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「話せば長くなるけど……」
そういうモモちゃんに、フィンはその場に伏せて二人の目線に合わせ、真摯に言いました。
「いいさ、聞いてやろう。おれさまが二人の力になってやるさ」
その心強い言葉に勇気づけられ、二人は今までのいきさつを話し始めました。
お父さんのコーヒーを買うために街へ行ったこと。
冬の女王さまが春の女王さまと交替していないせいで冬が終わらず、商品が少なくなってしまっていること。
さらに、コーヒーだけはなぜか冬の女王さまが買い占めてしまっていること。
このままでは食べ物も尽きてしまうし、みんな外に出られなくなってしまうこと。
王さまがお触れをだしたけれど、誰もまだ塔の中までたどりつけていないこと。
冬の女王さまの執事、白フクロウを追っていたこと。
その先で春の塔へ行ったけれど、春の女王さまはもう季節の塔へ行っていると黄ミミズクに聞いたこと。
モモちゃんとアオくんは、ここに来るまでの全てをフィンに伝えました。
フィンは時々頷きながら静かに聞いていました。
二人が全てを話し終えると、フィンは立ち上がって言いました。
「なるほど、どうりで春が来ないわけだな。ここ数年ほど、少しずつ冬が長くなっているのも、そのせいかもしれないぞ」
モモちゃんとアオくんは顔を見合わせて驚きました。
「ええ? そうだったの?」
「なんだ、気づいていなかったのか?」
驚くばかりの二人に、フィンは呆れて鼻を鳴らします。
「人間には分かりにくいのかもしれないがな、ここ二、三年、冬が少しずつ長くなっているぞ。まあ、ほんの少しだけどな」
「もしそうなら、今回のことと何か繋がりがありそうだね」
「これは何としてでも、冬の女王さまの謎を解かなくっちゃ!」
モモちゃんとアオくんは意気込んで言いました。。そんな二人を満足げに見たフィンは、張りきって二人に話しかけます。
「そうと決まったのなら、急がなくちゃな。さあ、モモ、アオ! 季節の塔へ行くぜ」
「え? フィンも一緒に行ってくれるの?」
「何言ってるんだ。力になるって言っただろう。それに、春が来なくて困っているのはおれさまもだからな」
そう言って、フィンは鼻先を二人の足元まで近づけました。
「ほら二人とも乗った、乗った! 季節の塔までは人間の足じゃあ時間がかかる。おれさまの背に乗せてやるさ」
フィンの背中に乗った二人は、いつもよりも高い目線に大興奮です。
それに、木漏れ日をフィンの身体が反射して、二人の顔や腕までキラキラ輝いて見えるのです。
二人がその神秘さに胸をときめかせていると、突然フィンの身体が浮き始めました。
「わあ!」
驚いてモモちゃんがフィンの足元を覗くと、浮いているのではなく、フィンの足元にガラスの地面が点々と宝石のように輝いているのが見えました。
ガラスの地面はフィンの足が落ちる所へ浮かんでは消え、浮かんでは消えていきます。
まるでまっさらな雪に落とした足跡が吹雪で消えていくように。
「フィン! あなた、空を駆けているわ!」
「すごい、すごいや! 空飛ぶ馬車だって、ペガサスの翼で飛んでいるのに。君ったら、翼もなく空にいるよ!」
二人は大興奮です。
モモちゃんが身体を後ろへ反らせて腕を伸ばすと、大きな木のてっぺんが手をかすめました。
「ハハハ! はしゃいで落ちてもしらねぇぞ!」
「平気よ! だってフィンがついているもの」
「そりゃあ責任重大だ」
フィンは笑ってスピードを上げました。
フィンの背中から見る景色は、星屑の中にいるように神秘的に見えました。
「そういえばフィン、あなた、季節の塔への道を知っているの?」
ふと気づいたようにモモちゃんが言います。
「方角は……うん、あってる!」
アオくんは周りを見渡して言いました。
それを聞いてフィンは鼻を鳴らして笑います。
「季節の塔なんか知るもんか。ただ、白フクロウはそっちに行ったんだろう? それなら、そこらじゅうにあるコーヒーの匂いをたどればいいだけさ」
「道を知らなかったの?!」
「コーヒーの匂いなんてどこもしないよ?」
モモちゃんとアオくんは驚いて聞きました。
「おいおい、バカにしてもらっちゃ困るぜ。おれさまは人間はもちろん、普通のオオカミなんかより、ずっとずっと、目も鼻も耳もすぐれているんだぜ」
そう言って、フィンは急に立ち止まりました。
辺りを見渡し、そうして目をつぶって鼻を利かせます。
少しして二人を振り返りました。
「ほうらこの辺り。コーヒーの匂いが強いぞ。きっとこのすぐ先に、その白フクロウがいるに違いない」
フィンはにやりと笑います。
「だけど、季節の塔はまだ先にあるはずだよ」
「この先に何かあるのかしら」
モモちゃんとアオくんは考えますが、まるで見当もつきません。
「いいさ。行ってみれば分かることだ。それ、急ぐぞ」
そうしてフィンはまた駆け出しました。
しばらくすると、フィンたちよりもさらに先に、空飛ぶ青い馬車が見えてきました。
「冬の女王さまの馬車だわ!」
「こんな空中で立ち止まって何をしているんだろう?」
フィンは馬車よりすこし距離をとって立ち止まりました。
「馬車の隣に黄ミミズクが見えるぞ」
「きっと春の女王さまの執事だわ」
「彼も季節の塔へ向かっていたんだね」
「だが、白フクロウと何か言い争いをしているようだぜ。どうする? 遠回りするか?」
モモちゃんとアオくんは考えました。
先ほどの黄ミミズクの様子では、今会いに行ったところできっと相手にしてくれないでしょう。またやっかいもの扱いをされるかもしれません。
それどころか、季節の塔へと向かうことさえ止められてしまうかもしれないのです。
「でも、白フクロウさんにせっかく追いついたのなら、冬の女王さまのことを聞いておきたいわ」
「そうだね。二人が言い合いをしているのも、それが関係あるのかもしれないしね」
「ようし分かった。それなら近づくぞ」
そうして、フィンは少しずつ馬車に近づいていきました。
「ええい! いったいイツになったラ、春の女王さまと交替するのダ」
「もう少し待ってやレ、春ノ。冬殿下モ分かっているハズじゃ」
「うるサイ! そう言って何日経ったト思ってイル!?」
「融通のきかヌ、ミミズクじゃワイ」
「ナンだと! そっちこそ聞く耳もたヌ、フクロウごときメ!」
フィンたちが近づけば近づくほど、両者の言い争いは熱を増していきます。
「だいたい、近頃ノ冬の女王サマはどうしたのダ! コノ数年交替ニ時間をカケテ。突然『交替式』なんてヘンなものヲやり始めルなんて。そのセイで昨年も、一昨年も春が遅レたのダゾ!」
黄ミミズクのその言葉を聞いて、モモちゃんたちは顔を見合わせました。
「ねえ、今の聞いた? 『交替式』ですって」
「この数年、冬が長引いたっていうことは、フィンの言う通りだったね」
「そうだろうとも。だが何なんだ? その『交替式』っていうのは」
黄ミミズクは交替式のせいで、昨年と一昨年の冬が長引いたと言っていましたが、今回もその交替式のせいなのでしょうか。
しかし、昨年まではこんなに長引きはしなかったはずです。
それこそ、気づいたのはフィンほど感覚が鋭いものに限られているでしょう。
モモちゃんたちは考えますが、謎は深まるばかりです。
「わたしたちだけで考えたって仕方ないわ。勇気を出して、聞いてみましょう」
モモちゃんの一言に、アオくんとフィンは頷きます。
「お話し中ごめんなさい」
「わたしたち、聞きたいことがあるんです」
モモちゃんとアオくんは、白フクロウたちに話しかけます。
すると黄ミミズクが先に気づいて、翼をばたばたと激しく羽ばたかせました。
「マタお前たちカ! しつこいヤツラめ!」
「おい春ノ。いったい何ヲそう怒ってオル」
白フクロウが黄ミミズクを一回り小さい翼でたしなめると、白フクロウはモモちゃんたちに近づいて来ました。
「ごきげんヨウ。お嬢サンたち、聞きタイこととは何カネ?」
白フクロウは優しく言いました。
「冬の女王さまはどうしてまだ交替をしていないの?」
「このままじゃあ、食べるものも尽きてしまうわ。それに、コーヒーが買い占められていて困っているの」
二人の言葉を聞いて、白フクロウは長く考えこみながら、低く深いため息をつきました。
「ううーン。難しイのう。どちらかを取れば、どちらかが困っテしマウ」
それを聞いて、モモちゃんは首をかしげます。
「どういうこと? 冬の女王さまも何か困りごとがあるのかしら」
「チガウ! ワガママ! 春の女王サマをそそのカシタのダ!」
とたんに黄ミミズクが反論します。
冬の女王さまが春の女王さまをそそのかしたとは、いったいどういうことでしょうか。
モモちゃんたちはそれぞれ考えます。
「ワタクシは随分と多目に見てヤッタ! もうたくさんダ。先に塔へ行っテ、さっさト交替させてきてヤロウ!」
「こりゃ待て春ノ!」
「知らナイ! 春の女王さまの目を覚ますトキがきたのダ!」
そう言って、黄ミミズクはあっという間に飛び立ってしまいました。
「ムム……落ち着きのナイやつジャ」
白フクロウは黄ミミズクの飛んでいった方を見つめます。
黄ミミズクは全速力で塔へ向かい、どんどん姿が小さくなっていきます。
「先ほどのコトじゃが、冬殿下はワケあっテ春殿下と交替スルのを遅らせてオル。しかし、それモもはや限界なのじゃロウ」
白フクロウはモモちゃんたちを振り返って言いました。
「すまナイが、お嬢サンたち。わしの後をついてキテはくれまいカ。季節の塔マデ案内しよウ」
「それは結構だけれど、わけって何のことかしら?」
白フクロウは少し言いよどみ、そうして静かに翼を羽ばたかせます。
「説明スルよりも、見たホウが早いじゃろうテ」
モモちゃんたちは互いに顔を見合わせ、一つ大きく頷くと、白フクロウについて行くことにしました。