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「季節を変えるには、夢のティアラが必要なのです」
「夢のティアラ?」
モモちゃんは聞き返しました。
「ええ、こちらがそのティアラです」
そう言って、冬の女王さまは自分の頭の上を指し示します。
冬の女王さまの頭には、キラキラと輝く金色のティアラがあります。
夢のティアラと呼ばれたそれには、五つの宝石が埋まっています。
真ん中には白色があり、左右に二つずつそれぞれ違う色の宝石です。モモちゃんから見て左から、黄緑色、橙色、白色、赤色、青色の五つです。
「季節の変わり目になると、新たな季節の女王はこの塔まで来ます。そして、前の季節の女王からこの夢のティアラを受け取ることによって、季節が変わるのです」
「そうか、春の女王さまが季節の塔にいるのに季節が変わらなかったのは、まだ夢のティアラを冬の女王さまが持っているからなのですね」
アオくんが言うと、冬の女王さまはまた一つ、静かに頷きました。
「それならさっさとそのティアラを春の女王に渡せばいいじゃないか」
フィンが呆れたように言います。
すると、冬の女王さまはうつむきながら悲しげに笑いました。
「ええ……今回も本当はそうすべきでした。けれど、わたくしにはどうしてもそうしたくない理由があったのです」
春の女王さまが、うつむく冬の女王さまの肩に手を置いて勇気づけます。
「夢のティアラには、季節を変えるだけではなく、不思議な力があるのです」
「不思議な力?」
「夢のティアラを外すと、わたくしは春から秋の間……秋の方から夢のティアラを受け取るまで、わたくしは眠りについてしまうのです」
「ええ?!」
モモちゃんたちは驚いて声をあげてしまいました。
冬の女王さまによると、夢のティアラの眠りの力は、春と夏と秋の女王さまと冬の女王さまとでは、眠りの期間が違うのだいうのです。
他の女王さまは、秋の女王さまが冬の女王さまに夢のティアラを渡して変わった冬の間だけ、ずっと眠ってしまいます。
しかし、冬の女王さまだけは、なぜか春から秋までずっと眠ってしまうのだそうです。
「まるで冬眠だな」
他の女王さまのことを、フィンはそのように言いました。きっと、今も大きな木の下で眠っている友だちのことを考えているのでしょう。
「そのようなことがあって、わたくしは春の方以外の女王さまとは会ったことがないのです」
「どうしてですか? 秋の女王さまには会えるはずじゃ……」
アオくんが尋ねると、冬の女王さまはつらそうに眉を下げながら首を横にふりました。
「秋の方はわたくしの頭にティアラを授けた後、すぐに眠ってしまうので秋の執事がそのまま秋の塔へ連れていってしまうのです。わたくしも、ティアラを受け取って目覚めるまでに時間がかかります。わたくしが目覚める頃には、いつも爺やと冷たい雪景色だけ」
冬になる季節の変わり目は、冬の女王さまは眠ったまま季節の塔へ白フクロウが馬車で連れていきます。
冬になると、すれ違いのように秋の女王さまが眠りにつき、秋の塔へ帰ってしまうのです。
秋から冬になるとき、冬の女王さまは誰とも話すこともなく、窓から見える雪景色と頭にある夢のティアラによって、季節が変わったことを知るのです。
「そんなのあんまりだわ。わたしだったら、寂しくてどうにかなってしまいそう!」
モモちゃんは少し怒ったように声を荒立てていいましたが、誰に怒りをぶつければいいのかも分かりません。
「怒ってくださってありがとう。だけど、春の方だけは違ったのです。春の方とだけは会話をすることができたのです」
「冬の間眠っているなら、春の女王さまも夢のティアラを受け取るまで起きられないのでは?」
そう言うアオくんに、春の女王さまが答えます。
「わたくしはなぜか季節の塔へ入ると一旦目が覚めてしまうの。春になるまでずっと眠いことは変わらないのだけど」
冬から春へ季節に変わるとき、春の女王さまは季節の塔に入ると目が覚めるのだというのです。
「どうして春の女王さまだけ、目覚めることができるのでしょう?」
「わたくしも爺やも調べたけれど、何も分からないの」
もし理由が分かれば、春の女王さま以外の女王さまとも会うことができるかもしれない。
そう思って、冬の女王さまと白フクロウは調べたことがあったというのです。
しかし、結果は全く出ず、なぜ春の女王さまだけ目覚めるのか分からないままなのです。
「きっト、春殿下のせっかちナ性格のせいでショウ」
からかうように白フクロウが言うと、春の女王さまは恥ずかしそうに顔を赤く染めました。
そういった事情があって、今回、いいえこの数年、冬の女王さまは春の女王さまに夢のティアラを渡すまでの時間を少しずつ設けたのでした。
それまでは、季節の塔へやって来た春の女王さまと一言二言会話をして、そのまますぐに夢のティアラを渡していました。
すると、すぐさま冬の女王さまは眠ってしまい、白フクロウが冬の塔まで馬車で連れていってくれます。
最初の内は、一年に一回、五分にも満たない春の女王さまとの会話が、冬の女王さまにとって何よりの楽しみでした。
しかし、何年も続けている内に、もっと春の女王さまと話すことができないかと考えるようになったのです。
初めに考えたのは『交替式』でした。
そうした式を設けることで、少しでも長く春の女王さまと同じ時を過ごしたいと思ったのです。
次の年も同じ式を開きました。しかし、前年よりももっと長く話していたいと思った冬の女王さまは、式を長引かせてしまったのです。
こうして、昨年と一昨年は、フィンが感じたようにいつもよりも冬の期間が長かったのです。
そうして今年も春の女王さまが季節の塔へやって来ました。
今回も交替式を開こうとした冬の女王さまですが、式の前に泣き出してしまったのです。
今までの冬の女王さまなら、この一年に一回の機会が待ち遠しく、何よりの楽しみでした。
しかし、春の女王さまとの会話を楽しむにつれて、この式が終わってしまえば一年間孤独に過ごすのだと思い、泣いてしまったのです。
楽しみを引き延ばすために始めた交替式でしたが、その式を開きたくない、春が来なければいいとさえ思ってしまうほどに。
春の女王さまと話すうちに、そのあたたかさや優しさに触れ、会話をする楽しみよりも、別れの悲しさの方が勝ってしまったのです。
冬の女王さまの悲しみと孤独を知った春の女王さまは、一つ提案をしました。
このまま夢のティアラを受け取らずに、もう少しだけでも二人で話そうと。
冬の女王さまも春の女王さまも、季節が変わらなければずっと眠いまま過ごすことになります。冬の女王さまはティアラを渡すまで眠れず、春の女王さまはティアラを受け取るまで、完全に目が覚めるわけではありません。
きっと、すぐにどちらかの限界がきてしまうはず。それまで、冬が続いても、きっと誰も気づかないだろうと、そう思ったのです。
そうして、冬の女王さまは春の女王さまの提案を受け入れました。
しかし、二人には誤算がありました。数分もしないうちに、二人はとてつもない眠気に襲われたのです。
二人にはまだまだ話したいことがたくさんありました。
それに、せっかくの春の女王さまの提案も、こんなに早く眠ってしまっては意味がないと冬の女王さまは思いました。
そこで今度は冬の女王さまが春の女王さまに提案をしました。
コーヒーを飲んで、少しでも長く起きていること、そしてもっと長く春の女王さまと話したいとそう言ったのです。
春の女王さまは少しだけ考えました。
しかし、コーヒーを飲んだだけではきっと少ししか変わらないだろうと思ったのです。それならば誰にも迷惑をかけることはないと。
そうして白フクロウにコーヒーを買わせて、二人は眠気と戦いながらつかの間の会話を楽しんだのです。
しかし、二人にはもう一つ誤算がありました。
それは、想像以上にコーヒーに効果があり、二人が当初予定していたよりもずっと長く冬が続いてしまったのです。
冬の女王さまも春の女王さまも、眠気をごまかしながら話している内に、どれだけの時間が経ったのか分からなくなってしまったのでした。
「しかし、この考えがよろしくなかったのだわ。いいえむしろ、わたくしがもっと春の方とお話したいだなんて思わなければ」
冬の女王さまは雪や寒さに苦しむ国を考えて涙しました。
「それでは冬の方があんまりだわ。何か方法はないのかしら。冬の間も起きていられるような、冬の方が他の季節にも起きていられるような方法が」
春の女王さまも一緒になって涙ぐみます。
「心配してくださってありがとう。でも、もういいの。わたくしは高望みをしてしまったのだわ。交替式をする前に戻しましょう」
「冬の女王さまはそれでいいのですか? 寂しくて冬を長引かせたのではないのですか?」
「ええ、寂しさはきっと変わらないわ。けれど、きっとこれは望んではいけないことだったのよ。世の中にはどうにもならないこともあると言うけれど、きっとこれがそうなのだわ」
「冬殿下……」
白フクロウも冬の女王さまの気持ちを思って、涙ぐみます。
「春の方だけではなく、こんなにもたくさんの方とお話しできたのは初めてでした。この喜びがあれば、きっとこれからは大丈夫。わたくしは今まで通り冬の女王を務められるわ。みなさんありがとう。本当に、素敵な冬だったわ」