が本気で心配しているのに!」と、ムッとした顔つきだ。その尖らせた口のまま続ける。


「決闘の勝敗は成績にかなり響くから……一番まずいのは一度も決闘をしない事。そういう生徒は『勇気無き者』として、戦いに立ち向かった敗者よりも低い評価をされてしまう。それと、実力差がある場合でも全力で戦わなかったと判定されてしまえもば、同じくペナルティーを課せられるから気をつけないと。それもあって上位の人間が手を抜いてくれるというのも期待できないし……一番評価されるのは格下が上位の生徒を倒すこと(ジャイアントキリング)ね」


 さすが勇者学園だ。正々堂々がモットーな上に、勇気が試されるんだな。


 しかし――


「いやぁ……定期考査が試合形式の決闘かぁ。入学試験で燃え尽きたばっかだってのに、忙しすぎだぜ異世界」


 不意にレナの瞳がくりんと丸くなる。まるでフクロウみたいだ。


「異世界! ……えっと、タイガのいた世界にも学園のようなものがあるのよね?」


 俺が転生してきたことも、本来ならあまりおおっぴらに言うことじゃないんだが、決まってこの手の話になるとレナは食いついてくる。


「ああ。ここと結構似た雰囲気だな。15歳から18歳までが一つの校舎で学んでるんだ。といっても、魔法や剣術は教わらないけど」


 瞳を輝かせてレナは俺の顔をのぞき込んだ。


「へえぇ~~」


「レナって俺の世界の話になると、結構興味しんしんって顔をするよな」


「え、えっと……とっても興味深いじゃない、異世界って。憧れっていうか……どんなところなのかなぁって……」


 レナにとっては俺の元居た世界が異世界だ。俺が向こうでそうだったように、別の世界に憧れるなんて、ちょっと意外だ。


 レナは一般人な俺と違って、勇者の末裔なんだし。俺は特別になりたかったから異世界に憧れたけど、彼女はこの世界ですでに特別な存在じゃないか。


 レナは小さくせき払いを挟んだ。


「コホン……っと、今はタイガの世界の話をしている場合じゃなかったわね。とりあえず、誰と決闘するにしても、目立つような大勝ちをせず、ぎりぎり勝つか、審判役やギャラリーの目を欺いてうまく負ける工夫は必要よ。で、そのためにも“絶対に戦ってはいけない相手”がいるの」


「誰だそりゃ?」


「次の定期戦闘会の優勝候補……ギム・ラムレット。先に私の方から仕掛けて倒してしまうのも手なのだけれど、現状で勝てる見込みは五分以下ね」


 視線を落としてレナは憂うような顔をする。


「勇者の末裔より強いってのか? そのギムっていうのは何物なんだ?」


「かつて魔王を倒した勇者には、仲間たちがいたわ。その中の一人――ギムは聖戦士の末裔になるの。ブルーラグーン家とラムレット家は家柄も実力も比肩するのよ」


 戦士というと、外街にある勇気の泉の勇者たちの彫像が思い浮かんだ。


 勇者一行に斧を担いだ筋骨隆々の戦士がいたっけ。


 詳しいところまではわからないが、レナより強い名家名門の出身者が、学園にいるってことか。


「まあ、そんな大物が俺なんてわざわざ相手にしないだろうし、きっと大丈夫さ」


「万が一ということもあるから、先に忠告しているのよ。何があってもギムからの決闘を受けてはいけないわ。ええと……家の関係もあって、ギムとはその……幼なじみというわけではないけれど、子供の頃から何度か会う機会があって……あまり人間的に共感を持てないタイプだから」


 奥歯に物が挟まったような口振りからして、レナはギムとかいうヤツが苦手みたいだな。

次回からは一日一回更新。24:05頃にまたおあいしましょ~!

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