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空飛ぶ青い馬車に乗った白フクロウの後を、モモちゃんとアオくんを乗せたフィンが空を駆けて追いかけます。
「見えた! 季節の塔だ」
しばらくして、アオくんは目の前を指差して言いました。
指の先には確かに色とりどりのレンガで造られた大きな塔があります。
塔に近づいていくと、白フクロウはなぜかさらに高く高く飛んでいきます。
「ねぇ白フクロウさん。あなた、どこへ向かっているの? ここが季節の塔なんでしょう?」
どんどん空高く飛んでいく白フクロウに、モモちゃんがたずねます。
「ああそうトモ。こっちデあっておるのジャよ」
白フクロウは答えます。
白フクロウを乗せた青い馬車は、そのままどんどん地上から離れていきます。
どうして塔についたというのに、地上に降りて塔の中へ入らないのでしょう。
モモちゃんとアオくんは、不思議そうに馬車を見つめます。
「ははん。そうか、分かったぞ」
しばらくして、フィンは耳をピクピク動かしながら地上を見下ろして言いました。
「地上には入口がないんだな。塔の上の方にあるから、人間が普通にたどり着いても塔の中へは入れないというわけだ」
モモちゃんとアオくんは、つられて地上を見下ろします。
するとそこには、季節の塔の周りをぐるぐると歩く人たちが見えました。きっと、モモちゃんたちと同じように、冬の女王さまを説得に来た人たちなのでしょう。
「サヨウ、サヨウ。ここは大事ナ塔なのでな。簡単にハ入れないヨウになってオル」
白フクロウは笑いながら答えました。
白フクロウを追いかけて、上へ上へと飛んでいくと、空飛ぶ馬車は季節の塔のてっぺんで急に止まりました。
「さあ、ココが入口ジャ」
白フクロウは馬車から降りて、目の前の小さな窓に近づきました。
「待って、白フクロウさん。君ならきっとその窓から入れるだろうけど、僕らには少し小さいよ」
「本当だわ。わたしたちどころか、フィンはもちろん、馬車だって入らないわ」
モモちゃんとアオくんは、慌てて白フクロウを止めます。
モモちゃんたちが指差す先の窓はとても小さく、白フクロウの大きさでぴったりといったところでしょう。
モモちゃんやアオくんが三角座りをしても、まだ入れないほど小さいのです。
すると、白フクロウはカッカッカッとくちばしを鳴らして笑いました。
「確かに。このママではいささか小サイ。ジャが、この窓はカモフラージュなのジャ」
そう言って、白フクロウは窓の前に立つと、その窓の横にあるガーゴイルの閉じられた口元を羽根で押さえました。
「巡ル巡ル季節の国。目覚メシ者に夢のティアラは輝ク」
白フクロウが唱えると、石でできたガーゴイルの瞳が赤く光りました。
そうして、石のこすれる音が鳴り、閉じられていたガーゴイルの口が開いたのです。口の中には金色の鍵がありました。
白フクロウは鍵を取ると、小さな窓の鍵穴にさしこみます。
重い音をたてて鍵を回すと、なんと、小さな窓の周りのレンガがひとりでに動きだし始めました。
「きゃあ! どうなっているの?」
モモちゃんが驚いている間にも、目の前に大きな大きな扉ができあがっていたのです。
その大きさは、大人はもちろん、フィンや馬車が同時に入ってもまだまだ余裕があるほどでしょう。
「すごいや。これはどういうカラクリなんだろう」
近くに寄って、アオくんは扉に触ります。
扉はどこからどう見ても普通の扉で、まさか先ほどまで小さな窓しかなかったと信じきれません。
「不思議な扉もあるもんだ」
「ふふふ。フィンに不思議って言われるなんて、この扉も思ってもみなかったでしょうね」
モモちゃんはクスクスと笑います。
フィンもつられて笑いながら、ガラスの毛を揺らしました。
「さアテ。入るゾ」
おごそかな音をたてて開いた扉の先へ、白フクロウは迷うことなく入っていきます。
モモちゃんたちも遅れずについていきます。
扉を抜けたその先へと進むと、奥から朗らかな声とともに忙しない足音が聞こえてきました。
「ああ爺や! やっと戻ってきてくれたのね。さあ、コーヒーをいただけるかしら。わたくしも彼女も、もう限界だわ!」
爺やとはいったい誰のことでしょう。
モモちゃんは不思議に思いましたが、すぐに返事をしたのは白フクロウでした。
「大変お待たセしました、冬殿下」
「冬殿下? ということは……」
フィンが白フクロウに尋ねましたが、言い終わる前に声の主が姿を現しました。
その姿を見るなり、モモちゃんはうっとりと見とれてしまします。
現れたのは、年の頃15くらいの女の子で、モモちゃんやアオくんよりも背が高く、背筋がピシッと張っています。銀色の髪が光の加減で時々金色にも見え、冷えわたるような水色の瞳がきらきらと輝いています。
モモちゃんが最初に思い出したのは、誕生日にお母さんやお父さんに買ってもらったお人形です。
しかし、目の前の女の子はお人形よりもずっと繊細で、見たことがないほど綺麗なのです。
まるでガラス細工のような女の子に、モモちゃんはもしもフィンと並んだらどれほど「お似合い」だろうと思いました。
「あなたが冬の女王さま……?」
「ええ、そうよ。あなたたちはどなたかしら」
おずおずとアオくんが尋ねると、冬の女王さまはゆっくりと頷いて言いました。
「ぼくはアオといいます」
「わたしはモモです。こっちがフィン。わたしたち、冬の女王さまにお話があってここまで来たんです!」
アオくんの自己紹介を聞いてハッとしたモモちゃんは、慌てて自分もアオくんに続きます。
「わたくしにお話?」
冬の女王さまは不思議そうに首をかしげます。
「お話ノ前に、冬殿下。コーヒーをお入れイタシまショウ」
モモちゃんたちが事の次第を話そうとすると、白フクロウがそれを止めました。
「嬉しいわ! わたくしも彼女も、もうつらくてつらくて、どうしようもなかったの」
「エエ、エエ。存じておりマスとも。お客人ハお茶を淹れるユエ、お待ちイタダけるカナ?」
冬の女王さまは目をこすりながら喜びます。
「皆さん歓迎するわ。さあこちらへおいでになって」
冬の女王さまに連れられて、モモちゃんたちは奥へと進みます。
冬の女王さまは金色の大きな扉の前に立つと振り向いてこう言いました。
「ようこそ季節の塔へ。ここが女王の間よ」
「女王の間?」
「ええそうよ。ここで女王はそれぞれの季節の女王と交替するの」
冬の女王さまが扉をトンっと軽く叩くと、たちまちひとりでに扉が開いていきます。
その奥を見て、モモちゃんは驚いて声をあげました。
「きゃあ! 人が倒れているわ!」
奥には一人の女の子が、うつ伏せになって床に倒れているのが見えました。身体の大きさは、冬の女王さまと同じくらいです。
顔こそ見えませんが、髪は薄い桃色でゆるくウェーブがかかっており、ドレスと一緒に床へ散らばっています。
「まあ大変!」
冬の女王さまは慌てて女の子に駆けよります。
そうして少しだけ上体を起こすと、ホッとしたように笑みをこぼしました。
「春の方。まだ眠ってはダメよ。爺やも戻ったからすぐにコーヒーを持ってきてくれるわ」
女の子はむくりと起き上がって、抱いていたクッションを近くのソファーに置きました。
「いやだわ、わたくしったらうとうとして。ごめんなさい、冬の方。あなたと約束したのに」
そうして周りを見渡して、やっとモモちゃんたちのことに気づきました。
「そちらはどなた?」
「わたくしのお客様よ。お話があって来たらしいの。さあ、お座りになって」
モモちゃんたちはおずおずとソファーに腰掛けます。
ソファーはとても大きく、モモちゃんとアオくんが座ってもまだまだ余裕があります。
フィンは身体が大きいので目線が合わなくて嫌だと言って、床に腰を下ろしました。
「あの、大丈夫ですか?」
「まるで倒れているみたいでしたけど」
「ご心配ありがとう。けれど大丈夫。眠くてうとうとしていただけだわ」
女の子は快活な声で答えます。
その瞳は緑色に輝き、きらめいています。
冬の女王さまがガラス細工なら、この少女は満開の花のようだとモモちゃんは思いました。
「冬の方。紹介をしていただけるかしら」
「ええもちろんよ。こちらがモモちゃんとアオくん。そしてフィンよ」
モモちゃんたちは冬の女王さまの紹介と同時に会釈をして答えます。フィンだけは鼻を鳴らすだけでそっぽを向いてしまいます。
「まあ」
「彼はちょっと気難しいのです。だけど、とても性根の良い狼ですので、どうかご容赦ください」
驚く女の子に向かって、アオくんは眉を下げて言いました。
「結構。気難しい中にも気高さを感じます。歓迎いたしますわ」
女の子は負けじと気高く言いました。
「ええどこか気品がありますものね。さあ紹介するわ、こちらが春の方よ」
「春の方?」
モモちゃんたちが首をかしげると、冬の女王さまはおかしそうに笑いました。
「ごめんなさい、わたくしたちは他の女王をそう呼びあっているの。あなたたちの言う、春の女王さまよ」
モモちゃんとアオくんは目を大きく広げて春の女王さまを見つめました。
「は、春の女王さま?!」
「まだ季節の塔に着いていないはずじゃ……!」
モモちゃんとアオくんは驚きを隠せずにいました。
春の女王さまが季節の塔へ向かっていったことは黄ミミズクから聞いていましたが、すでに季節の塔に到着しているとは思わなかったのです。
てっきり、季節の塔へ行く途中で何かトラブルがあったのだと考えていたのでした。
「いったいどうしたのかしら」
春の女王さまと冬の女王さまは顔を見合わせます。
「キット、このお二方は春殿下がここにイルというノニ、なぜ冬が終わらないのカト思ってイルのでショウ」
コーヒーとお茶を持って戻ってきた白フクロウが割りこんで言いました。
冬の女王さまと春の女王さまはもう一度顔を見合わせて、そうして申し訳なさそうに眉を下げました。
「お話ってそのことでしたのね」
「これには少し訳があるのです」