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いったい俺の進路のどこに問題があるっていうんですか?

「いったい俺の進路のどこに問題があるっていうんですか?」


「問題ありすぎだろう」


 期末テストの結果に加えて、提出した進路調査書に不備があるというので、俺――白州大雅は呼び出しを喰らった。


 冬でもタンクトップにジャージ姿の担任――新井先生が机の上の紙切れを指さして言う。


「なあ白州。自分の将来の事なんだからもっと真剣にやってくれよ?」


 俺が提出した調査書には「1.勇者 2.大魔導士 3.世界平和」と書いてあった。


「この勇者ってのはなんだ白州?」


「勇者というのは魔王を打ち倒すヒーローです! 俺、ヒーローになりたいんです!」


「どうして勇者になりたいと思うんだ?」


「だってすごいじゃないですか勇者って! 魔王を倒す正義の人ですよ!?」


「正義って……なら、警察官じゃいかんのか?」


「それも立派な仕事ですけど、俺がなりたいのはあくまでも勇者なんです!」


 勇者――それは仕事と言うにあまりに尊い。悪をくじき弱きを助け正義を成す存在だ。


 俺が勇者を目指すようになったのも、ある一冊の本との出会いがきっかけだった。


 我が愛読書のライトノベル「魔王殺しの黙示録(アポカリプス)」――そこには勇者の理想のすべてが詰まっていた。


 ちなみにシリーズ累計1000万部発行の大ベストセラーだ。出会いは中学一年の夏。アニメの第一期からハマって、原作にコミックスもそろえてお年玉でBlu-rayボックスを購入し、円盤がすり切れるほど観たくらいに。


 その内容を簡潔にまとめると「主人公が異世界から襲来する様々な魔王を相手に俺TUEEEする」というものだ。が、勇者はいたずらにその力を振るわず、守るべき大切な人たちを守る時にのみ、命すら賭して戦うという愛と勇気のバトルファンタジーである。


「いいか白州。先生が知る限り『勇者』って職業は日本には無いぞ」


「国内に無いなら海外に挑戦します!」


「いやいや海外にも無いだろう……ったく。それで第二候補の大魔導士ってのはなんだ?」


「森羅万象を知り尽くし、膨大な知識と深遠なる叡智をもって、真理を追究する魔法使いですよ!」


 勇者は剣も魔法も操るが、こと魔法に関しては専門家(スペシヤリスト)に及ばない。


 極大魔法で魔王軍を一網打尽にする大魔導士には、勇者と肩を並べる格好良さがある。 まあ第一希望の他に思いつかなかったから、第二希望に大魔導士と書いた――というのが正直なところだった。


 新井先生が溜め息交じりに口を開く。


「深遠なる叡智の前に、せめて試験範囲の知識だけでもしっかりしてくれ。今回の結果はいつにも増してひどかったぞ?」


「そ、それは……山が外れたこともありますけど、体調を崩して普段の実力の数%も出せなくて……はは、はははは」


 体調不良だったのは嘘じゃないんだが、仮に万全であったとしても俺は勉強が苦手だ。


 新井先生は肩を落とした。


「一度でいいからお前の100%を見てみたいよ。で、最後の世界平和っていうのは?」


「読んで字の如くです!」


「世界平和は職業ですらないだろッ!! もう一度、頭を冷やして考え直してこい」


 未記入の新しい進路調査書を俺によこして、先生は席を立った。




 独りぼっちで家路に就く。時刻は午後四時。外はまだ明るいが、空を流れる雲の足は速かった。もしかしたら、ぱらっと一雨来るかもしれない。


 それにしても、何をやっても上手くいかない。いや、やろうとするほど失敗する。そんな人生である。


 小学生の頃、遠足の前日に楽しみすぎて色々と計画を練っていたら寝坊した。


 急いで集合場所の学校に向かう途中、一時停止を無視した車に轢かれて即入院。遠足はもちろん行けずじまいだ。


 どうにもここぞって時ほど不幸に見舞われる。


 そういえばこんなこともあったな。


 中学二年生の夏休み前日、学校で男子に絡まれている女の子を助けようとした。


 相手は上級生で校内でも札付きの金髪ヤンキーだ。仲裁に入って女の子に「ここは俺に任せて逃げて!」なんて言ったのが運の尽き。金髪ヤンキーにボコボコにされたっけ。


 しかも絡まれていた女の子は金髪ヤンキーの彼女で、ただの痴話げんかというのが後に判明。俺をKOした金髪ヤンキーの強さに女の子は惚れ直して、雨降って地固まったそうな。


 そのあと誤解が解けてヤンキーと女の子にごめんなさいされた時の、あの複雑な気持ちといったら、筆舌に尽くし難い。


 高校入試も一筋縄ではいかなかった。


 試験当日に風邪を引いて力を出し切れず、地元の志望校を落ちてからというもの、勉強がさらに苦手になってしまった。


 そんなこともあり、片道三時間という通学の利便を考えて、現在は親元を離れて一人暮らし中だ。


 第二志望(すべりどめ)の高校に入ってからも、勇者を目指す者の集い――勇者部を設立しようとしてクラスメートにドン引かれた。今では、すっかり腫れ物扱いである。


 ハァ……どこで道を間違えたんだろう。


 なんてとりとめの無いことをぼんやり考えているうちに、帰り道まで間違えたらしく、いつもの通学路を外れていた。


「あれ? 学校の近くに神社なんてあったかな?」


 住宅外のど真ん中に小さな森があった。そびえ立つ朱色の鳥居の向こうへと、誘うように参道が続いている。古びた社殿がひっそりたたずみ、周囲に人の気配はない。


 と、不意に空から雨粒が落ちてくる。


 見上げれば空を分厚い雲が覆っていた。


「おいおい……おいおいおいおい待ってってば!」


 ポツポツという雨音が、あっという間にドサドサと叩きつけるような土砂降りに早変わりした。西の空から近づく遠雷の声は、だんだんと大きさを増している。


 俺は参道をまっすぐ駆け抜けて、社殿の屋根の下に滑り込んだ。おかげでずぶ濡れにこそならなかったが、冬の日にまるで滝のような雨だ。ついていない。


「しばらく動くなっていいたいのかよ……ったく」


 自分のこれまでの人生は、きっと雪山の遭難者に似ている。動くと命取りになりがちだ。黙って大人しくやり過ごすことも、時には必要なのかもしれない。


 ふとそんなことを思った俺の目の前に、今にも朽ち果てそうな賽銭箱が鎮座していた。


 雨はしばらく止みそうにない。


 俺はこのまま雨の勢いが収まるまで、何もせず立ち尽くすしかないんだろうか。


 憧れる気持ちだけじゃ、なににもなれないし、なにも変えられない。


 人生諦めが肝心と言うじゃないか。


「すうううううう……はああああああああああああああああああああああああああああ」


 大きく息を吸ってゆっくり吐き出してから、俺は財布から五円玉を取り出した。結局、自分は懲りない人間なのだ。


 ずっと雨宿りするくらいなら、多少濡れてでもゴールめがけて走っていきたい。


 親指でチンッ! と硬貨を弾きあげると、空中でキャッチしてそのまま賽銭箱に狙いを定めてストライク!


 パンパンと手を打ってから目を閉じると、俺は頭の中で念じた。


(――良いことをして悪い奴をこらしめて、みんなが明るくハッピーに暮らせるようにして、自分自身も冒険の最中に見つけた財宝でそこそこお金持ちになって、女の子たちからキャーキャー言われる。そんな勇者にあくまでも俺はなりたい!)


 最後に念押しするように深く深く礼をしながら、俺はつい心の中で本音をこぼしてしまった。


(――って、思うんですけどやっぱ無理ですよね神様?)


 頭を上げて目を開いた瞬間――


 視界が一面、真っ白に染まった。


 遅れて鼓膜が破れるほどの轟音が響き渡り、俺の意識はフッと途切れた。

次は22:05頃更新します~

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