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レナと話したいなら声を掛ければいいのに

 もちろん最悪の事態にならないよう、最善は尽くすつもりだ。


 それが叶わなかった時には、彼女にこの肉体の処遇を託そう。


 これは俺ができる最大限の彼女への信頼表現だ。人間だと信じてもらえたことが、それくらい嬉しかった。


 レナは目を丸くした。


「え? ま、まさかそういう兆候があるの?」


「いやいや無いよ! 無いから! と、自分では思ってるんだけどさ。魔王城から抜け出す時に、魔王らしく振る舞わなきゃならなくて……その時に、自分が怖くなったんだ。心まで魔王に染まるんじゃないかって。まあ、俺がそう思い込んでいるだけだと思うけど」


 俺は立ち上がると、そっと右手を差し出し、改めてお願いする。


「だけど、もし俺が本当に魔王になりそうになった時には……頼む」


 レナも立ち上がると、俺の手を取り握り返した。


「わかったわ。そんなことにならないことを祈るばかりだけど、万が一の時には……私が貴方を討つ。それでいいのね?」


「ああ。構わない。魔王を倒すのが勇者の務めだ」


 レナは眉尻を下げつつ大きく息を吐いた。


「本当に人間なのね。今はともかくそうならないことを祈りましょう。それにまだ、なにも解決はしていないし、な最大の難関が待ってるもの」


 勇者の末裔と魔王(肉体のみ)が和解する以上の、難関っていったい……。


 要領を得ない俺にレナは腕組みして告げる。


「こうなったら絶対入学するわよ。一週間後の試験に向けてこれから猛勉強&猛特訓ね! 異世界人の貴方にはちょっと大変かもしれないけど、この世界の知識と常識をばっちり叩き込んであげるから」


「お、お手柔らかに頼みます」


 俺は彼女に頭を下げっぱなしだ。ともあれ捨てる神あれば拾う神あり。いや、この場合、拾ってくれたのは女神だな。


 救いの手を差し伸べてくれた勇者の末裔にして女神の少女が、不意に目をまん丸くさせて俺の顔をのぞき込んだ。


「ところで……変なことを訊くけど……転生するってどういう感じなの?」


 レナは俺に詰め寄る。なんだこのキラキラした瞳は? 先ほどまでの義務と責任感を背負った大人な彼女とは別人のような、好奇心旺盛なちびっ子めいた表情だ。


「え、ええと……いきなりどんなって訊かれても……そうだな、目の前が真っ白になって、次に真っ暗で……その闇を払おうと目を開いたら、違う世界にいた……みたいな。肉体もさっきみたいにならなきゃ今まで通りだし、中身も変わってないんで、特別“異世界で生まれ変わったー! ” って、感じはしないんだけどさ」


 全裸だったというくだりはあえて言わないでおこう。


 それと心情的に変わったことと言えば一つだけ。一度死んだからか、命をかける覚悟に躊躇が無くなった。


 もちろんただで死んでも良いとは思わないけど、死なない程度にがんばるだけじゃどうにもならないという時の“覚悟”ができるようになったのかもしれない。


 レナは「なるほど。転生しても自分というものは、案外変わらないものなのね」と、納得したように頷いた。




 勇者の末裔との出会いから一週間――


 俺が外壁に空けた大穴は、原因不明の事故という形で処理された。今の所捜査の手は俺まで伸びる気配が無い。


 花売りの少女の「助けてくれたお姉ちゃんの背格好」が、レナと一致したことからアンタッチャブルな案件になったようだ。勇者の末裔への忖度を感じた。


 俺はそんなレナと同じ宿に自分の部屋を取り、必要な本や道具類を買い揃えて、勉強漬けの毎日を送った。


 机に向かうのは苦手なはずなのに「この世界でこれから生きていくため」と思うと、自然と向き合うことができた。死ぬつもりなんて毛頭無いからこそ、死ぬ気で必死に机にかじりついた。


 それになによりも教えてくれる先生が良かったのは幸運だ。レナは異世界人の俺の立場を考慮して、教え方をあれこれ工夫してくれる。


 おかげでスムーズにこの世界の知識を吸収することができた。レナ様勇者様々である。俺の世界じゃ鶴だって恩返しをするんだから、いつか彼女が困った時には、力になれる自分になりたい。


 ああ、だからこそ、ここまでしてもらって学園の入学試験に落ちたら目も当てられない。


 絶対に受かって、それからのことはどうなるかわからないけど……こちらの世界での“居場所”になってくれたレナのために、なにかできないか? と思う。


 自分の肉体が魔王だということを、つい忘れそうになりながら。




 ◆




 俺は勇者学園の入学試験をパスすることができた。もちろん、勉学に励んだ成果あってのことだ。と、胸を張って言いたいところだが、筆記試験の結果はかなりギリギリだったらしい。


 実技試験もあったが、こちらは適性検査のようなものだった。俺の場合、生産系やサポート系の才能は皆無との判定だ。だが、戦闘職の適性はなんとか合格ラインに達していた。


 魔王の力の片鱗を見せれば戦闘職適性A判定も確実だが、自殺行為に等しい。


 面接はレナと事前に何度も練習して、本番では勇者の素晴らしさを語った。


 たぶん、入学の決め手になったのはこの面接だ。事前の綿密な練習に加えて、面接官との受け答えに、またしても「魔王殺しの黙示録」の知識が役立った。


 それでも本来なら入学は難しいところを、勇者の末裔であるレナの威光が、彼女も知らないうちに効いてしまったように感じた。レナはその点、不本意に思うかもしれないが俺としては大助かりだ。


 


 日用品や制服など一式を外街で買いそろえ、俺は内壁の中――学園敷地内にある平民出身者向けの男子寮に入寮した。こちらの世界でも一人暮らしだ。


 先々のことはわからないが、ようやく異世界での人間らしい新生活が始まった。


 真新しい制服に身を包み、入学式を終えて、俺はレナと学園の校舎がぐるりと取り囲む中庭で落ち合った。


「制服、似合ってるわね」


「ありがとう。レナも良い感じだぜ」


 お互いに学園指定の制服に身を包めば、どことなく平等というか、対等になったように思えた。しかし――


 中庭でレナと合流するやいなや、新入生だけでなく在校生やら教職員やらの視線を感じた。新入生代表として挨拶のため壇上に登った彼女を、知らない人間はいない。


 レナは周囲をさっと見渡した。誰もが視線を逸らしたり、焦ったように誤魔化す素振りだ。彼女は小さく息を吐く。


「やっぱり、ここに来ても同じみたいね」


 どこにいても彼女は注目の的だった。


「みんなよそよそしいっていうか……レナと話したいなら声を掛ければいいのに」


 これじゃあレナが孤立しているみたいだ。が、俺の言葉に遠目から取り囲む人々は一層萎縮したみたいだった。これが勇者の末裔に対する、この世界の人間のごく一般的な反応なのかもしれない。


「レナと普通に接するのって、もしかしておかしいのかな? 常識外れな行動は目立つから慎まないと……だよな」


「そんなこと無いわよ。私は普通に接してもらえて嬉しいわ。ただ、私とセットでタイガも目立ってしまっているとは思うけど」


 レナが困ったように眉尻を下げたその時――


 背中を丸めた小男が、手を揉むようにして群衆の中から踏み出すと、俺たちに歩み寄った。

次は24:05に更新です。

学園にも入学したのでこれからは一日一話更新。24:05頃でいきたいとおもいます~

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