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「わけ?」
「ええ、話すと長くなってしまうのだけれど」
冬の女王さまは答えます。
「そうだけれど、あなたたちはいったいどうしてここへ直接来ようと思ったのかしら」
冬の女王さまが続きを話し始める前に、春の女王さまが尋ねます。
「王様からお触れが出ているのです。冬の女王さまと春の女王さまを交替させた者には、褒美がでるって」
「まあ!」
アオくんが答えると、春の女王さまは驚きました。
「王様がお触れを? それは城下だけかしら」
「いいえ、国中です」
「国中! なんということでしょう」
冬の女王さまも一緒になって驚きます。
「まさか、ご存じではなかったのですか?」
「ええ。そんなに大きなことになっているだなんて知らなかったわ」
「だけどどうしてわたくしたちには知らされていないのかしら?」
冬の女王さまも春の女王さまも頭を悩ませます。
そこでアオくんは首をかしげながら言います。
「もしかして、ここは女王さま以外、お世話をする人を除いて誰も出入りできないのではありませんか?」
「ええそうよ。表のガーゴイルをご覧になって? あれはわたくしたちとその執事以外触れることはできないの」
「わたくしたちも季節が変わるまでは出られないから、行き来できるのは執事だけね」
冬の女王さまと春の女王さまが答えると、ずっと黙って毛づくろいをしていたフィンが物知顔で言います。
「なるほどな。それで国王はお触れを出すしかなかったんだな」
「ええ? どういうこと?」
全く見当がつかないモモちゃんはフィンに尋ねました。
「よく考えてみろ。ここは女王と執事しか入れないんだぞ。もし国王が女王に何か言いたいことがあっても、取り次ぐ者がいなければ女王は何も知ることができないさ」
フィンが答えると、モモちゃんはやっと合点がいったように笑います。
「本当だわ! 王様は冬の女王さまにお話したくてもできなかったのね」
しかし、春の女王さまがモモちゃんたちに待ったをかけます。
「いいえ、それはありえないわ。だって、外の情報を知るために執事はいるのです。王様がお触れを出す前にお話くらいできるもの」
それを聞いてもフィンは面倒そうにあくびをするだけです。
「そうか! 取り次ぐのは執事だけなんですね。もし白フクロウさんが冬の女王さまに、王様のこともお触れのことも言わなければ、冬の女王さまは知ることはできないんだ!」
アオくんは立ち上がって言いました。
「ええ? ということは……」
モモちゃんは何かに気づいたように呟きました。そして途中で言いとどまると、眉を下げて冬の女王さまを見つめました。
「執事! あなたはわざとわたくしたちにお触れのことを言わなかったのね!」
春の女王さまが声を張り上げて、白フクロウに向かって怒鳴ります。
「お願いよ春の方。爺やを怒らないでちょうだい。全てわたくしが悪いのだわ……」
春の女王さまの腕に両手を添えながら、冬の女王さまは言います。
白フクロウはバタバタと羽根を広げて、冬の女王さまに寄り添います。
「いいエ冬殿下。全てはこの年ヨリのわがままデございまス。あのヨウナ冬殿下を見らレタのはコレが初めてでありまシタ……。もうシバらくこの時が続けバと、無謀ニモ願ってしマッタのですジャ」
「爺や……」
冬の女王さまと白フクロウは互いに抱きしめあいました。
冬の女王さまは今にも泣き出してしまいそうに、震えています。
「ごめんなさい、やはりわたくしのせいだわ。元はと言えば、わたくしがあんなことを願ってしまったから」
「ちょっとお待ちなさいな。冬の方がそう言うのなら、わたくしにだって責任はあるわ」
そう言って春の女王さまが冬の女王さまの肩に手を置きます。
「冬の方の提案を聞き入れたのはわたくしよ。それに、わたくし、冬の方にそうと言っていただけたことに喜びを感じたのは決して偽りではないのですもの」
冬の女王さまはとうとう感極まって泣き出してひまいました。
モモちゃんもアオくんも、この三人の様子にはただただ戸惑ってしまいました。
冬の女王さまたちが言っていた、季節を交替させなかったわけといものは、モモちゃんたちが想像していた以上に深刻なようで驚きを隠せずにいました。
黄ミミズクが言っていたように、冬の女王さまのわがままで季節を止めていたとは、モモちゃんたちにはどうしても思えなかったのです。
すると窓の方からけたたましい音が聞こえてきます。たちまち部屋には鋭い声と羽音が鳴り響いたのでした。
「女王サマー! 春の女王サマー!」
大きな音をたててやって来たのは、黄ミミズクでした。
黄ミミズクはたくさんの薪を暖炉の近くに置くと、すぐさま春の女王さまに駆け寄ります。
そうして、うっとうしげに手ではらう春の女王さまをものともせず、膝掛けを丁寧にかけていきました。
「何ヲしてイルのです! そのヨウナ寒々シゲな格好デ!」
ふと黄ミミズクが振り返ると、そこにはモモちゃんたちの姿があります。
やっとのことでモモちゃんたちに気づいた黄ミミズクは、またも大きな羽音をたててモモちゃんたちに向かって叫びました。
「ええイ、またお前タチなのカ! シツコイ! シツコイ!」
「黄ミミズクさんたら今ここに着いたの? わたしたちよりも先に行ってしまったのに」
モモちゃんは黄ミミズクの激しさにもすっかり慣れて、ふと不思議に思ったことを聞いたのでした。
「春の女王サマのタメに、薪を取ってキタのダ! 冬のここハとても寒イ。早く春ヲ呼ばネバならないというノニ!」
そうして矛先を冬の女王さまに変えると、まだかまだかと催促し始めました。
「ねえ執事。あなたは知っていたの? わたくしや冬の方にお触れが出ていること」
黄ミミズクをなだめながら春の女王が尋ねます。
すると、とたんに黄ミミズクは元気を無くして身体を縮めました。
「存じてオリましたトモ。しかし、しかし。あの老いぼれフクロウに口止めヲされてしマッタのでス。春になるマデは、ワタクシの権限は無いニモ等しイ……」
項垂れながら言う黄ミミズクを見たモモちゃんは、ハッと気づいて言いました。
「あなたは春の女王さまが悪く言われないように……、春の女王さまのことを想って、あんなに強く言っていたのね?」
「ソウなのデス! しかしアノ老いぼれメ、イツになっても本当のコトを言わナイ!」
黄ミミズクはやっと味方を得たように喜んで飛び上がります。羽根をバタバタと動かしながら、また冬の女王さまに催促を始めました。
「春の女王サマが夢から覚めたトキ、春を始メルのが理想なのデス! 他の皆サマも夢から覚メル時間! 今度ハ冬の女王サマが夢を見る番だというノニ!」
その言葉を聞いたとたんに、泣き止んでいた冬の女王さまは、キラキラと宝石のような涙をさらに流したのです。
「そうね、その通りだわ。わたくしはもう眠りにつかなくては……」
黄ミミズクの話も冬の女王の言葉も、モモちゃんたちには全く見当がつきません。
モモちゃんたちが首をかしげていると、気持ちを落ち着かせた冬の女王さまがモモちゃんたちに気づきました。
「モモちゃん、アオくん、フィンさん。皆さんどうもありがとう。あなたたちにはどうしてこんなことになってしまったのか、話さないといけませんね」
白フクロウが新たにコーヒーとお茶を配るのを見届けて、冬の女王さまは語り始めました。
「みなさんはどうやって季節が変わるのか、ご存じなのかしら?」
「ええ、もちろんです。季節の塔でその時の季節の女王さまが塔から出て、次の季節の女王さまが塔に入れば季節は変わるのでしょう?」
ハキハキと答えたモモちゃんの横で、今度はアオくんが首をかしげました。
「あれ、おかしいな。先ほど、春の女王さまは『季節が変わるまで女王さまたちは塔から出られない』と言っていましたよね?」
「うん。それがどうかしたの?」
アオくんが尋ねると、モモちゃんは不思議そうに答えます。
冬の女王さまは二人の様子を見守っています。
「やっぱりおかしいや。前の季節の女王さまと次の季節の女王さまが入れ替わった時に季節が変わるなら、前の季節の女王さまは季節が変わる前に塔から出られるはずだよ。いいや、むしろ同時なんだ。春の女王さまの言い方だと、女王さまは季節が変わった後じゃないと塔から出られないってことだよね」
モモちゃんはしばらく考えて、そうして「本当だわ!」と飛び上がって言いました。
「ええ? ということは、いったいどうなるの?」
二人は相談し始めます。しかし、女王さまの秘密は全く分かりません。
すると、黙って二人のやり取りを聞いていた冬の女王さまがこくりと一つ頷きました。
「やはり、民のほとんどはそのように思っていたのですね」
「女王さまが塔を出入りするだけじゃあ、季節は変わらないのですか?」
そう二人が聞くと、冬の女王さまと春の女王さまが同時に首を縦にふりました。